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中国帰国者問題

 北朝鮮の「拉致問題」とその拉致被害関係者のことは、マスコミに大きく広く報道されて多くの日本人が知っています。しかし、この「中国帰国者」問題はあまりマスコミに取り上げられていません。(最近、4日の第二次訴訟のことが取り上げられていましたが)
 現在、中国から帰国した残留孤児たち約1,860人余り(永住帰国者の約7割の人)が、全国12地裁で日本政府に対して国家賠償請求訴訟を起こし闘っています。
 この中国残留孤児の存在は、あの山崎豊子さんの「大地の子」で大きく取り上げら広く知れ渡るようになりました。ご存知のように日本軍国主義の中国侵略、それに民間の満蒙開拓団も動員されていきました。そして日本の敗戦時には、日本の現地人を守るべき関東軍はこの開拓団を見殺しにしていち早く撤退しました。そのため、残された多くの開拓団とその家族は殺され犠牲となりました。運良く中国人に拾われ、育てられ生き残った子どもが「中国残留孤児」となったのです。また、生き残って中国人と結婚した日本女性(敗戦当時13歳以上)は「中国残留婦人」と呼ばれてきました。
 中国と国交のない時代は、こうした残留邦人たちはまったく日本政府に無視されてきました。ようやく1972年に日中国交が回復し、その後永住帰国が認められ、約2,500人の中国残留邦人が帰国しています。
 中国からの帰国者たちは「研修センター」で4ヶ月の日本語勉強などの研修を受け、その後知人などを頼って日本各地で生活をはじめます。
 ところが、生活様式の違いや日本語を上手に喋れないなどで、なかなか良い仕事に付けないのが現実です。集会の中で、「国策にほんろうされ、人生の多くを異国の地で過ごすことになってしまった。中国では『日本の鬼の子』と罵倒され、帰国すれば『外国人』と差別されてきた」と1人の帰国者は訴えていました。
 年配になってから中国から帰国した一世たちは、今現在70歳前後の高齢になっており、老後の生活が問題になっています。働いていた期間が短く多くが10年以下で、年金は月数万円程度であるため生活保護に頼っているのが現実で、帰国者の7割が生活保護を受けている状態です。
 その事を高齢の帰国者は、「85年に帰国した。病院で皿洗いの職を得たが、意味の分からない日本語で毎日のように怒られた。1年ほどで仕事は辞めた。昨年は夫と子も亡くなり、今は年金と生活保護を合わせた9万円足らずの収入に頼って1人で生活している。中国にいる親戚に会いたいが、とても行けない。電話しかできない」と発言しています。
 また、「生活保護ではなく、別の生活保障がほしい。日中国交正常化後に日本政府がすぐに帰国政策を進めていたら、我々はいま十分な年金がもらえているはずだ」と訴えています。
 しかし国側は、「原告のいう違法な国家政策は国家賠償法の施行前で、被害を回復する義務はない」と主張、孤児になった原因も「ソ連軍の侵攻や敗戦によって生じた極度の混乱状態などにある」として、「もはや賠償請求権の権利は消滅している」との見解を法廷で述べています。
 こうした日本政府に抗議する意味で、中国帰国者団体は8月15日の敗戦記念日に東京で「8.15『反戦・平和・民主・人権』中国帰国者全国集会」を開催しました。
 集会での各支部からの代表者からの訴えは、切実で力強く心に迫るものがありました。戦争という化け物に翻弄された人間の姿、現地の日本人を置き捨てていった日本軍の本質、そして戦後は中国人としてまた日本人としての両国での苦労、ようやく数十年ぶりで帰国した日本での政府の冷たい対応、等々の思いが良く伝わってきました。
 8.15集会では帰国者の皆さんも、全国の仲間と会って交流できたことが本当にうれしそうでした。さらに、集会・デモを準備し当日の運営・進行役を、帰国者二世などの若い人たちが一生懸命担って頑張っている姿に感心させられました。
 戦後生まれの一人の日本人として、こうした中国からの帰国者問題を放置することは出来ないとの思いからこの集会に支援参加しました。日本の戦争責任問題はこの他にも、「731部隊」問題、「毒ガス兵器の放置」問題、「強制連行」問題、「従軍慰安婦」問題等々、まだまだ多く残されています。
 私たちは、日本政府に戦争責任をはっきり認めさせ、被害者に補償させることを追求していく責任があると考えます。
(英)

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介護日誌

 82歳の母が、骨折して入院。「手術は成功」とは主治医の弁だが、歩行はおろか立つことさえできない状態で1ケ月。施すべき医療は”完了した”ということで、情け容赦の無い主治医からの退院通告がだされた。ここに居てもらっては迷惑との心が、ありありと伺えた。
 しかし家族の側からすれば、今まで曲がりなりにも1人で食事・排泄・入浴などができていた母が、急に寝たきりとなったのだ。いったい誰がどうやって面倒を見ればいいのだ?と途方に暮れてしまう。退院を急かされても、どこへ相談したらいいのか?知人の母親のケース(他の病院)でも同様の事態で、毎週病院から呼び出されて退院を迫られたため、知人が体調を崩してしまった。勧められた退院後の移動先は、「皆おしめをされ、すぐ寝たきり」「出てくる時は死んで出てくる」と地元でも評判の悪い介護療養型医療施設だった。
 主として介護を必要とするお年寄りが、長期間一般病棟に入院するといういわゆる「社会的入院」は、1990年の半ば全国で10万人といわれ医療費を圧迫していると言われていた。2000年にスタートした介護保険制度は、こうした問題を解決するはずなのだが、受皿がまるで整っておらず、その狭間で右往左往するお年寄りと家族がまだまだ多い。 ドイツでは、介護保険の導入にあたって40年間議論したのに対し、日本はたった4年少し。「日本の高齢化の進歩が早かった」とは厚生省の言い分(言い訳)だが、戦後の急激な経済成長の影で、介護や育児などへの社会的支援をなおざりにしてきたつけといえるのではと思う。
 さて私たち家族は話し合って、市内の介護老人保険施設で2〜3ケ月間母にリハビリ訓練を受けてもらい、もう少し自力で動けるようになってから自宅へ迎えようとの結論を出した。ところが、また難問が突き付けられた。
 その施設の相談員の説明によると、そこの所定の書類に主治医の診断などを記入してもらったうえで入所を申し込み、さらに本人が面談を受け、職員による「検討会」がなされ、入所の可否を決定するというもので、どんなに早くても2ケ月は待たねばならないというのだ。さらに母の場合は、入所が許可される可能性が低いこと(ほとんど寝たきりなので、リハビリ訓練は無理なのではとのこと)が判りまたまた頭を抱えてしまった。
 知合ったばかりのケアマネージャー、入院先の看護師長、あらゆる人になりふり構わず相談し、やっとのことで今の病室のひとつ上の階の「療養型病棟」へ”1ケ月間だけ”ということで移ることが許された。
 はじめは「いっぱいで入れません」といわれていたそこが、どういう所なのか移って初めて知ることになる。今となつて思えば、1ケ月で退院してよかつたのだが、その時にはとにかく入れてもらう施設を、という思いでいっぱいだった。
 家族にとって、施設や在宅での介護サービスの情報を早く知りたいし、何よりそれらが質・量ともに充分で、安心できるものであったならあんなに右往左往しなくてよかったのにと痛感する。
            (澄)


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法廷のはしご

 9月16日、妻と2人で神戸地裁と大阪地裁の住基ネット裁判を傍聴しました。兵庫住基ネット訴訟の原告として神戸地裁には通っていますが、時々同じ日の午後に行われている関西訴訟を傍聴したのは初めてです。これを法廷のはしご≠ニいうのですが、実ははしご≠してたのは私たちだけではなかったのです。
 どちらの裁判も多くの自治体を被告としているのですが、自治体は国の陰に隠れてしまい、被告代理人として登場するのは国の指定代理人(大阪法務局訟務部付検事)達で、彼らは神戸も大阪も掛け持ちです。住基ネット差し止め訴訟は全国で闘われていますが、結局のところ、彼ら訟務検事を相手にしなければならないのです。彼らが国の現象形態とは、あほらしいというべきか・・・
 さて、裁判の進行ですが、兵庫訴訟では平松毅大東文化大学法科大学院教授の証人申請があっさりと退けられてしまいました。裁判長はやる気なさそうにぼそぼそと、すでに平松氏の論文は書証として出ているし、意見書も出るのなら証人調べは必要ない、とおっしゃるわけです。それなら、いっそ法廷もなくしてしまえとは言いませんでしたが、この裁判官に限らず多くに裁判官は、裁判の公開原則(憲法82条)や口頭弁論原則などどうでもいいもののように扱っています。
 ともかく、証人調べがなくなってしまったので、あとは10月15日の東京訴訟で証言する吉田柳太郎氏(長野侵入実験責任者)の証言内容を提出したら、おおかた終わりです。訟務検事は吉田証言には反論すると言ってましたが、早ければ年内結審、年度内判決ということになるかもしれません。
 関西訴訟のほうが先に始まったのですが、これから証人申請の段階です。16日の法廷で問題になっていたのは、堺市と契約違反の孫受けを使用した富士通とのデタラメ委託です。この再委託が障害となって、今年度の契約が行われたのは5月28日なのに、日付は4月1日になっているのです。
 しかも、再委託の問題は解決していません。というより、孫受けはどの自治体でもどの会社でもやっている、ということです。自治体は嘗められ、委託業者は居直る、これがITゼネコン≠フ実態です。富士通は下請けとの契約書を堺市に提出することを拒否しており、個人情報もこれではたらい回し状態です。
 だから、原告は裁判所の権限で実態調査をすることを求めていました。それは、原告が居住する51市町と富士通にたいして住基ネット委託に関わるすべての資料の提出を求めるもので、「文書送付嘱託」という申し立てです。この申し立てにたいして、裁判官は面倒なのでやりたくないという態度を露骨に示し、原告がそれぞれ情報公開請求をすれば済むことだと逃げていました。
 神戸も大阪もこんな調子で、原告はお金と時間を使ってやっているのに、それを仕事にしている連中は全くいい加減で、裁判を闘うことのむなしさを感じてしまいました。ところが、偶然の成り行きで法廷のはしごをもうひとつして、とても感慨深い気分で家に帰ることができたのです。それは、民事の大法廷での判決言い渡しで、大阪高裁による原判決の破棄、すなわち原告の逆転勝訴判決でした。
 その場でもらった資料で、京都宇治市の小学校で先生をしていた荻野恵子さんの死亡を、「公務外」とした認定の取り消しを求めるものだということはわかりました。開廷前に大法廷が満席になり、部外者の私たちがふたつも席を取っていいのかと思いましたが、貴重な原告逆転勝訴に立ち会え、感動しました。女性の支援者は涙ぐんでいたし、この日まで厳しい闘いを強いられてきたのでしょう。
 詳しくはわからなかったので、家に帰ってインターネットで調べてみると、宇治久世教組のホームページに「荻野先生の公務災害認定を勝ち取る会のページ」がありました。1994年1月19日、学校で脳内出血を発症し倒れ、1年間の闘病もむなしく44歳で亡くなっています。その後の経過は多くの死亡労災と同じく、公務外認定処分の取り消しを求める裁判を京都地裁に提訴したのが98年11月、敗訴し大阪高裁に控訴となっています。
 もらった資料には、家庭を持つ女性教師のうめき声≠ェ溢れていました。それは大げさでなく、休む時間もトイレに行く間もない学校と家事・育児に追われる生活に押しつぶされそうな、女性労働者の姿です。だから、支援の女性たちにとって、荻野さんの死は自分のものでもあるのでしょう。
 私たちにとって、所詮裁判は敵の土俵です。だけど、その土俵にも上がることによって、勝てる闘いもあります。裁判官も、すべてが国家の僕とは限りません。例えば沖縄靖国訴訟では、国側の執拗な反対を押し切って、那覇地裁の裁判官たちが南部戦跡を歩き、原告からの聞き取り(現地進行協議)を行っています。法廷を出た裁判官は例の黒服を脱ぎ、運動靴、木綿の厚手の手袋、野球帽、スポーツシャツにリュックで現れたということです。
     (晴)


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世界の中心で、愛を叫ぶ

 世の中年女性が、ヨン様に夢中の頃、私は「世界の中心で、愛をさけぶ」のテレビドラマに、はまっていました。ドラマは、17年前の出来事を回想するシーンから始まるのですが、ずっと抱え込んでいた彼女への想いに苦悩する主人公に、同情を寄せている自分が居ました。女子高校生を襲った突然の病魔に運命を呪い、助かるはずのないドラマの展開に希望を託しながら。
 確か私が小学生の頃、同じようなストーリーがあり「マコとミコ」の恋人同士が、一方の死によって別れを強いられる、そんな記憶が残っています。その時は、病気の恐ろしさが強烈で、二人の心情まで気遣うことはありませんでした。
 しかし、今回は私も年を重ね、親の立場からも見ることが出来ました。白血病に侵された「亜紀」を想う主人公の「サク」、彼の追いつめられた心境が、痛いほど伝わってきます。残り少ない日々をどう共に生きて行くか、死と向き合うこと、つまり死を受け入れる過程が両者にとってどれほど困難なことかを、教えられたと思います。
 亜紀とサクを演じた二人は、高校生役らしくとても新鮮で初々しい感じを受けました。微笑ましいのは、勉強にスポーツに優秀な亜紀が、お祖父ちゃん子で甘えん坊のサクを、いつもリードしていたことです。「好きよ」と告白したのも、キャンプと称して泊まり掛けの行動を決断したのも亜紀でした。今なら男女共同参画という謳い文句で、行政でさえ推奨していますが、当時ではまだ女性の受け身的な意識が普通だったのかもしれません。
 「キスでもしませんか」とビニールシートで遮断された無菌室から誘う亜紀に、私はどうしようもない無力感に落とされた気分になりました。人間が研究し開発した医療の限界に、そして、将来の夢も希望も死という現実が消してしまうことに。
 しかし、ドラマの中で、人には運命がありそれぞれ使命が決められていること、その人の価値は死後、残された者が受けとめ判断することを、フォローしています。亜紀が最後に残した絵本は、大きな木が枯れていっても、新らしい種子が育ち再び実を付けることを、私たちに示していたのでした。
 ドラマの最終章は、サクが新しい恋人の明希を受け入れることで、17年間の亜紀への想いに終止符を打ちます。私だったら、どうしていただろうと毎回余韻が残っていたのですが、夫は、長いこと引き摺っててもどうしようもないと、サクの生き方に批判的でした。でもその夫がいつも目を潤ませ見入っていたのも、内緒でお知らせします。
 最後に、ちょうどこのドラマが始まった頃、長女の友人が急性白血病を患ったことを知りました。昨年女の子を出産したばかりで、年齢も娘と同じとあっては、他人ごととは思えません。幸い、数ヶ月の治療で症状は治まり、普通の生活に戻れたそうです。その治療方法は最新のもので、馬の血清を使ったようです。本当に良かった、医療の進歩にバンザイ!
           (恵)


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沖縄の怒りと日本政府への失望

 一般マスコミでも広く報道されたように、8月13日(金)午後13時18分、米軍の大型輸送ヘリCH53D(全長約22メートル、総重量約32トン)が、普天間基地近くの沖縄国際大学に墜落しました。
 墜落炎上した現場である沖縄国際大学の本館の建物を見てみると、3階建ての白壁は炎上の影響で黒焦げになっており(火災の高さは15メートルにも達したという)、プロペラでえぐられた爪痕がクッキリ残っています。
 当日の大学には、夏休みの集中講義の関係で5〜600人位の学生・職員がおり、一般公開されていた図書館には市民もいたと言います。また、大学の近くの民家にも落下した機体の一部が飛び込み、内部を破損させています。
 死傷者が出なかったのは、まさに「奇跡」でした。一歩間違えれば、普天間基地近くに住む宜野湾市民に大変な犠牲者がでる大惨事になってもおかしくない事故でした。
 沖縄の人たちは、誰も犠牲者が出なかったと言う点でホットしています。ところが、その後の米軍の態度と日本政府の無責任さを知り、その怒りを爆発させています。そして日本政府の小泉首相に失望しています。
 *怒り1…米軍は墜落を事前に察知していたが、周辺自治体に異常事態の連絡をしなかった。ヘリは墜落前より空中分解状態になっており、機体の一部を落下させていた。ヘリ墜落後、即座に100人以上の海兵隊員が二重のフェンスを越えて、墜落現場に殺到しピケを張って立入禁止にした。大学の責任者である学長の立ち入りさえ拒否したのである。
 *怒り2…事故後、米軍は4日間にわたり現場周辺の道路を封鎖し、市の消防隊員や沖縄県警をいっさい閉め出して現場検証をさせなかった。さらに2日後には、墜落現場の周辺の土も含めて全ての事故機の破片をすべて持ち去ったのである。  
*怒り3…事故後、黄色い防護服に防毒マスク姿の米兵2名が捜査に入った。この光景から「劣化ウラン弾を積んでいた可能性がある」と伝えられたが、その点は明確ではない。しかし、放射性金属が散らばった事は事実のようである。平和市民連絡会は「ヘリの墜落現場では、放射性数値に最大で5倍の差があった」と発表している。
 *怒り4…在日米軍のトップであるワスコー司令官の「被害を最小限に食い止めるためにヘリ乗組員はとても功績があった」との発言には、沖縄県民は切れた。
 *怒り5…事故の原因が明確になるまで、事故機との同型機種の飛行停止を求める県民の声をまったく無視して、米軍は飛行を停止しなかった。飛行停止を発表したのは、同型ヘリをイラク戦線に送り出してからであった。
 ようするに、基地でもない大学という「民有地」が日本の主権が及ばない、「治外法権」化された訳であり、はっきり見えてきたのは米軍は、基地の島=沖縄を相変わらず植民地扱いをしていることです。
 これが沖縄の今の現実であり、戦後一貫している現実です。だからこそ、沖縄県民は早く「基地のない島」を、「米軍のいない島」を望んでいるのであります。
 その沖縄県民の長年の願いを受け止めて、米軍との直接交渉に当たるべきが役割を担っているのが、当然日本の首相であると言えます。
 ところが、沖縄でこんな大事件が起こったのに、小泉首相の対応はあきれるばかりです。13日の午後は海洋映画「ディープ・ブルー」を楽しみ、その後はアテネオリンピックの金メダリストと電話したり、歌舞伎鑑賞を続けるなどの、ノー天気ぶりです。
 また、さっそくの沖縄県知事や宜野湾市長の面接要請については、「夏休み中」を理由に面会を拒否し、まったく沈黙しなんら行動を起こしませんでした。
 さらに、数日後には派手に「北方領土」の視察を展開し、私こそが北方領土問題を解決する首相であるとのポーズを示しました。これも沖縄県民を大いに怒らせました。
 こんな小泉首相の行動や態度を見て、沖縄県民はまったく納得できず日本政府に失望を感じています。それどころか、防衛庁施設局はこの間問題なっていた辺野古沖のボーリング調査を、このヘリ墜落事件が大騒ぎになる前にとばかりに現地調査を強行しました。こうした日本政府の無責任な態度や欺瞞的な姿勢に対して、沖縄の人たちは怒りを爆発させています。
 沖縄の人たちは、日本政府のこのような態度は昨日・今日始まった事ではないことを、昔より一貫している姿勢であることを見抜いています。今後も沖縄の人たちは、米軍と日本政府に対して諦めずに粘り強く闘いを続けるでしょう。
 私たち「ヤマトンチュウ」も沖縄と連帯し、戦争を止めるために反戦運動を闘い抜きましょう!

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保育園日誌 変わる親子関係

 暑い夏が終わり夏の疲れを感じるが、保育園の子供達はたくさん遊んで、たくさん食べて、たくさん寝るという生活リズムがついてきて、毎日笑顔がいっぱい見られるようになってきた。この四月、一才五ヶ月で入園してきたB君、周りの子供達は母親と離れて不安で泣きじゃくっている中で、ただひとり母親と離れても何の反応も示さず、部屋中をぐるぐる歩きまわっておもちゃのかごをひっくり返してじっと座っていることがない活発な男の子。しかし、名前を呼んでも反応がなく、笑ったり泣いたりという感情が乏しく、だっこをせがんで甘えたり、声を出すこともなく、なにより目と目が合わないことが私達は気になっていた。母親が送り迎えをしていたが無口でB君に話しかけたりすることがなく暗い表情で、体の大きいB君が重いこともあるのだが、ごく普通のだっこではなく荷物を抱えるようなだっこでやってくる姿を見て、B君の子育てに疲れていることが直感的にわかった。 
 保育園は今、子供達の保育だけではなく子育てに不安や悩みを持っている母親達を支えていくことも重要な仕事になっている。「子供ってかわいいな」「子供と遊ぶと楽しいな」と思ってもらえるようにいろいろな働きかけをしている。子育てが母親ひとりの責任に任されて、子育てを見たこともなく育ってきた母親達は子供とどう接していいのかわからなかったり、子供が泣いたり騒いだりするのはあたりまえの事なのに子育てに疲れて、子供を虐待したり命を奪ってしまう悲劇も起こっている等、ひと昔では考えられない親子関係になっている。
 私達はB君のお母さんに「だっこはこうしたほういいよ」と教えたり、B君のかわいいところを見つけてお母さんに伝えていくと、お母さんも昼間だけ育児から解放されて表情が少しずつやわらいできた。B君には目と目を合わせたあやし遊びから始めていき、名前を呼ぶと「はーい」と手をあげたり、一才九ヶ月になった今では「ちょうだい」「ありがとう」を「ち−、あ−」と声を出しながらかわいいしぐさをしたり、私達の目を見ながらにっこり笑ったりするようになってきたので「保育園に入ってよかったね」と喜んでいた。 ところが、突然八月の終わりの月曜日の朝、B君の祖母が来て「母親が家を出て行ってしまい、私は仕事をしているので朝七時半から夕方六時までお願いしたい」というので驚いてしまった。先週までは元気に送り迎えしていたB君のお母さんがいなくなるなとは・・・「何故?どうして?」と頭の中は真っ白になってしまったが、一体どうしてしまったんだろうと考えた。嫁姑問題ならば別居すればいいし、夫婦の問題だとしても、どうしてB君を置いていってしまうのだろう?B君を置いていくというのは育児に疲れてしまったんだろうか?と頭をめぐらせてしまい、私達はお母さんにB君をかわいいと思ってもらえるようにいろいろ働きかけてきたのでよけいにショックの出来事だった。        ひと昔ならば母親は、自分の分身のような子供と離れることができない親子関係で家を出るのにも一緒に出て行った。ところがこの頃は子供を置いていく母親が増え、子供と離れていられるような親子関係に変わってきている。現に一才三ヶ月の歩き始めのかわいい盛りのG君も母親が家を出て行き祖母に育てられているが、こうした親子関係になってしまった背景には、母親ひとりの責任ではなく、子育てがしにくい社会になっているひとつの現れだが寂しさを感じてしまう。子育てに楽しさややりがいを感じられる社会にしなければならない。
   (美)

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二つの事故

 異常気象で暑さが続く8月9日午後、福井県美浜町の関西電力美浜原発3号機のタービン建屋内で蒸気漏れ事故が発生。下請け会社作業員4人が死亡し、7人が負傷する悲惨な労災死亡事故となりました。引き続く13日午後、沖縄県宜野湾市の沖縄国際大学構内に米軍の大型ヘリコプターが墜落する事故が起きました。夏休み期間中ということもあり、こちらは奇跡的に市民の被害はありませんでした。
 このふたつの事故は全く違ったものですが、起こるべくして起こったという共通点があります。さらに共通点を上げれば、悪い条件が重なっていたらどちらももっと恐ろしい結果を招いていたでしょう。にもかかわらず、関電はこの事故があくまでも原子炉の事故ではない≠ニいうことを強調し、米軍は16日には飛行訓練を再開しています。
 全くなんという言い草、なんという傲慢な対応でしょう。しかし、ここにこそ今回の事故の本質があります。関電に限らず、電力会社はいま、老朽化した原発の延命と安全無視の稼動延長を行っています。検査をするには原発を止めなければならないから、それも先延ばしする。日本で稼動している50基を超える原発は、全てこういう状態にあると考えて間違いないでしょう。
 米軍ヘリ墜落直後の15日、神戸で沖縄選出の衆議院議員、照屋寛徳氏の生々しいお話を聞く機会がありました。照屋氏が持参した沖縄の新聞には2ページにわたる大きな見出しの事故報道があり、今回の事故の衝撃の大きさを示しています。事故直後、米軍による封鎖前に現場に駆けつけた照屋氏は事故の様子を確認し、近辺の住宅破壊の酷い惨状も目撃しています。
 寝かしつけていた赤ちゃんを母親が間一髪で別の部屋に避難させたという例を紹介し、「市民が傷つかなかったのは奇跡」であったことを強調しています。事故の原因となった米軍の普天間基地は、1996年の返還合意で7年以内の返還となっていたものです。それが、日本政府と稲嶺県政によって名護市辺野古への移転が決定され、7年以内の返還の約束は反故にされてしまいました。
 事故後の米軍による現場封鎖、警察に現場検証さえ許さない傲慢さは、いまだ米軍が占領軍気分にあることを示しています。そしてこれに呼応する日本政府の沈黙は、日本にとって沖縄はいまも捨石≠ナあることを暴露しています。米兵による強姦や殺人があっても、ヘリが墜落しても、米軍の行動の自由を守ることが国益に適うことだと、小泉らは考えているのです。
 こうして、起こるべくして起こったふたつの事故は、この国の為政者も企業家も自分達の利益を守るためには、国民の命などどうでもいいものとして扱っていることを明らかにしました。彼らは100人を超えるような死者がでる事故にでもなれば、仕方なく動き出すかもしれませんが、そんな事故が起きる前に、彼らの利益追求をやめさせなければなりません。
 犠牲はいつも弱者、少数者に押し付けられ、それが当然のこととして扱われています。それにつけても、思い出されるのはまよなかしんやの次の歌です。

  「なぜ少女は」
1.なぜ少女は 拉致された なぜ
  なぜ少女は 暴行された なぜ
  なぜ少女を私たちは 守れなかった
  なぜ
2.なぜユミ子ちゃんは 殺された
  なぜ国場君は ひき殺された
  なぜタカコちゃんは トレーラーに
  おしつぶされた
  なぜ戦闘機は 小学校に堕ちた
3.なぜ1970年12月20日
  コザ暴動はおこった なぜ
  なぜ少女は 暴行された
  なぜ私たちは 少女を守れなかった
  

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介護日誌  退院を迫られて

 いま私たちが介護している母は、1923年(大正11)生まれの82才。清水の山村の農家で、身を粉にするようにして働いて育った。小さな体で、時に自分の体重以上の蜜柑を背負って山道を歩いたという。戦後すぐにスタートした結婚生活は、文字どうりゼロからの出発。自営業の茶箱製造に昼夜の区別もつかないほどに精を出し、3人のこどもを育てあげた。82才のいまでも当時のなごりは、食事時にあらわれる。ほとんど噛まず次から次へと口に押し込んで、あっという間に食べ終えてしまうのだ。「体に悪いからもっとよく噛んで」といくら言っても、これは変わらない。
 足元がおぼつかなくなった80才の時、庭のホースにつまずいて転び、股関節を骨折。以来1年8ヵ月、車椅子の生活となってしまった。人生を働きづめできた年寄が、入院先の病院でどんな目にあったかをお話しよう。
 市内の総合病院の6人部屋は、同じ様に足を骨折したお年寄り(91才、87才、85才とみな高齢)が入院していたが、つぎつぎとまるで”強制立ち退き”のように退院してゆく。それは”強制立ち退き”そのものだというのは、家族のことばからも痛いほどに伺われた。そしてとうとう、入院一月目の母も宣告されたのだ。
D医師「リハビリの先生とも話し合い、今後は通所リハビリでいいのではないかという結論になったので、今週(この日がすでに水曜日)か来週に退院としたい。」
 あいにく母は、骨折するまで介護申請をしておらず、その時はまだ手続き中で、介護度も受けられる介護サービスも決まっていなかった。ましてや突然の「寝たきり状態」で、こちらも必死に、「家の方の母の受け入れ体制が、まだ何もできていない。昼間家族がみな仕事に出てしまうので、もう少し病院に置いてもらえないか?」と訴えた。
 D医師「無理です。家族のほうでやってください。病院のベッドは一杯です。予約の人が待っています。」「退院は、平日の5時以降でも構いません。こちらで退院日を決めさせて頂く場合もあります。」との剣もほろろのことばに、心底悲しくなった。すでに病院で施す医療は無く、一刻も早く退院せよという病院側の事情はあるにせよ、では一体どこへ行けばいいのか?試しに、市内の老人施設に2ー3ヵ月間の入所希望を出そうとしたら「2ヵ月待ち」とのことで、諦めざるを得なかった。
 途方に暮れていた私たち家族に、看護師さんが同情して下さったのか、一杯で無理だと言われていた階上の「療養型病棟」へ”一ヵ月間だけ”という約束でお世話になることが許された。
 よほどの大金持ちでもない限り、いまこの日本で老いてそのうえ病気やけがをしたら、とてもじゃないが安心して生きられないということを改めて痛感した。この後に母に起こった出来事を、少しづつご紹介してゆきたい。
           (澄)

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自殺者3万4427人を超える

 皆さんも知っているように、日本人の平均寿命はこの50年間で大幅に伸びて、「人生80年」という言葉が耳慣れたものになっている。
 では、人生の最後はどんな原因で死をむかえているかと言えば、やはり病気でなくなる人が圧倒的に多い。現代では、「悪性新生物」「心疾患」「脳血管疾患」が3大死因と呼ばれ、今やこの3大死因が全死因の6割にもなっている。これらの疾患は、発症に生活習慣が深く関わることから、生活習慣病とも呼ばれている。
 ところが、今日本社会ではこうした病気の死より、自ら自分の命をたつ自殺の問題が社会問題化している。
 発表によると、昨年1年間の自殺者がまた3万人を超えて、34,427人いたとの事。
 これは、1昨年より7.1%(2,284人)も増えており、統計を取り始めた1978年以降、最悪の自殺者人数になっている。
 1998年に自殺者の数が初めて3万人を超えて、これで6年連続して自殺者が3万人を超えていることになる。毎年毎年3万人以上の人間が自殺していく日本社会。それが6年も続いていること。やはり異常ではないか。原因を分析しその対策をキチンと打ち出すことが求められていると考える。
 小泉首相よ、「構造改革なくして成長なし」とか「自民党をぶっ潰す」と威勢の良いことを言って総理大臣になり、政治の最高責任者を勤めている。あなたは、6年も連続して3万人以上の国民が自殺していることに対して胸が痛まないのか?最高責任者として責任を感じないのか?それとも、これも得意の「人生いろいろ」発言でゴマカスつもりか。
 さらに、警察が遺書や状況から判断した「動機別」を見ると、やはり負債や生活苦など「経済・生活問題」が原因の自殺が大幅に増えて、前年比12.1%増の8,897人にもなっている。「負債」の理由にした自殺が21.7%増、「生活苦」は13.1%増、「就職失敗」は18.1%増である。
 次に「年齢別」を見ると、60歳以上が11,529人で全体の33.5%を占め、50歳代が8,614人で25.0%でいずれも過去最悪の数字を示している。急増したのが30歳代の自殺で、17.0%も増えて4,603人になっている。
 言うまでもなく、中高年はリストラや倒産などによって仕事を奪われて、家族全体が生活困難を強いられ、追いつめられている実態が浮き彫りになっている。働き盛りの30歳代は、人員減の中で長時間労働や仕事負担増を強いられて、過度のストレスを抱えている実態が見えてくる。
 さらに、驚くべき事は小中学生の自殺者が57.6%も増えて93人もいること、また高校生も29.3%も増えて225人も自殺している事実がある。
 最近、小学生にも「うつ病」症状が出ており、意欲のない・やる気のない生徒が増加しているとの報告があった。今回のデータはまさにそれを裏付けていると言える。
 人員減と長時間労働を押しつける企業社会の中で過度のストレスを抱え、精神バランスを失い「うつ病」におちいってしまう労働者たち、過熱する進学競争やいじめがはびこる学校の中で、精神を病む子どもたち。まさに日本社会は老いも若きも「うつ病」が蔓延している。
 専門家である精神科医は、「中高年の多くがうつ病にかかっているとされるが、適切な治療を受ける前に命を落としている」「早期治療が大切なのに、周囲の理解不足で悪化するケースが多い」と指摘している。また、「うつ病は今や風邪と同じで誰もがかかりうる病気。軽い症状のうちに治療を受けやすい雰囲気を職場や家庭に作らなければ自殺者は減らない」とも指摘している。
 確かに、日本社会にはこうした「うつ病」などの精神疾患に対しての理解が足りず、防げるものも防げなくなっている、と言える。その点では、早期の適切な治療体制を確立していくことは早急の課題である。
 だが、より根本的な事は「うつ病」の患者や自殺者を多く生みだしている今の日本社会や学校現場のありようが問題になっているのである。働くことや学ぶことに希望と生き甲斐を持てるような社会や学校に変革していくこそが求められている。
            (英)


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家族から個人へ

最近の中学生による幼児暴行事件など、ショッキングな出来事が相次いでいます。そんな時、よく言われるのが家庭の事情です。育ってきた環境、親の経歴、親のしつけ方、などあたかも家庭に責任があるという様に報道されがちです。
 ところで、家庭を築いているのは家族ですが、家族とは今の社会でどんな役割を演じているのでしょうか。政府がモデル世帯としているのは「夫婦と子ども」世帯で、その割合は年々減少し、今では全体の約3割にすぎません。家族の形態が多様化し、結婚をしない単独世帯が増えてきた、つまり政府が要望するモデル世帯の構想は崩れつつあるということです。
 妻が夫の扶養家族であれば、配偶者控除や家族手当があり優遇される家族制度。扶養されることで妻は経済的に夫に依存し、夫は長時間労働で家事・育児は妻に任っせっぱなし。こういう共依存の関係が、お互いの自立を阻んでしまうことは、既に指摘されていました。注目したいのは、依存で成り立っている関係は、カップルでやっと1単位であり、どちらか一方が欠ければ生活が困難になる軟弱な基盤であることです。だからこそ、国家の手厚い保護と「心の安らぎ」と偽る家族観が必要なのでしょう。
 家族のなかでは、夫、妻、父親、母親、子ども等というそれぞれが、近代秩序が与えた役割を演じている、ここには個≠ニいうものが無いと、大阪経済大学助教授の伊田広行氏の指摘があります。まず自分を持つということ、そして自分がどう生きるのかを問うていくことが、困難な作業ですが最も大切なことなのでしょう。子どもを自分の所有物にするなどは、母親としての役割に没頭してしまった悲しい結果かもしれません。
 私自身も夫に扶養されている立場ですが、それなりに家事を分担したりお互い協力するということで、対処できていると思っていました。しかし、家族世帯で優遇されているということが、単身者・離婚者・同性愛者など家族の単位からはみ出している者を差別することになる、という主張を知りびっくりしました。差別することで成り立っている今の家族制度なら崩れる方がいい。私たちは、何も恐れることはありません。つまり、危機感を持っているのは国側で、個人を単位にした社会になれば、国民を管理しにくいということのなのでしょうか。
          (恵)


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救いがたい隠蔽体質

 使用済みの核燃料の処理をどうするか、本当に頭の痛い問題です。脱原発を進める国でも、その処理から逃れることはできません。原発の利用へと踏み込み、その恩恵≠ナ浪費に明け暮れたあとは、核廃棄物に怯えることになるのです。
 どの国も地下深く埋めてしまうようですが、もちろんそれで問題が解決するものではありません。まず、処分地を確保することができないし、埋めてしまえば安全というものではありません。それは、目を閉じて見えなくなれば安心しているようなものです。日本の場合も、この地層処分の目途は立っていません。
 そのうえ、日本は使用済み核燃料の全量再処理という政策を取っており、これがより大きな困難をもたらしています。再処理に掛かる費用と新たな核汚染の危険性など、直接処分のほうがよりましなのは明らかです。その事実を証明する情報を、経済産業省資源エネルギー庁が10年も隠していたのです。都合の悪い事実はなかったことにする、この国の政治はどこまでも拙劣です。
 「使用済み核燃料を地中に埋める『直接処分方式』の試算データは1994年、総合資源エネルギー調査部会のワーキンググループの会合で示され」(7月3日付「神戸新聞」)ましたが、核燃料サイクル政策の推進に支障を来たすから隠そうという結論になったのです。その時の出席者は、電力会社幹部や大学の研究者、資源エネルギー庁の担当者ら約20名とか。多分、彼らには情報隠しをしたという意識すらないでしょう。
 さらに6日には、原子力委員会が10年前に同じように試算を行い、「再処理は直接処分に比べ最大2・4倍費用が掛かると試算しながら、『比較は困難』として再処理を軸とする原子力長期計画をまとめていた」(7月6日付「神戸新聞」)ことを明らかにしました。ウソにウソを重ねるこうした体質は血肉化しており、一方で「積極的に情報を公開し、国民の十分な理解を得る」としていても、この国の官僚にとって情報操作も重要な仕事(出生率低下の数字を隠していたのもそうです)なのです。
 国であれ自治体であれ、多くの審議会が非公開であったり、議事録は公開されても発言者は非公開だったりします。そこには、公開されたら自由な発言ができないなんていう無責任な学者や放言有名人を利用する行政があります。事実による証明、議論による決着ではなく、お飾り審議会と情報操作による既定路線への誘導があります。
 それでは、こうした事実が今明らかにされたのはなぜか。もちろん、官僚が隠蔽行政を悔い改めるわけでないことだけは確かです。本紙でも指摘されてきたように、重大な岐路にあるこの国の原子力政策を、大きく軌道修正させるために意図的に暴露されたものなのか。神戸新聞も「折しも来年4月からの電力自由化拡大を前に、80年間で18・8兆円という巨額の再処理関連コストが明らかになり、自民党や政府内からもサイクル政策継続への異論が噴出している。政策見直しへの声が高まるのは必至だ」と指摘しています。
 いずれにせよ、青森県六ヶ所村の使用済み核燃料再処理工場での劣化ウランを使った試験運転に踏み込ませないことが、さしあたったの焦点です。再処理工場を稼動させるかどうかが、核燃料サイクルを断念させることができるかどうかの分かれ道です。子ども達だけでなく、未来のすべての人類に核廃棄物の重荷を背負わせないために(といってもすでに核廃棄物は日々蓄積されつつあるのですが)、ここが頑張りどころです。
   (晴)

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保育園日誌

 ここちよい風が吹き、子供達の寝顔を見ながら「ホッ」とひといきついて幸せを感じる六月のある日の午後。ここは保育園の〇才、一才児のクラス。こんな幸せなひとときが来るとは信じられないほどの二ヶ月だった。
 この四月、保育園に入園してきた子供達。初めて母親から離れて不安で泣きじゃくるAちゃん。部屋中を歩き回っておもちゃのかごをひっくり返していくB君。歩き始めでいつ転倒するかわからなく目が離せないC子ちゃん。眠くなると泣き出しおんぶしてやっと寝ついたかと思い布団に寝かすと目が覚めてしまうD君。部屋にいるのがいやで外へ行きたがって泣くE君。友達が自分のそばにくると「がぶり」とかみつくFちゃん等々。ひとりひとりの子供が「わたしを見て」「ぼくはここにいる」とばかりに泣いて大騒ぎになる。私達保育者は、泣いている子をおんぶしながらオムツをかえたり、給食を食べたり、寝かしつけたりするので、肩がパンパンにはれて体全体が重くなり、泣き声がこびりついて家に帰っても泣き声が聞こえてくるほどつらく、園長からは「怪我をさせないように」と強く言われ、常に子供達を見守っていなければならないので、いっときも気が抜けず肉体的にも精神的にもくたくたになった苦しい四.五月だった。
 しかし、よくしたもので泣きながらも保育園に通って、毎日の生活を積み重ねていくと子供達も新しい環境に少しずつ慣れていき、安心すると泣かなくなりお昼寝もぐっすり眠るようになるのだからすごい!感動してしまう。一才五ヶ月のAちゃんは、今まで母親とべったりくっついて生活していたのに突然、知らない所で知らない人にだっこされるのだから、不安で泣くのは無理もない。泣かれる子を置いていく母親の心境もせつない。「泣かないで」とすがるような思いで私達にAちゃんを預けていくのだが、「ギャ−」と大きな声で泣かれると「大丈夫かな?一日中泣いているのかな?仕事に行っていいのかな?」と心配でたまらないが、そこは私達保育者の長年の経験から、「泣く子は大丈夫だよ、泣くのは今だけ、少しずつ慣れていくから安心して仕事に行ってね」と声をかけて送りだした。そして、二ヶ月たった今では、朝は母親にバイバイをして、お迎えの時は、保育園に遊んでいたいと泣いて困らせているほど保育園が大好きになっている。こうしたAちゃんみたいな子供ばかりでなく、最近ではいろいろな親子関係がみられるようになってきて驚くことがおおくなつてきた。
 女性が結婚をして子供を産んで仕事を続けたり、子育てをしていくあたりまえのことができにくい今の社会では子供の出生率が年々減少していくのは当然といえる。子育てがしにくい社会になつてきている現状を報告したいと思う。保育園に入園したいという希望者が多く、やっと落ち着いたかと思えばまた新しい子供が入園して、また始まる。感動を求めて!(美)


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核のゴミの危ないサイクル

 6月3日早朝、輸送船六栄丸が青森県六ヶ所村のむつ小川原港に到着しました。積荷は東京電力福島第2原発から出た使用済み燃料64トン。同村にある日本原燃の核燃料再処理工場へ搬入されるもので、貯槽の不正溶接問題で2002年11月に中断されて以来、1年7ヶ月ぶりの再開です。
 使用済み核燃料は本来ゴミなのですが、この国の原子力政策により全量再処理≠ニされ、このゴミは資源に化けるのです。しかし、この再処理工場を稼動させるのかどうか、核燃料サイクルを推進してきた側でも動揺しています。それは、この6月に劣化ウランを使った稼動試験(ウラン試験)に入り、来年6月には使用済み燃料を使ったアクティブ試験を計画していたものが、当面凍結となっているのです。
 突き詰めれば、費用対効果という点でこのまま稼動に踏み込めない、躊躇があるのです。いずれにしろ、使用済み核燃料が処理不能の危険な核のゴミであるということにかわりはありません。ゴミのリサイクルはそれなりに意義もありますが、核のゴミのリサイクルは悲惨な結果を招きます。例えば、英・仏の再処理工場の周辺では、子ども達の白血病が多発しています。
 さて、核のゴミですが、劣化ウランというのも歴とした核のゴミで、そのリサイクル製品が劣化ウラン弾です。米軍が第1次のイラク侵略(湾岸戦争)以来、大量に使用して深刻な放射能汚染をもたらしているのは周知の事実です。ブッシュが言うイラクの民主化≠ヘ、拷問や大虐殺、核汚染の後に実現されるもののようですが、そこに希望の未来があるのでしょうか。
 さらに厄介な核のゴミが、原子炉廃炉に伴って発生する大量の放射性廃棄物です。すでに稼動30年を超える原子炉が5基もあり、その解体処理の展望は全くありません。そこで考えられているのが、放射能レベルが低いコンクリートや金属を一般廃棄物として処理するというものです。これらがリサイクルされ、建設資材として、フライパンなどの台所用品として、私達の生活のなかに入り込んでくる日が来るかもしれません。
 これは単なる可能性の問題ではありません。経産省原子力安全・保安院は6月4日、そうした処理を推進するクリアランス制度の案をまとめました。これは「クリアランスレベル」と呼ばれる基準によって、人体に影響がないから再利用してもかまわないとするものです。その根拠は「自然界から受ける放射線レベルに比べ十分小さく、人体への危険が無視できる年間0・01ミリシーベルト以下となるよう、放射性核種ごとに濃度の基準を設定する」(5月4日付「神戸新聞」)
 ここには2つのごまかしがあります。まず、自然界の放射線レベルを基準にしている点ですが、そのうえに新たな汚染が加わるわけですから、実質2倍の放射能に曝されるわけですから大きな問題です。基準はまた、汚染が低濃度であれば危険性は無視できるとしているわけですが、事実はこの基準が何の根拠もないものであることを暴露しています。とりわけ体内被曝による深刻な影響は、劣化ウランの微細なチリを吸い込んでしまったら最後、その汚染を取り払うことができないのです。
 こんな詐欺まがいのクリアランス制度を導入することによって、放射性廃棄物の処理の困難は劇的に改善されます。例えば日本原電東海発電所の場合、「2001年から始まった解体作業で約192000トンの廃棄物が発生する。このうち、約128700トンは放射能に全く汚染されていない廃棄物。さらに、排気筒や燃料取り換え装置などの約45400トンは放射能が極めて低く、クリアランスレベルが導入されれば一般の産業廃棄物として扱うことが可能になる。放射性廃棄物として地中に埋めて処分するのは、炉心部分などの残る約18000トンで済むことになる」(同新聞)
 このようにして、低濃度廃棄物≠ヘ消えてなくなり、高濃度廃棄物≠ヘ地中に埋めてしまって、後は野となれ山となれです。実は、地中処分の立地の目途もなく、廃炉もままならない状態です。核のゴミのいかなるリサイクルも認められないし、それにもまして核のゴミを増やすだけの核燃料サイクルの放棄を勝ち取らないと、私達もヒバクシャ≠ノなってしまうでしょう。何しろ、日本の原発保守作業員の被曝総量が、主要国の比較で最多だという数字もあるのですから。

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家族に殺される逆害された女性

  米軍による拘束イラク人への虐待は、マスコミが報道する前にインターネットで公表されていました。私は、あまりにも非現実的で残虐な場面に、直視できずにいました。その中には、女性への性的虐待もみられました。
その後、マスコミが拷問の事実を伝え、女性収容者が釈放後に自殺したり、家族に殺されたりしたことを知りました。家族らの証言では、ある女性は米兵がいる場でイラク警察官にレイプされ、別の女性は独房にいる夫の目の前で米国人看守にレイプされるという、ショッキングなことが暴露されました。
 イスラムの女性は、日常的に全身をブルカで覆う習慣があることは、日本のいる私たちにも数々の映像と情報で知ることが出来ます。自分の肌を見せることすら抵抗があるのに、裸にされレイプという事態は、どれほどの屈辱的なことだったでしょう。しかも、夫の目の前で。
 家族に殺される、殺しても非難されないイスラムの社会。米兵にイスラムの女性の置かれている状態が理解できていたら・・・、そんな期待は戦争だから無理なのかもしれません。バングラデシュでも、男性からの暴力で顔に硫酸を浴びせられ、片目を失明した女性が「DAYS japan」5月号で紹介されています。その被害女性ビナは、暴力に屈せず国際婦人デーのデモに参加し、暴力への反対と女性の権利を訴えたということです。
 フセイン政権崩壊後、イラクではイスラムの宗教勢力が復活し、地域共同体の自発的な運営を支えたことは、日本ではあまり知られていなかったと思います。政府施設の略奪された公共物を警護したり、バグダットの33ある公共病院の薬や医療器具を略奪から守ったのも、イスラム勢力だったのです。そのイスラム社会でなぜ女性が無権利なのか?
 日本の女性も例外とはいえず、ドメスティック・バイオレンスがようやく認知され、実態調査を行った結果、女性の5人に1人がそれまでの生涯で配偶者などからの暴力を経験している、という。暴力する側の意識は、暴力行為の対象になる女性は、彼らの所有物であるらしい。所有物なら不要になったらどんどん取り替えたらいい、でもそれは日本社会で生きていくには社会的信用を無くすでしょう。私たちが主催する月例学習会の7月のテーマは、「家族」です。課題は山積み、さあどんな議論になることでしょう。
            (恵)

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過激で元気なムーア監督

  ブッシュ批判のマイケル・ムーア監督が、またまた大ヒットをとばした。
 フランスでのカンヌ国際映画祭でムーア監督作品の「華氏911」が最高賞に輝いたのである。
 授賞式のステージでは、「何てことしてくれるんだよ。びっくりしちゃっただろ」と、戸惑った表情で語ったようである。
 会見では、「米国の右派メディァは、反米のフランスからもらった賞だと言っているが」との質問に対して、『審査員9人のうち4人は米国人、英国女優1人を加えれば過半数が有志連合側。フランスの賞じゃないからね』と、答え笑わせた。
 この映画「華氏911」も徹底したブッショ批判を展開している。従って、ブッシュ大統領の弟知事が配給元のディズニーに圧力をかけて、北米での配給禁止を強制したと言われており、映画公開の前に大騒ぎになっていたのはご存知だと思う。
 ムーア監督を一躍有名にさせたのは、映画「ボウリング・フォー・コロンバイン」(「ワーカーズ」の紙面でも映画紹介をしました)で、アカデミー賞を受賞し、その授賞式の過激なスピーチ(2003年3月23日)でした。
 ブッシュ政権が、アメリカ国内や海外で広がっていた反戦の声を無視して、イラク戦争を開始していたとき、一人の男がアカデミー賞授賞式のステージから全世界の人々に向かって次のようなブッシュ批判のスピーチをおこなった。
 「わたしたちはノンフィクションが好きなのです。わたしたちはノンフィクションが好きですが、いまは虚構(フィクション)の時代に生きています。虚構の選挙結果で虚構の大統領が選ばれる時代に生きています。その大統領が虚構の理由でわたしたちを戦争に追いやる時代に生きています。でもいくらダクト・テープの虚構やオレンジ色警戒レベルの虚構を押しつけられても、わたしたちはこの戦争に反対です。ブッシュさん、恥を知りなさい。ブッシュさん、恥を知りなさい」
 「虚構の戦争」を押しつける「虚構の大統領」を弾劾したわけだが、まさにその後のイラク戦争の虚構が明らかになるにつれて、あらためてこのムーア監督のスピーチの鋭さに感心させられる。
 すでに読んだ人も多いと思うが、このマイケル・ムーア監督の大ベストセラーの本が、「アホでマヌケなアメリカ白人」である。
 この本に続き、「おい、ブッシュ、世界を返せ!」(原題は”Dude、where’s My Country?”)を昨年10月にアメリカで出版された。
 彼は、「ブッシュを大統領の座から排除しない限りアメリカに望みはない」とばかりに、全米33都市を23日間でまわるブック・ツァーを展開したのである。
 過激で元気良くマイケル・ムーア監督は全米を飛び回っている。さあ!いよいよアメリカの大統領選挙は11月、どうなるか楽しみである。
 私たちも、この元気のよいムーア監督に負けないように、ブッシュに追随し人気ご機嫌取りでなんとか政権を維持している、ウソとゴマカシの小泉首相を大いに批判して、首相の座から追放しよう!
     (英)


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介護日誌

 友人の義父(78歳)が亡くなり、不要になった紙おむつなどを大量に譲り受けた。「ありがたい」と思う反面、私の義母の介護生活の大切な伴走者を失った淋しさを感ずる。友人とはお互い、在宅介護の悩みや不満、怒りなど吐露しあえる心強い同志だった。
 我が家の義母が、転倒骨折で寝たきりになってしまった1年半前、友人の義父の方は1人で散歩するほど元気だった。介護認定では、歩けるか否かといった身体状況に重きが置かれるため、彼は「要介護2」と軽いもので、だんだんに痴呆がすすみ、便で部屋やトイレをべたべたに汚すようになっても、なかなか変わらなかった。
 一方義母は、車椅子こそ必要だが痴呆は無く、便の始末にも協力できるのに「要介護4」。現在、行政が訪問調査をした上で、コンピューターや医師の意見書などによって認定審査会が判定をしているが、生活実態と掛け離れた結果は掃いて捨てるほどあるのではないか。血の通わない、家族にばかり負担が重くのしかかる現状だと思う。
 <以下は友人の話>
 毎日の汚れ物の洗濯、掃除がとても大変だった。便を洩らしたときには、義父をきれいにする人と、周辺をきれいにする人と2人必要だと思っても、1人てこなさなければならなかった。そして毎晩毎晩かならず2時3時に、大声を張り上げる。おむつを取り替えようとしても、どこにそんな力があるのかと思うくらいに大暴れし、大人2人がかりでやっとという状態。死の数か月前は、おむつなどまるで用をなさず外に流れでてしまう水様便が毎日つづき、深い床ずれもできてしまった。この時期には「要介護4」となる。これだけ大変な介護を続けていたら、とても正常な神経ではいられない。直接手は下さないが、大声で叱りつけたり、いなくなって(死んで)くれたらどんなに楽だろう・・・との思いが頭をかすめ、一瞬とはいえそう思った自分自身に打ちのめされる。世間で報道される老人虐待や殺人など、決して私自身もひとごととは思わない。
 心身ともにぎりぎりの日々、彼を老人施設にいれようと見学したものの、あまりのくらい雰囲気に驚いたこと、何より月に15〜17万円もの支払いは不可能であきらめざるをえなかった。
 在宅介護は、24時間逃れることができない。仕事であれば、時間がくれば開放される。赤ん坊なら、日々の成長という喜びがあり、何よりもある程度見通しもたてられる。だが日々衰えてゆく老人は・・・。私自身が体調不良の時、地獄だと思うことがある。介護する側がこんな状態では、介護される側はもっと惨めなのではないかと思う。4年まえにスタートした介護保険制度は、矛盾だらけなのではないか。これからも折りにふれ介護の日常を紹介してゆきたいと思う。
 友人の義父は、とても穏やかな死に顔だった。痩せこけてしまった友人と、私にとってそれは大きな救いだ。
            (澄)


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終わりのないチェルノブイリ

 1986年4月26日午前1時24分頃、電源テスト中の4号炉路が暴走して炉心と建屋が一瞬のうちに破壊、世界を震撼させたチェルノブイリ原発事故の始まりです。爆発と火災によって、北半球のほぼ全域が放射能汚染に見舞われました。
 急性放射線障害による死者は公式発表では28人(原発労働者や消防士)だそうですが、時を経て現れる放射能の恐ろしい影響(晩発性放射線障害)は今も消えることがありません。その基礎となる数字(チェルノブイリ事故の被災者数)は膨大です。

事故に居合わせた原発職員や消防士など
 1000〜2000人
事故処理作業従事者
 60万〜80万人
強制避難や移住した住民
 約40万人
放射能汚染地域住民
 約600万人

 事故から18年、「チェルブイリ子ども基金」ニュースには現在も続く悲惨な実態が報告されているとのことです。孫引きになりますが、紹介しましょう。「日本の本州の6割に当たる地域が汚染管理区域となり、関東全部の市町村数に当たる『458の村』が消えた。その広さは東京、神奈川、千葉に匹敵する。ロシア保健省の発表では事故処理作業者20万人のうち、3万人が亡くなり、5万人が障害者となったという。亡くなった方の38%が自殺というのが何ともショッキングだ」(4月12日付「Stopザもんじゅ」)
 最近の傾向として、「子どもの甲状腺ガンの減少に反して、青年の甲状腺ガンが増加している」だけではなく、さらに「事故後に産まれた子どもたちへの影響が表れ始めている」ということです。小児甲状腺ガンの発症率は100万人に1人という希なものなのに、1999年までにベラルーシ1105人、ウクライナ1367人という数字が報告されています。
 この甲状腺ガンの手術は荒っぽいもので、甲状腺除去手術を受けた子どもたちの首にはよこ一文字の惨い傷跡が残ります。そして、生涯チロキシンという薬を服用し続けなければならないのです。いつだったか、この手術痕を見てショックを受けた日本の医師が、そんな傷痕か残らない手術を普及するために現地で指導している、というテレビの番組を見たことがあります。
 なお、国際原子力機関(IAEA)は「チェルノブイリはもう終わった」と言い、チェルノブイリの悪夢から逃げようとしています。さらにIAEAだけではなく、原発を推進する側の専門家は甲状腺ガンの増加以外の事故の影響を認めず、「健康に悪いのは放射能を怖がる精神的ストレスである」という主張を繰り返しているということです。何という恥知らずな連中、何という非科学的デマでしょう。
 チェルノブイリから18年、一歩間違えば同じ核暴走の危険につながる事故はいくらもありましたが、僥倖にもそうした事故は起こっていません。しかし、この偶然がいつまでも続くとは限りません。人類が再び取り返しのつかない核汚染に見舞われる前に、脱原子力のエネルギー政策を確立しなければ、子どもたちの未来はありません。
          (晴)

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なぜか、臨時保育士賃金問題 パート7

 二六七号で臨時保育士賃金問題は終わりますと書いたのですが、その直後、二月二三日に市の保育課から連絡がはいり「保育士が足りないから来年度も働けるかどうか」というのです。
 昨年の一二月には『来年度から雇用期間は原則三年で最長五年になる、六年以上働いている人は来年雇用しない。一年間は市の仕事では働けない』と、六年間働いている私には、はっきり『仕事はない』といっておきながら、今頃になって仕事をするかどうか聞いてくるとはあまりにもひどい話で「馬鹿にするな!!」と怒鳴りたい気持ちでいっぱいでした。 しかし、大学四年生と高校一年生の子供を抱えている私には、仕事にありつけたことはありがたく、四月からの仕事探しにハローワークでも行ってみようかと思っていたので、ぐっと我慢して返事をしました。すると、驚くことに、四日後の二月二七日には、継続雇用通知が届いたのです。 一月に来年度の募集があり、来年度働きたい人は申込書と履歴書を書いて提出したのに、私には何も書類も提出させないで雇用通知を出すのですから全くいい加減であきれてしまいます。
同じ職場の仲間達と「仕事があってとりあえずよかったね」と喜び合い、「仕事がないといったりあるといったり振り回されてしまったね」「保育士が足りないということはわかっていたはずなのに」「足りないならはじめから言わなければいいのに」と市当局のやることに話しが盛りあがり、他の職場の仲間達はどうなったのだろうかと思ったところ、組合ニュースによると自己都合で辞める人以外は全員が働けることになったので一安心しました。
 園長によると、来年度から正規職員と同じ仕事をする人は「非常勤保育士」。一日の勤務時間が七時間四五分仕事をする人は「臨時保育士」。一日の勤務時間が六時間以内仕事をする人は「パート保育士」という名称になったという話がありました。
 私は、遅番・早番があり、子供が長時間いるために部屋の片づけや明日の準備などが毎日の勤務時間後になってしまい、家に帰るのが遅くなり、週案、月案、児童票などの書類は家に持ち帰って書くことが当たり前になっている正規職員と同じ仕事をして、一生懸命働いても、正規職員の給料の三分の一という安い賃金でこき使われる非常勤保育士ということになるのです。
 そして、この四月には、私は転勤になって、今までより遠方になった為、朝の出勤時間が早くなり、新しい職場の子供達や人間関係に毎日戸惑いながら働いています。
           (美)


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人質問題と国家の本質

 日本中を揺るがしたイラクでの邦人3人の人質事件が起こりました。
 犯人グループは人質解放の条件として、自衛隊のイラクからの撤退を要求。その期限はカタールの衛星テレビ局アルジャジーラの映像放映から3日間(日本時間では、11日午後9時が期限)しかありませんでした。
 激動の3日間を経て、何とか3人の人命が救われたとの報道があり、まずは多くの人たちがホッとしたと思います。しかし、今原稿を書いている4月12日15時現在、3人の完全なる無事釈放の便りはまだ届いておらず、なお現在も心配です。
 今回のこの事件を通じて、私を含めて日本中の多くの人たちが、テレビで3人のご家族の真剣で必死な訴えを聞き、あらためて人間の命の重さ・現実を実感し、3人の安否を気遣い、心から心配しています。
 北海道を中心として全国で、3人の救援活動が取り組まれました。私たちも10日の午後、街頭に出て「3人の救出を優先し自衛隊を撤退させよ」のビラ配布や署名活動を展開しました。
 ところが、3人のご家族が必死になって救出を訴えているのにもかかわらず、日本政府及び政府関係者の対応はまさに冷淡・冷酷そのものであったと言えます。特に、あの福田官房長官の「撤退なんか考えられる訳がない。そんなことをすればテロリストの思うつぼである」との突き放したような答弁は、まさに日本政府というか国家の本質を鮮明にあらわしていると言えます。マスコミからも、父親の福田首相時代の人質事件の際の「人の命は地球よりも重い」との言葉を引用し批判されていました。
 政府は日頃、口では「国民の命を守るのが国家の役目である」とか「人道支援活動が大切だ」と言っています。しかし、いざとなれば、国民の命より結局「国家政策」「国益」「米国との安保体制」を再優先することが彼らの価値基準であることが、はっきり示されたと言えます。政府は国益優先で、3人を見殺しにしようとしています。
 また、多くの政府関係者や御用評論家達も人質になった3人に対して、「あんな危険なところに勝手に出掛けて行ったのだから、自業自得だ。あとから助けてくれとは甘い」等々の言葉を投げつけて、政府擁護と家族批判をしていました。
 さらに、聞くところによれば、アルジゃジーラが放映した3人の日本人の拘束場面を日本の放送局が全て放映していないようです。人質が酷く脅かされている映像がカットされて放送されました。
3人のご家族はこの隠された映像を全て公開するよう望んでいたようです。しかし、マスコミに対して、上からの圧力があったのか全てが放映されませんでした。
 いずれにしても、私たちは今回の事件を通じて、「人の命の尊さ」をあらためて認識する共に、国民の命を軽く扱う「日本政府の本質」や自衛隊を非戦闘地域に人道支援活動のために派遣したという「小泉首相のウソと詭弁」を学んだと言えます。
 皆さんも最近のイラク情勢を見てわかることだと思いますが、米国が言うような「テロ組織」との闘いとか「イラクの民主化」のための攻撃とは言えません。
 米軍は、フセイン支持派残党と言われているスンニ派との戦いの一線を乗り越え、シーア派にも攻撃を加え、禁じ手であったはずの「モスク攻撃」までして、まったく無実のイラク人に対する無差別殺人を始めています。
 もはや、米国のイラク攻撃には「大義」はまったくありません。ブッシュ政権にはあの「ベトナム戦争の二の舞」の道しかありません。そもそも、このイラク戦争開始がウソと詭弁ではじめられた戦争であったことも暴露され、自明になっています。
 私たちは、この大義なき米国のイラク攻撃=「無差別大量殺人を続ける国家テロリスト・米国の蛮行」を、我が日本政府がそれを支えていることをあたらめて認識し行動すべきだと考えます。
 小泉首相は、「自衛隊は戦争に行っている訳ではない。人道支援活動である」と、相変わらず脳天気な事を言っています。しかしもはやイラク情勢は、米軍とイラクゲリラ軍(スンニ派とシーア派が合同作戦を展開しはじめた)の全面戦争に突入しています。イラク民衆からは、「日本の自衛隊は米軍を支援している軍隊である」ことはがますます鮮明になっていくと思います。
 イラクには、もはや非戦闘地域などは存在しません。イラク全土が戦場になりつつあります。人道支援活動とは、まさに戦後=闘いが終了した後の復興を支援活動することであるはずです。しかし、今のイラクは戦後どころか、今後さらにアメリカ占領軍とゲリラ軍との闘いが激化し泥沼化していく情勢であります。
 自衛隊員の中から悲惨な犠牲者の出る前に、イラクから自衛隊を撤退させるべきです。なおかつ、アメリカにもイラクからの撤退を呼びかけるべきであります。
           (英)

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「テロの生態学」

経済がグローバル化することは、後進国に経済的発展をもたらすとされてきました。しかし、日本が海外に進出した結果、低賃金で現地の労働者を酷き使い、環境破壊まで押しつけるというひどいものでした。私たちの市場に並ぶ外国産野菜が、安いのもその犠牲からかと思うと複雑な心境です。
今、イラクでは、ますます戦闘状態がひどくなり死者の数も増えるばかりです。「テロとの戦い」を正当化したアメリカですが、そのアメリカの体制にこそ「テロの温床」があると指摘されています。

「意思決定や資源を一点集中の支配の下に置き、民衆を生産的な職業や生活から遠ざける非民主的経済システムは、不安定という風土を生み出す。あらゆる方針決定が、『私たち』と『彼ら』という力関係に置き換えられて理解される。『私たち』は不当な扱いを受けた、『彼ら』はそれで得をしたのに、と・・・
『テロとの戦争』がテロを封じ込める日は来ない。テロの根源に対処していないからだ。事実、『テロとの戦争』は、暴力の連鎖を産み、憎悪ウイルスを撒き散らしている。害虫が殺虫剤とともに増殖して耐性を強めるように、この戦争の遂行がテロリストの数と耐久力を増すことになる。害虫を防ぐことは、植物の抵抗力を伸ばすこと、生態システムの中で天敵とのバランスをとることによってのみ達成できる。テロの生態学は、私たちに平和への道を示してくれる。平和は、民主主義を養い、多様性を育てることの中にあるのだ」

 この言葉は、インドの物理・哲学者でエコフェミニズムを唱え、反グローバル化運動の世界的リーダーの一人、バンダナ・シバのものです。アフガン攻撃が始まり、その直後に出された反戦の声を収録したものですが、生態学に例えれば、なんと解りやすくなるのでしょう。アメリカのやりたい放題は、いづれ自分の首を絞めることになる、勇気を持ってイラクから撤退すべきなのです。
世界に色んな国があり、言葉の違いはもちろん、文化・生活習慣が異なることは当たり前で、認めあうことが大切です。西洋思想が蔓延している私たちの生活も、今一度、見直してみたいものです。
            (恵)

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無防備地域宣言

 3月7日、大阪で無防備地域宣言運動の集会があり、主催者側の予想をはるかに超える参加者が会場にあふれ、そのすごい熱気に圧倒されました。全国ネッワークを結成し、大阪市への直接請求を実現しようというものです。
 無防備地域宣言とは何か。集会宣言はこのように述べています。「戦争に反対する世界の潮流はすでに1977年、ジュネーブ条約追加議定書として戦争の惨禍に巻きこまれない、戦争協力を拒否する有効な手段を手にしています。『紛争当事国が無防備地域を攻撃することは、手段のいかんを問わず禁止する』(第一議定書第59条)と」
 「私たちは、国際法の住民保護の規定と日本国憲法の平和条項に依拠して、この『無防備地域宣言』の運動を一人からでも始められる日常的な、平和を実現する闘いとして開始しましょう」「ここ大阪における無防備地域宣言を含む条例制定直接請求運動をかわきりに、全国の自治体で無防備地域宣言運動を広げて行きましょう」「上からの戦争国家作りを拒否し、地域から平和な社会を建設していきましょう」
 この宣言の主体は「紛争当事国の適当な当局」となっていて、外務省は「宣言が出来るのは政府だけ」としていますが、自治体でもできるし、やろうということのようです。宣言をするための条件としては、@戦闘員、移動兵器の撤去、A固定した軍用施設などの使用禁止、B敵対行為の禁止、C軍事行動を支援しない、となっています。
 つまるところ、軍事施設や要員を排除することによって戦闘地域から除外することを求めるもののようです。しかし、実際にそういう事態になったときに、この宣言が有効かどうかのは疑問があるし、予想される範囲で日本が直接侵略にさらされる事態が起きる可能性はありません。そうしたなかで、この宣言の有効性には疑問があります。
 それでも、あほで間抜けな小泉の愚かな行為によって、日本もテロ≠フ対象にあげられるようになってしまったいま、非武装・平和運動の有効な手段として活用できるものだと思います。戦争国家作りは上からだけではなく、日常のなかからも戦争肯定、国益追求の雰囲気が作られつつあり、無防備地域宣言が地域での攻防を切り開くことになればすばらしいと思います。
 ところで、この集会に国立市の上原市長がかけつけ、「有事非協力自治体をめざしている」との発言がありました。上原市長は有事関連7法案が成立すれば自治体として協力を強制されることへの危機感を持ち、これに抵抗するための道を探っているとのことでした。国策に追随することしか知らない首長ばかり見ているので、この発言は新鮮な驚きでした。
 もうすぐ、大阪市非核・無防備平和都市条例の制定を求める直接請求署名運動が始まります。これを注目しつつ、それぞれの地域で出来ることも考えたいものです。
            (晴)

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フリーター417万人超える

 2002年の完全失業率は全体平均で5.4%と過去最悪でした。特に若年層(15〜24歳)は9.9%に達しています。ここ数年、学校卒業後に就職も進学しなかった「新卒無業者」の割合も急増しています。この「新卒無業者」が、アルバイトやパートで働くフリーターとなり、このフリーターが増大し大きな社会問題になっています。
 最近、NHKも3月7日に「フリーター417万人の衝撃」という番組を放送していました。
 まずこのフリーターの定義ですが、「年齢が15〜34歳で、勤め先での呼称がアルバイトあるいはパートであり、男性は継続就業年数が1〜5年未満の者、女性は未婚で仕事を主にしている者」(2000年版労働白書の定義)としています。
 また、この定義は、無業者で、家事も通学もしていないでアルバイトやパートの仕事を希望している者も含む形に拡張されています。この定義によれば、1982年には50万人に過ぎなかったフリーターが、バブルがはじけデフレ不況が始まった92年には190万人、97年には313万人、2001年には417万人に急増し、長引く深刻な不況の下で、さらなる増加傾向が続くことが指摘されています。
 こうしたフリーターの増加が、日本社会の将来に暗い影を落としはじめています。
 NHK番組でも、「こうしたフリーターの増加は、産業界の技術力の継承や錬磨に悪影響を与え、国際競争力などわが国の産業力を衰退させ、さらに社会保障費(年金支払いなど)を負担できない若者が増えることになり、わが国の将来に大きなマイナスになりかねない」との、フリーター亡国論がささやかれていました。
 確かに生活能力のない若者が増加すれば、将来の社会保障システムが有効に機能しなくなる危険があります。
 でも、なぜこんなにもフリーターが増加したのか?その原因はどこにあるのか?そして、その解決の方向の道はどこにあるのか?をしっかり考える必要があると思います。
 この原因の分析で、私が賛成できない代表的な意見は次のような指摘です。「卒業後も資格を取ったり、自己実現や生きがい追求型のフリーターはごくわずか。最近は定職にも就かなかったり、せっかく入社してもすぐ離職してしまう。辛抱することができない。パラサイト・シングルとして親への依存心が強くなっているのも一因であり、親も甘やかすからだ」と。要するに、「今の若者がダメだ」論です。
 03年の国民生活白書「デフレと生活・・・若年フリーターの現在」では、フリーター増加の要因として、「企業が正社員をアルバイトやパートに置き換える傾向、豊かな社会に生まれ育った若者のモラトリアム志向、パラサイトに許容的な日本の親子関係、職業教育の不十分さ」を指摘しています。さらに白書で、「フリーターの7割以上が正社員希望だが、なかなか希望職種に就職できない。労働意欲は決して低くない。平均年収は125万円前後で、これでは300万円台の”スローライフ”にも届かず、親元にとどまるしか選択肢がない」ことも述べています。少しは適切な指摘だと思います。
 確かに今の若者の気質は、「辛抱強くない」とか「自己実現が弱く、他人依存が強い」とかの弱点があると思います。しかし、昔も今も若い人間は「未熟であり」、学校の勉強だけで一人前になるわけではないと思います。
 未熟な若者が世に出て、仕事に就き、その仕事の労働を通じて鍛えられ、様々な勉強をするうちに、ようやく一人前の労働者=人間に成長していったわけです。
 ところが、白書でも指摘しているように、今の企業社会では若者を正社員として採用し、労働教育を通して一人前の人間を育てていこうとする姿勢と組織体制がありません。もはや日本社会には若者を育てるシステムが機能していない、人間が育たない、この事が最大の問題点だと思います。
 「安上がり」「労働者の使い捨て」「非正社員の増加」の企業論理は、若者だけでなく、一般労働者にも徹底的に貫かれています。ようやく「正社員」になっても、長時間のサービス残業ばかり、「パート」は賃金は正社員の半分位で、労働時間だけはフルタイムで「こき使われる」という労働実態です。特に女性労働者においては過半数がパートや派遣社員などの「非正社員」身分になっており不満が蓄積しています。
 学校を卒業して仕事先を希望しても正社員の就職先がない。従って、食っていくためにフリーターとして働くしかない。ところが、フリーターの仕事先とは生産的労働分野は少なく、それは技能を必要としないコンビニやホールスタッフなどのサービス業の単純労働がほとんどです。これでは、なかなか職業的能力が高まりません。
 物を作る生産的労働分野がどんどん減少し、サービス労働ばかりの非生産的労働の分野しか働き先がない、この事も今の日本社会の退廃と衰退を物語っていると思います。
            (英)

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サッカーの街清水市で起きた悲しい出来事

 まだ寒さの厳しかった1月の昼休み、強風にあおられ中学校グランドの鉄製サッカーゴールが倒れ1人の中学生が亡くなるという痛ましい事故が起こった。当日夕方のテレビニュースで、静岡市教育委員会が「サッカーゴールは固定するようすでに通達は出している。それをしなかったのは学校側の責任」と発言。そのすぐ後、当該校長が「固定したくても狭いグランドで、野球部も使用するため固定することができなかった」と発言。その誠実な話し振りに、思わず同情の気持ちがわいたのを覚えている。
 事故の後すぐに緊急の保護者会が開かれ、校長が「事故は私の責任」と土下座して謝り、その場では校長への非難の声は一切上がらなかったと聞く。もともと人望の厚い人柄であったという。
 ところが事故から5日後の日曜日の朝、「再びご迷惑をおかけします」と綴った10数通の遺書を残し自宅居間で自殺しているのを発見された。
 市教育委員会は会見で「校長の落ち度は責めていない」と釈明したものの、もはや死者にそれを云々する機会は与えられていない。校長の葬儀が、市教委に一切知らされることなくひっそりと執り行われたという。
 新聞によると、市教委は”事故翌日”緊急に市内の小中学校のサッカーゴール転倒防止についての調査を行い、結果半数もが防止策がされていない事が判明した。事故直後のテレビで「固定するよう通達は出してある」と強弁するのは結構。しかしその通達の後「実態は改善されたか?」「どうすれば事故防止につながるか?」等を一切指導してこなかったのは厳然たる事実。この点は市教委の責任は明らかで、生徒が死ななければ調査もできなかったとはあまりにお粗末すぎる!
 「校長の自殺」という痛ましい事件は、命の尊さを教えるはずの教育の現場では測り知れない衝撃を与えたはずだ。このことについて学校関係者に問い掛けてみると、驚くことに「責任感のあるいい校長だった」と自殺が”美談”に仕立てあげられているという恐ろしい返答が返ってきた。現代版「切腹」なのか?何もかもが校長の死によって免罪となり幕引きがされようとしている。
 この春高校生になるはずだった生徒、専門の音楽をとうして生徒とのふれあいを楽しみたかったであろう校長。2人のことを思うと今でも胸がいっぱいになる。
            (澄)

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雨水資料館

 今日、2月19日は24節気の「雨水」。雪やみぞれが雨に変わり、雪解けが始まる時期だそうです。もともと雪などめったに降らないので、季節の節目としてそういうふうには実感できませんが、たしかに日差しはもう冬のものではありません。郵便配達も防寒着を脱ぐ日が近づいてきたようです。
 さて、春一番が吹いた先週の土曜日、東京に出かけたついでに墨田区の学校跡地にある「すみだ環境ふれあい館」(雨水資料館)を訪ねました。JR総武線「亀戸駅」を降り、明治通りを北へ10分ほど歩き、十間川に架かる福神橋を渡って、川沿いに西へ歩くと文花団地に到ります。その団地のなかにあった文花小学校の校舎がそのままふれあい館・雨水資料館になっています。
 この団地には学童の施設や保育所、市場もあるのに、小学校は廃校になってしまっています。団地住民の年齢構成が高くなったためか、少子化によるものかはわかりませんが、子育て中の親にとっては無念だったでしょう。私が住んでいる西宮市には総棟数が150棟の浜甲子園団地がありますが、高齢化が進んで小学校が統廃合され、高層住宅への建て替えが始まっています。団地にも成長、発展期と衰退期があるようです。
 ふれあい館が開館したのは2001年5月、まず目に付くのは庭に設置されているスリランカの雨水タンクです。その名はパンプキンタンク、高さが2・7メートルもあり、容量は5トン、蛇口をひねるときれいな水が出てきました。これはスリランカで実際に使用されているもので、6000基設置されているそうです。庭に設置されているものもスリランカから来た人たちとの共同作業で製作されたもので、タンクに書かれているのはスリランカの文字(シンハリ語)で「問題は水。解決は雨水」です。スリランカは乾燥地域で、ほとんど雨が降りません。そこで、雨水をパンプキンタンクに溜め、飲み水として利用しているのです。
 型枠の金網の内側にモルタルを塗り、固まったら金網ははずし再利用するということです。なるほど、それだと型枠ひとつでいくらでもタンクを作ることが出来ます。このタンクには建物の屋上から雨樋で水が供給されています。タンクの底には排気ガスの粉塵などが溜まるので、蛇口へは少し上の位置から水が流れるようになっていると係りの方が説明してくれました。
 最も、これは実用化されている全ての雨水タンクが同じ構造で、そうすることによってきれいな水として使用できるのです。もちろん、沈殿物は定期的に取り除かなければなりません。排気ガスの沈殿物がどんなものか、ペットボトルの底が真っ黒になったものが展示されていていました。見た目、コールタールのようなものです。ディーゼル車などからこんなのが吐き出されているのかと思うと、ゾッとします。
 展示室に入ると、わらで作られた愛嬌のある竜が迎えてくれます。これはどこかの地方の雨乞いの祭礼に使用されるものだと、説明書きにありました。それから、雨音を出す楽器が何点か展示されていて、なかに何が入っているのかわかりませんが、どれもうまい具合な雨音を再現していました。レインスティックという名のこの楽器も、雨乞いに使用するものだそうです。
 珍しいものとしては、集水ネットというものがあり、これは霧を集めるフォッグ・キャッチメント・ネットだそうです。ペルーの年間雨量は10ミリとかで、霧もムダに出来ないということです。ちなみに、沖縄は年間2000ミリ、屋久島はなんと10000ミリの雨が降ります。アフリカのボツワナという国は砂漠が多く、1年のうち4日しか雨が降らないということで、人々は「私たちは日本の雨がほしい」と言ったそうです。
 世界の年間降水量と水蒸気の量は均衡していて、水循環としては一定だという説明では、なるほど一方で洪水があると他方で渇水が起こるということが理解できます。それと、今の時期にぴったりの言葉、タンクよりタンクを≠ノ出会い、思わずうなずいてしまいました。その意味は戦車ではなく雨水タンクをです。さしずめそれは、日本政府は税金を垂れ流して自衛隊をイラクに派兵し、ペシャワール会は基金を集めてアフガニスタンで灌漑施設を建設している、といった違いです。
            (晴)

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私のスキルレベルは?

 郵政公社になってもうすぐ1年、私たち非常勤の賃金が変更されることになりました。職員の給与が1割カットされ、その分成績の良い者に加算されると聞いています。4月からの変更と告げられ資料は貰ったものの、ほんの5分か10分ぐらいの説明でしかありませんでした。
 確か、私が入った頃の時間給が870円でした。その後、1年毎に20円上がり現在1022円で頭打ちとなっています。新しい賃金は、これまでの画一的なものからスキルレベル(「職務の広さ」とその「習熟度」)や職員としての基本的事項も評価し決定する、とあります。その基本的事項は、10項目もあげられ細かく行動をチェックされ、まるで校則のようです。それの評価給がたったの10円とは、驚いてしまいます。
 管理者の説明では、これまでの時間給より下がることはないようですが、評価を2月・8月に行いその後どう変わるか、わかりません。みんなで、助け合い作業を進めてきた職場の良い雰囲気を、壊されはしないか心配です。本局から離れ、非常勤の女性ばかりの職場で、一体誰が評価するつもりなのか、疑問がいっぱいです。
 郵政職員の数が減少し、非常勤が大幅に増え賃金コストは削減されたのでしょう。しかし、労働組合がしっかり機能していれば、非常勤の労働条件の問題は率先して取り組むべきものです。非常勤が職員よりも専門的になり知識をつけている、そんな情報を聞くとひょとしたら、非常勤の連帯で何かできるかもと、期待してしまいます。
 4月1日、私にはどんな評価がされることでしょう。評価をめぐっても、納得がいかなかったら意見が出せるように、元気な気構えで居たいと思います。
      (恵)

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「テロ対策」と「釣り」

 表題で取り上げた「テロ対策」と「釣り」が、どんな関係があるのか?不思議に思われたと思います。
 ここで言う「テロ対策」とは皆さんも知っているように、アメリカの「テロ対策」のことです。アメリカは9.11同時多発テロ以降、空前の厳戒体制で臨んでいます。
 他方、私の住む清水は昔より「清水港」が有名であり、「海釣り」の中心地です。天気の良い休日となれば、多くの釣り好きファンや家族連れで賑わいます。市民にとってまさに憩いの場になっています。
 一見まったく関係ないこの両者が、突然結びつき大問題が起こっています。
 国内の他の港もそうですが、今の港は「コンテナターミナル」です。埠頭にクレーンやコンテナなどが立ち並び作業は大変危険なものです。従って、ほとんどの埠頭は関係者以外「立入禁止」になっていると思います。
 しかし実際は、沖に突き出た埠頭やその近くのテトラポット上が最高の海釣りのポイントになっています。事実、清水港は黒鯛のスポットとして広く知られています。コンテナ作業が行われているウィークデーにも、多くの釣りファンがこうしたポイントで釣りを楽しんでいます。「立入禁止」は事実上黙認されてきました。
 ところが、アメリカのテロ対策によって、昨年末に海上人命安全条約(SOLAS条約・146カ国批准)が改正されて、コンテナターミナルなど外国船が着岸する岸壁への一般侵入が禁止されることになり、立入禁止のためのフェンスや監視カメラの設置などの保安対策の強化が義務づけられました。
 このSOLAS条約の改正で、7月1日から保守対策の実施が義務づけられるのは、清水港を含む国内136の港が対象になります。
 アメリカは、こうしたテロ対策を実施していない国の港から出港した船は、アメリカ国内の港には一切接岸させない、と言っているようです。当然、アメリカとの経済貿易で商売を展開している財界及び政府は、国内各港にその実施を求めていきますし、事実もう一部着工した港も出ています。
 清水港への立ち入りが「フェンス」で規制されて、本当に「立入禁止」になれば、釣りファンは憩いの場でもある絶好の釣り場を失います。そうなると他の場所に行くか、それとも釣りをやめるか、と言うことになります。
 地元の釣具店も、「清水港という釣り場がなくなれば、当然釣り人は減少するわけで、我々業者にとっては死活問題になります」と言っています。
 アメリカのテロ対策という管理統制で、釣りという趣味も休日の憩いの場も奪われてしまう。そんな時代になってしまいました。皆さんはどう思いますか。
            (英)


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臨時保育士賃金問題 パート6

 私は、公立保育園の臨時保育士として、一年契約で働き、今年度で六年目になります。正規職員と全て同じ仕事をしながら、給料は三分の一という安い賃金でこき使われていますが、かわいい子供達からパワーをもらって健康で元気に働けるという喜びも感じています。
 ところが、昨年の十二月の始め、園長より「臨時保育士の雇用期間は、原則は三年で最長五年になる。六年以上働いている人は、来年雇用しない。一年間は、市の仕事では働けない。一年間休んだらまた五年働けるということが人事課より連絡が入った」という話がありました。一昨年からこの雇用期間については、いろいろ問題になっていたので「とうとうきたか」というのが本音でした。
 しかし、「来年は仕事がない、ないということは働けない。働けないということは給料がもらえない。もらえないということは、大学生の息子の仕送りが出来ない。中三の娘に私立高校でもいいよと言ってしまったけれど来年は現金収入がない(旦那の給料はローンと生活費で終わってしまう)どうしょうか、困ってしまう」と不安が、大きくなってきました。でも、不安を感じながらも、落ち着いて考えるとあまりにもひどい話で、六年前雇用される時は最長八年間働けるということだったのに、市の合併によってそのことはなくなってしまったのです。園長は「一年休めば、また五年働けるからいいじゃないの」となぐさめの言葉を言うのですが、「大学四年生と高校一年生になる子供を抱えている私には、この一年が本当に困ってしまう。パートでもいいから雇ってほしい」と訴えても、「だめらしい」と他人事のように言うだけなのです。
 さっそく組合に加入した仲間に連絡をすると「十二月中に団交して、当局に訴えていく」と言うので、その時は参加したいから連絡をお願いするが、今だに団交の連絡はなく、一月になって来年度の募集要綱が出されたのですか、職場で七名いる臨時保育士の中で私と同じように六年間働いているAさんと私だけが募集要綱をもらえず、来年度の仕事がないということがはっきりわかったのです。
 そして、一月の末、組合より長年働いてきた臨時保育士を機械的に雇い止めにしないことを求めた署名用紙がまわり、全職員に訴えて書いてもらい提出しましたが、その後なんの動きもありません。「組合に入れば、雇用を守ってくれる」と信じて、組合に入った仲間も「もうクビだよ」と諦めムードで、組合運動も盛り上がっていないのです。
 その後、新聞で『一月施行の改正労働基準法で有期雇用の上限が原則一年から三年(専門職などは三年から五年)に引き上げられる』ということを知り、まさにその通りになったということなのでしょうが、毎日、元気に仕事をしていて明日から仕事がなくなるというのは、不安で淋しいものです。「まさか自分が・・・」とリストラにあった人達が、よく訴えていましたが、その気持ちが痛いほどよくわかり、働きたいいう意欲がありながら、働けないというのは本当におかしな社会です。さてさて、この四月からの仕事探しをする為に、まずは、ハローワークにでも行ってみようかと思っています。臨時保育士賃金問題はこれで終わります。
             (美)

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天の水

 脱ダムという言葉はいまや定着した感がありますが、現実は言葉ほど進んでいません。多くのダム建設計画が既に破綻しているのに工事は止まらない。実際、利水という面からみると、むしろ水あまりから自治体がダム返上に動く例も増えています。こうした点から、脱ダムを阻んでいるのは利水といったまっとうな理由からではなく、ダム建設そのものを目的としている、そのことによって利益を得ている勢力によるものだということが分かります。
 それなら治水はどうか。こちらは利水ほどはっきりはしません。100年に1度の雨が降ったら、150年に1度の雨が降ったらどうする、何て言われたらそう簡単にはダムを否定できないのも事実です。しかし、開発が進んで山が荒廃し、雨水が一挙に川に流れ込むようになったので、ダムを造っても水害を防ぎきれなくなっているのです。これは、右手で破壊し左手で再建している(つまり今のイラク復興のように)にすぎません。
また、最近の都市洪水などから明らかなことは、雨水が地下にしみ込まないでマンホールから路面にあふれ出て地下室などがあっという間に水没、死者が出るということがあります。いずれにしろ、ダムという手法ではなく、もっと違ったアプローチが必要なのです。そこで、雨水博士の村瀬誠さんは次のような数字をあげ、水資源 遠くのダムより 軒の雨≠ニいう言葉を紹介しています。

東京に1年間に降る雨の量と、都民が使う水道水の量はどっちが多い?
降る量‐約25億トン
水道水消費量‐約20億トン

 この事実に着目すれば、流せば洪水、ためれば資源≠ニいう言葉も理解いただけるでしょう。ではどのようにためるのか。墨田区に勤めている村瀬さんがやったことは、両国国技館や江戸東京博物館に降る雨を地下タンク(それぞれ1000トンと2500トン)にためることでした。この水はもっぱら水洗トイレや冷房用の冷却水に使用されるのですが、両国駅周辺の水害(大雨が降ったらたびたび下水道があふれていた)対策にもなるし、水道水の大幅な節約にもなっているということです。
 こうした試みは、いまや雨水利用というかたちで家庭にも入ってきています。手元にそうした機器を扱っている企業のパンフレットがありますが、雨どいから水を取ってタンクにためる仕組みになっています。屋根に降った雨を集めるという点では国技館等との違いはありません。ただしこちらは200リットルとか400リットルという規模です。
 昔はどこにでも井戸があり、雨水はごく自然に利用されていましたが、下水道の普及によって雨水は汚水になってしまっているのです。現代の雨水利用はこれを復活させようというものです。私は子どものころ路地裏長屋に住んでいましたが、そこにはやはり井戸があり、時々大人がその水をかい出して清掃していたように思います。さすがに飲み水としては利用していませんでしたが、夏にスイカを冷やすのによく利用していました。
 そういうこともあってか、パンフレットを見ているとなんだか楽しくなります。しかし、問題はこれをやってみることができないことです。分かりきったことですが、こうした施設は戸建の持ち家で、いくらか庭もあるような条件でないと無理です。市営の集合住宅に住む身では実現できるものではありません。太陽光発電も同じくですが、そのためにマイホームを持とういう気にもなれないので、残念ながらそれを実践することはできません。
 雨水や太陽光の利用は、もちろん、それが直接ダムや原発を阻止するものではありません。重要なのは、大量生産・大量消費による地球資源のごみ化という現代思想(資本主義的常識とでもいうべきか)に対する異議申し立て、違った選択肢の提示であるということです。どちらが未来を照らしているかはすでに明らかです。大洪水と大渇水のように、あらゆる過剰と欠乏がこれまでにもまして広がる気配があるいま、私たちも循環のなかにあることを自覚したいものです。
    (晴)


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全人格的な視点の性教育こそ必要

 年に一度、小学校では性教育の授業参観が行われます。先日、6年生の授業では、男女の性器の図が黒板に張られ、それぞれの名称、違いが説明されていました。そして、赤ちゃんが生まれるのは、男女の性交によるものと、正しい知識が伝えられています。
 私たちの小学校のころを思い出してみると、修学旅行の前に男女に別れ、女子だけに生理の話がなされていました。その説明も、生理が赤ちゃん誕生に向けて、準備しているという前向きなものでなく、どちらかといえば処置の仕方が主で、厄介なものというイメージを持たざるを得ませんでした。
 男女交際が低年齢化した今、中学生の妊娠という事実も、ビデオを通じて子どもたちに伝えられました。性情報が氾濫する中、若者が影響を受けやすいのがアダルトビデオだそうで、その場面には妊娠・中絶という事態は想定されていません。
 4月になると、中学生になるからこそ予備知識として紹介されたのでしょうが、子どもたちには別の世界のことの様でした。懇談の時、1週間試行錯誤で学年の教師との話し合いが持たれ、やっと内容が決まったと、担任から苦労話がありました。学校で正しい性教育をしてもらえば助かる、そんな母親の意見が続き、親として伝えるべきことが忘れさられているのではと、ふと思ってしまいました。
 ところで、昨年9月、東京都教育委員会が養護学校の教職員116名を性教育の内容で、処分していました。このことは、知人を通じて知りましたが、この処分には民主党の土屋たかゆき都議や、石原都知事の意向が反映しているようです。
 「行きすぎた性教育」というのが処分の理由ですが、具体的には「からだうた」で性器の名称「ペニス」「ワギナ」を使ったが「障害の程度や発達段階を考慮していない」とされています。他にも人形を使った性交の指導、「子宮内体験袋」などが対象となっているようです。むしろユニークで評価されるべきものだと思いますが。これらの教材や教具は、都教委に没収されたまま、なんと乱暴な介入でしょう。
 「知的障害の子は知識不足から被害者にも加害者にもなるので、性教育は切実な問題。親には教えられないことも多い。思いやりの心を育てるなど広い意味での性教育もしっかりあった。いったい何が問題なのか」というある保護者の声に、どんな返答もできないはずです。昨年12月、親と教職員など1000人が申し立てた東京弁護士会への人権救済に、注目し見守って行きたいと思います。
           (恵)  


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今年はどんな年に?

 あなたにとって、今年はどんな年になりそうですか?
 今年のことを考えるために、昨年はどんな年であったか?どんな出来事があったのか?を振り返ってみたいと思います。
 そこで、朝日新聞のbeモニタ−が選んだ「03年10大ニュ−ス」をみて見ると。
 1.イラク戦争関連
 2.阪神のリーグ優勝
 3.SARS騒動
 4.長崎の幼児殺害事件
 5.有事関連法の成立
 6.北朝鮮拉致問題
 7.医療費の自己負担増
 8.日本は冷夏、欧州は熱波
 9.民主党と自由党の合併
 10.総選挙で与党安定多数
 と、なっています。
 そして、この10大ニュースに寄せられた意見ににじむキーワードは、「不安」という言葉です。
 多くの労働者や市民は日常生活の中で、日本社会に蔓延している「不安」をひしひしと感じているのではないかと思います。
 経済生活においては、失業や低賃金や医療費負担増や年金改悪などで家計の痛みが増しています。さらに、殺人事件の増加やオレオレ詐欺や偽造カードによる預金引き出しや少年事件の増加など、犯罪の増加と治安の悪化もあります。新型肺炎SARSやコンピュータ・ウィルスや異常気象など、目に見えぬ不安の増大もあります。
 しかしなんと言っても、その最大の不安は「戦争」問題です。イラクへの自衛隊派遣の決定が上げられます。
 昨年末の新聞に、若い女性の投稿記事と、たった一人で街頭署名活動を始めたという記事が出ていました。雪の降る街頭で、「恋人を奪わないで」と書いた手作りの看板を下げる姿の写真が印象的でした。
 「私の恋人は自衛隊員です。来春、イラクへ行きそうです」との書き出しで始まり、「新聞や雑誌でニュースを見ているのですが、私の知りたいことは何一つ分かりません。そして改めて小泉首相の無責任な発言に腹が立ちます」と、なぜ自衛隊がイラクに行く必要があるのか納得がいかない、小泉のイラク支援というゴマカシといい加減さに怒っています。そして、最後に「自衛隊のイラク派遣、本気でやめて下さい」と訴えています。
 彼女のこの気持ちに応えるためにも、自衛官から戦後初めての戦死者を出さないためにも、イラク派兵をやめさせよう!
 今私たちに求められているのは、今までのようなおざなりな反戦運動ではなく、まさに本気になって、必死にイラク派兵反対を多くの労働者や市民に訴えて、反対の声を広め高めていくことだと思います。
(英)

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イラク派兵反対!

  「なんでお父ったんは戦争に行ったんや?なんで死んだんや?」
 住井すえ著「橋のない川」(第一部1959年著)の中で、幼い孝二の問いかけに、誰ひとり答えることができない。この作品から半世紀近くたった今、同じ問いかけを、自衛隊員の家族が投げ掛けねばならなくなってしまったのではないのか?人類は何と愚かで進歩の無いものかと、嘆かずにはいられない。
 先日、橘祐典監督のドキュメンタリー映画「住井すえ/百歳の人間宣言」を観て、住井氏の示唆に富んだ鋭い指摘にはっとさせられることが多かった。
 老子の「兵器は凶器である」のことばを引いて、「どこかのやくざがピストルや日本刀を用意すれば、治安当局は凶器準備集合罪でぱくりにゆく。人殺しの道具をつくるアメリカやソ連も凶器準備大集合罪です。わたしがもし日本の総理なら、ぱくりにゆくよ。おまえら、その武器すてろと。(要旨)」(1992年日本武道館での記念講演)
 現実の今の日本の総理は、残念ながら小泉であり、さらには米英の占領戦争に加担するため、自衛隊派遣を決定してしまった。そのためには手段を選ばず、奥・井上両氏の外交官としての死をも巧みに利用している。しかし遺族の流した涙、そしてその願いは、武器を持ってイラクに兵士を送り込むことには、決してつながらないはずだ。米英に「その武器をすてろ」と迫ることではないのか?
 人類は、飛行機を発明する知恵をもちながら、なお戦争という愚かな行為を止められない。それどころか科学の進歩とともに、戦争の被害がますます拡大(飛行機からの爆弾投下)してゆく・・・ということを「橋のない川」の中で小学校の先生の口をとうして伝えいる。
 1997年95歳で亡くなるまで、差別社会や戦争に対して絶えず鋭い警鐘を鳴らし続けた住井すえさんから、学ぶことは大きい。
 先日、自衛隊のイラク派兵に反対するビラをまいた時のこと、地方の駅で受け取る人が少ない中、はっきりと意志をもって受け取った女性の眼がつよく印象に残っている。粘り強く戦争反対を訴えてゆきたい。
       (澄)

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破綻した夜間再配達

 公社になって最初の年賀繁忙がやってきました。公社になったからといって、これまでと全く違うかたちになるとも思えませんが、経費削減・人減らしはありそうです。公社の経営者たちはトヨタをまねて労働強化だけはどんどん進めるつもりで、あれこれ計画を練っています。
 彼らはそんなことのためには湯水のように経費を使い、現場を搾りあげることばかりそれこそ日夜考えているのです。2年続きのベースダウン≠フ一方で、仕事量は逆に増えています。郵便内務労働の夜間へのシフトを強行しようとしており、外務労働でも局内での道順組立作業全体を立ち仕事にしてしまおうとしています。
 こうした一連の労働強化によって、郵便事業は黒字になるかもしれませんが、職場は荒廃するでしょう。というか、すでに荒廃は進んでいます。朝起きて新聞を読んだら、近隣局で配りきれなかった郵便を非常勤労働者が捨てていた記事に目が止まってしまう。世間から見たら不祥事になるだろうし、郵便屋がそんなことをしたらおしまいですが、現場は追い詰められているのです。
 そんな最近の職場の雰囲気をひとつ紹介すると、寒くなってきたのでセーターを着た人が、そのセーターはダメだと課長に言われたそうです。なんでも、V首はかまわないけど丸首はだめだということのようです。その理由は、丸首ではネクタイが見えないというのですから、噴飯ものです。
 しかし、それを笑って済ませられないのは、業務命令に従わないと問責の対象になるからです。私はすでに問責の対象になっているので、今さらそんな下らない業命に従う必要はないのですが、こうした業命が職場のストレスを高めています。
 さて、夜間再配達ですが、時間帯が夜の5時から7時までと、7時から9時までがあります。最近の日没は午後4時台で、寒くもなっています。しかも、ワンルームばかりでなく、普通のマンションなどでも帰宅が遅くなっていて、いきおい夜7時以降の指定が多く、夜勤の勤務は大変です。なかには8時以降の配達希望などとメモ書きされているものもあり、本当に困ってしまいます。
 さらに、夜間専門の短時間労働があり、彼らは非常勤ではなく職員ですが、今のままでは持たないのではと思います。本務者はせいぜい週に1度か2度ですが、彼らは毎日夜間労働(午後5時15分から9時15分まで)で、現状では休息時間も確保できないし、終業時間までに配達しきれないこともあります。こんな状態を長く続けるのは難しいでしょう。

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卒業式に向けての提案

 修学旅行、音楽会と行事を終えていき、末娘の小学校生活も3学期を残すだけとなりました。私自身の小学校との関わりも最後という訳で、PTAの役員も引き受け、積極的に意見を述べるようにしてきました。おかげで、若いお母さんたちとも知り合いになり、私の経験してきたことを少しでもを伝えたい、そんな想いでいます。
 先日は、学年PTAで卒業旅行のビデオを鑑賞し、その後、親と先生の意見交換も行ないました。学年PTAは、運営の主導権は委員である親にあり、テーマについても決定することができます。そこで、事前の打ち合わせで私は卒業式に向けて、それぞれの要望や意見を出し合おうと、提案しました。
 当日、提案した内容は、式の形態を従来の壇上形式から、フロアー形式でというものでした。今年20歳になった二女の時の式がフロアー形式で、子どもの顔は対面しているので表情がよく見えました。壇上に代わりフロアーでの卒業証書の授与は、同じ目線で行なわれ子どもの緊張感も和らぎ、とてもいい感じでした。何よりも「日の丸」に向かって礼をするという、屈辱的な事態は避けられるという意味で、より良い方法と言えそうなのですが。
 しかし、まだ子どもの卒業式の経験の無い若いお母さんが多く、何が問題なのか、よくわからないという返答がほとんどでした。やはり、根本的な所の個人の思想を強制する「日の丸」「君が代」を問題に出すべきでした。人権教育を謳いながら、戦後補償も放置し続けている日本政府の姿勢。「日の丸」を使うことは、この身勝手な政府を容認することになってしまう、ということを。
 後日、鋭い視点で資本主義を暴く、ドキュメンタリー映画監督、高岩仁さんの話を聞く機会がありました。そこで、現在もなお、日本はODAを使った開発で、他国を経済侵略している事実を知りました。「第二の侵略」と名付けられたビデオからは、ミンダナオ島の住民50万人以上が国軍による空爆で家を焼かれ、難民生活を強いられてしまった映像が飛び込んできました。そして、その跡地には、日本大手の電機会社が建ちました。なんということでしょう。
 戦争を必要としているのは誰か。平和を訴える時この視点が抜け落ちると、単に精神主義的のものに終わってしまうことを、再度確認させられた有意義な講演でした。そして、事実を的確に判断し、伝えていくことが私たちの課題であることを。
  (恵)

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外国人記者の目と理性

 今回の総選挙は政権交代が実現するかどうか?という点で注目されました。しかし、結果はご存知のように自公連立政権の継続となりました。
 この総選挙に対して、外国のメディアも大変注目し、多くの新聞報道関係者が来日し取材をしていました。
 総選挙の投票日前の11月はじめ、イギリスの「ロンドン・タイムス」とアメリカの「ワシントンポスト」の記者が続けて、静岡県の「静岡空港」の建設現場に取材にやってきました。
 ではなぜ、わざわざ地方の空港建設現場まで取材にきたのか?
 外国人記者たちは、小泉首相が得意になって押し進めている「構造改革」の実態を知りたいと思い、「大型公共事業」の象徴である静岡県の「静岡空港」と「第2東名」の現場を取材にきたようです。
 彼らの取材を受けた、静岡空港建設の反対地権者であるAさんの話では、「現状をかなり適確に把握しており、事前にかなり学習してきたなあと思いました。また、質問も極めて適切であり問題点をはっきり聞いてきます。非常に感心しました。だいぶ日本人記者とは違うなあと思った」と語っていました。
 取材がだいだい終わり外国人記者との雑談の中で、外国人記者は取材の感想を次のように述べたそうです。
 「二つの現場取材を通じて感じたことは、構造改革なるものが全然進んでいない実態がはっきりわかった。相変わらず、旧態依然とした土建国家による無駄な公共事業の推進である。小泉の言う構造改革は口だけであり、本気に取り組んでいるとは思えない」と。
 「静岡空港建設地の決め方や進め方は、とても私たち外国人には考えられない、理解できないものである」と。
 なかなか的を射た鋭い指摘です。小泉の「構造改革」の欺瞞性、石川県知事のウソとゴマカシを適確にとらえています。
 小泉は、口を開けば「構造改革なくして経済成長なし」「聖域なしの構造改革」を連発し、いかにも改革派であるかのようなポーズを取っています。残念ながら、そのポーズに多くの国民が誤魔化されています。
 県当局の建設予定地の決め方にしても地元や地権者に対して説明も相談もなく決定し、決定後は勝手に工事をドンドン進めていって、最後は言うことを聞かない反対地権者に対しては強制的な「土地収用」も辞さないと言う石川知事のやり方に対して、まったく腹がたちます。
 小泉の構造改革に幻想を持つ国民がまだ多くいることや、汚い石川知事のやり方がまかり通ってしまう日本社会の実情等々を考えると、今回取材にきた外国人記者の目と理性がいかに鋭いかが理解できます。
 私たちも、外国人記者に負けないような鋭い「視点」と徹底的に彼らを追求する「闘志」を持ち、「空港反対」運動を展開していきたい。
          (英)

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臨時保育士賃金問題 パート5

 258号に続いて臨時保育士問題のその後を報告します。10月の始め、組合の呼びかけで勉強会が開かれ「より良い保育と安心して働き続けるために」というタイトルで大阪のKさん(自治労連全国関連労働組合議会)の講演がありました。Kさん自身、学童保育指導員で仲間達と組合を結成して、退職金、昇給制度を勝ち取ってきたという方なので、お話に説得力があって私達が知らなかったことを知ることができて、とても勉強になりました。
 まず、賃金については、「人事院勧告で公務員の賃金は2年連続マイナスになっているがこれを臨時職員にも適用しようとしている(現に私達の年間所得が来年度は49000円マイナスになる)しかし、人事院勧告を臨時職員に適用するのはおかしい、人事院勧告を適用させるなという運動も起こっている」と話され、「本当だね、公務員ではないんだから連動してマイナスになるのはおかしいよね」と、私は職場の同僚とうなづいてしまいました。
 そして、自治体は非正規化が加速していて雇用の流動化、非正規化を促進する為に、今までは継続雇用で期限は1年ということだったが、労働基準法14条を改悪して、最長3年の期限(最大3年有期雇用)になってしまい、低賃金や劣悪な労働条件で3年間働かせ、3年間で労働力を切りかえていくというのです。ここで初めて私達の市当局が今まで最長8年まで雇用となっていたのに、今年度より3年雇用となったのは、法的根拠があったという理由がはっきりわかりました。(組合役員からは労基法が改悪されたという説明は1度もなかった)その他にもいろいろなことを話してくれましたが、私が1番印象に残っているのは「自分達の組合は全員が加入して役員の請負や役員任せではなく、1人1役の役割を担ってできることをやっている」ということでした。というのは、私達の今ある正規の組合は、『毎年、組合をやめる人がいて、役員は毎年順番でまわり、役員になれば組合活動をするが役員でなければ知らん顔』という現状を間のあたりに見ている私には、あまりに違うことに驚き、うらやましく思いました。
 こうした勉強会や連絡会議で話し合っていくうちに、臨時保育士だけの組合をつくるか、今ある正規の組合に加入するかということになり、臨時保育士だけの組合をゼロからスタートさせるにはかなりのエネルギーが必要で、毎日の生活に追われている私達にはそのエネルギーがなく、今ある組合に入ろうということになったのです。しかし、全員加入という所まで盛り上がることができなく個人判断になってしまいました。
 私自身、組合に加入するかどうか迷ったのですが、職場の同僚達は「3年雇用ということになると、5年間働いている私は来年雇用されるかどうかわからないから組合には入れない」「安い給料の中から月2000円の組合費は高い」「組合に入ったら雇用されないかも」「全員が組合に入るといいね」等と、組合加入には消極的で、私も、組合は必要だと思っても、今の組合の専従の役員達が組合員1人1人に耳を傾けることもなく口だけではカッコイイことを言っても、本当に闘うという気持ちはなく、市当局と慣れあっている組合に「みんなで入ろうよ」と呼びかけることはできなくて、職場の中でただ1人組合に入っても浮いてしまうことはさけたいと考え、組合に加入する時は職場の同僚達と一緒に入ろうと思っていました。
 しばらくしてから、他の保育園の仲間から連絡が入り、その保育園では園長自らが「黙っていたらだめだめ」「交渉へ行って言いたいこと言ってきなさい」と、発破をかけたり、正規の組合員が「私達と一緒にやろうよ」と呼びかけてくれたので、臨時保育士ばかりでなくパート保育士も組合に加入して、市当局との交渉へ行く時は拍手で送りだしてくれたというのです。あまりにも職場の雰囲気が違い(私の職場では園長からひとことも組合の話はなく、正規の組合員も誰一人も呼びかけてくれる人はいないのです)積極的に組合に加入したことを聞き、環境によってこんなにも違うものかと驚かされました。また、その仲間から「組合に入らないとクビになっちゃうよ」「組合が守ってくれるから組合に入ろうよ」という言葉を聞いて、ここまで組合を信じてしまっている仲間の変貌に驚き、労働運動が盛り上がるってこういうものなのか、何かをやる時、その環境の雰囲気でこんなにも人は変わってしまうものかと考えさせられました。
年明けには市当局から来年度の臨時保育士の募集要綱が出される。また報告します。(美)ら、月約6万6千円しか支給されません。現役の社会的な位置が、そのまま老後にも適用される、これはある意味、不公平なしくみの様に思えます。

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消えゆく全逓

 郵政公社発足から8ヶ月が過ぎ、民営化論議も具体的な日程に上ろうとしています。そうしたなかでの年賀繁忙への突入が、例年とどれほど違ったものになるのかという不安を抱えつつ、現場は暗い冬を迎えようとしています。そうした気分をいっそう滅入らせているのが、われらが全逓の自滅へと向かう臨時大会の開催です。そこで論議されるのは公社時代における郵政労働運動≠ナあり、全逓の名称変更です。
 古い上着を脱ぎ捨てるように全逓信労働組合の名称を捨て去り、郵政公社にふさわしい名称(日本郵政公社労働組合)へと生まれ変わらなければならないようです。とりわけ逓≠ニいう字にまとわりついた過去の栄光、すなわち権利の全逓≠窿Xト権スト、反マル生越年闘争といった闘いの記憶をすっかり過去のものとしてしまいたい、というのが全逓本部の望みのようです。
 もっとも今の職場にはそうした経験を持つ労働者は少なく、団塊の世代の後尾についている私くらいが最後の世代でしょう。業務規制闘争や時間外労働拒否等の闘いも職場から消え、当局と闘うという姿勢から事業を守るという方向へと意識操作が行なわれてきました。その果ての日本郵政公社労働組合の誕生は必然であり、悲しむべきこともないとも言えます。この事実から目をそらすことなく、この流れに抗い続けることが問われるのだと思います。
 さてそれでは公社時代にふさわしい労働運動(それが労働運動と呼べるかは疑問ですが)とはなにか、臨時大会議案からひろい出してみましょう。それにしてもこの名称、これはまだ案であって最終決定されたものではありませんが、数年先に民営化というような事態になったらまた名称変更が必要になるし、運動理念だって齟齬をきたすでしょう。むしろ、経営形態のあと追いをするのではなく、労働者の権利を守るという姿勢をいかに貫くかを問うべきだったのです。
 議案では「私たちの未来づくり宣言」が提案され、基本理念はピープル・ファースト〜あなたが生きていくために〜≠ニされています。その意味は「一人の人間が人間として生きていくこと。すなわち、人間の尊厳が大切にされ、組合員一人ひとりが喜びと充足感を持って自らの人生を歩むことができるようにすること。これが、私たちのあらゆる運動と政策の原点です」ということらしい。しかし、これほど現実から遠い言葉はありません。
 宣言≠ヘこうした空疎な言葉の羅列に終始しているので、さらに踏み込んでみる価値もありません。内容的にはパート労働プロジェクトの中間報告「非常勤職員の組織化に向けて」のほうが大きな問題をはらんでいます。組織化の基本的考え方は次のようなものです。「非常勤職員の組織化は連合も含めた労働運動全体の大きなテーマであり、全逓にとっても労働組合としての組織力の保持・強化とともに郵政事業の安定的な業務運行確保の観点からも早急に取り組むべき課題となっています」
 なんとあけすけなもの言いでしょう。非常勤労働者の組織化は、何よりも劣悪な労働条件という現実から闘いの組織化(もちろん郵政公社との)が必要になっているのです。それをこのプロジェクトは組合の強化と事業の安定の観点から&K要だと言うのです。彼らも「国家公務員における非常勤職員制度(日々雇用)の抜本改正」ということにも触れていますが、もっぱら法改正や制度要求の問題として棚上げにしています。
 (ちなみに、私の職場の人員構成は、郵便内務で本務者23人、短時間職員4人、非常勤労働者57人。集配で本務者87人、短時間職員19人、非常勤労働者84人です。今や、郵便は日々雇用という法の谷間の無権利状態に置かれた労働者によって支えられているのです)
 その一方で、「非常勤労働者の組織化は、公社経営にとっても、(a)職場の一体感の醸成、(b)個別労使紛争の防止、(c)組合を通した経営意志の伝達、(d)労働力の定着などにつながり、労使関係の安定化と生産性向上に大いにプラス効果をもたらすものです」とまで言ってます。これは公社に成り代わって非常勤労働者を管理しましょうという提案であり、そのあとに「よって、今後の組織化にあたっては経営側と十分な意思疎通をはかりながら、理解を求めていくこととします」と述べ、公社の便宜供与を求めています。
 ここで特に注目すべきは個別労使紛争の防止≠ナす。これは公社によるあくどい雇い止め、解雇に対して全国で非常勤労働者の裁判闘争が闘われているものを、潰してしまおうというものです。他の組合や外部の組合による非常勤労働者の闘いの支援、組織化に対して、これを阻止して囲い込むことによって争議を発生させないつもりなのです。落ちていく連中はどこまでもその身に似せて世界を描くものです。その彼らが全逓の名を捨てるのを、われらの全逓のために祝福しよう。
             (晴)

仰げば光 空にみち
 はためきなびく全逓旗
みよ その光その旗に
 誓いし勇気湧くのぞみ
今こそ汲まんわれらいざ
全逓・全逓・われらが全逓(全逓歌)

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だから安心です? 国民年金

 一人暮らしをしている大学生の娘が、先月20歳を迎えました。成人としての義務を教えるかのように、誕生日の2週間ほど前に、年金の加入手続きを知らせる郵便が届きました。私は、ぜんぜん予測してなかったので、保険料に思わず目をやりました。仕送りを受けながらの学生にとって、1ヶ月13300円の納付は無理なことです。
 幸い説明には、在学期間中は支払いを先延ばしにできる学生納付特例制度がある、とありました。それには、学生本人が前年の年間所得が68万円以下であることが条件でした。アルバイトをしている娘に問い合わせ、どうするか検討中です。
 以前、在学中に保険料を納付せずに、運悪く事故にあい、障害基礎年金が支給されないと、訴えている新聞記事を見ました。しかし、特例制度を利用すれば、その心配も要らないようです。就職難の折、たとえ就職をしてもフリーターであれば、保険料の負担は重く支払いは困難なことでしょう。
 今回の選挙でも、年金問題は大きな比重を占めていたと思います。近い将来、給付を減らし保険料の負担を増やす方向は避けられないようです。けれど、年金積立金がレジャー施設建設なんかに資金運用され、しかも事業の失敗で赤字が膨れ上がり、回収できていない事実は、国民にあまり知らされていません。厳しい家計をやりくりしながら、支払う保険料がこんなことに使われてるなんて、年金離れに拍車をかけるようなものです。
 現在、月26万円弱のモデル年金ですが、これには当然、事業主との折半で保険料を支払う厚生年金が加算されています。もし、老齢基礎年金だけなら、月約6万6千円しか支給されません。現役の社会的な位置が、そのまま老後にも適用される、これはある意味、不公平なしくみの様に思えます。
 読者のMさんから「年金もらっている身だから肩身が狭い、このまま生きてていいのかなあ?」と、冗談とも思えない言葉を耳にしました。この言葉は、現役である私たちへ投げかけられた課題です。当然、権利として充分な金額で受け取れる社会を目標にしたいものです。
       (恵)

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合併狂想曲

 これじゃまるで小学生以下の話し合い…。
 先日、静岡市議10名による「市議会選挙区等検討委員会(第4回)」を傍聴しての感想だ。
 今年4月、難問山積みのまま静岡市と清水市が合併し新「静岡市」となった。再来年3月に初めての市議選を迎えるものの、翌月4月に政令指定都市に移行するため、「行政区単位が3つと決まっているのだから選挙区も3つで」という自民・公明などの主張が支配的だ。
 しかし合併後は、全市一選挙区が原則のはずで、まして一ヵ月前とはいえまだ政令市にはなっていない。この日の委員会で3区でと決定してしまおうという主流派に対し、反対する委員の奮闘、そして私たち市民からの「全市一選挙区で」との要望書の提出もあり、検討委員会は紛糾した。
 合併にまつわるゴタゴタは枚挙にいとまがないが、そのひとつが合併による在任特例で市議の任期が2年延長されている事だ。現市議は、両市あわせた74人で、それが「71万新市の法定数は56人」ということで、次期選挙では18名もが落選となる。金も力もある保守の組織は、3区でも強いだろうが、車椅子の現市議や市民派市議などは、当選はより難しくなるだろう。
 「福祉あるいはごみや水の問題など、全市に関わる問題できちんと対応するには、狭い地元の利益を優先する様な小選挙区選挙ではだめだ。」と、この日の委員会で奮闘した紅一点の市民派議員はきっぱりという。
 とにかくこうした真の「検討」のための議論はほとんど無く、空疎な「3区で」の繰り返しと、反対者へのおどし、大声などが目立った。この日の委員会は、次回に結論を出すということで終了した。
 ところで、人口に対する議員の数についてだが、各区それぞれ「26万人に対し21人」「20万人に対し16人」「23万に19人」ということになる。ところが隣接する岡部町では、人口1万3千人に対し15名の町議だという。この落差を一体誰がどう説明できるのだろうか?
 合併合併≠ニのお上からの声に押されて合併したものの、市民にとって利益になったことは何ひとつ無いと言って過言ではない。両市の業務の「すりあわせ作業」なるものがいまだに終わらず、長時間過密労働を強いられている市職員の精神的な病や入院者の数は、とてつもなく多いという。
 この日の様な「検討委員会」では、議会制民主主義も泣く。私たち市民は、できるだけ議会を傍聴し、参加し、監視する必要があると痛感した。
           (澄)

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「食と農」を考える  その1

今、なぜ農業問題なのか

 たまには、農業問題を取り上げたいと思います。
 今、なぜ農業問題なのか?と言えば、一つには、私たちが「アソシエーション社会」をまとめ上げ発表してから、色々な人たちから意見や批判をいただきました。
 その批判の中に、「このアソシエーション論には、まったく農業問題が欠落している。ワーカーズの皆さんは、日本の農業問題をどう考え、どう変革すべきだと思っているのですか」と言う、厳しい指摘がありました。
 今まで、私たち左翼一般は、「労働者階級によるブルジョアジー・資本家階級打倒こそが唯一の革命路線である。農民は小ブルで革命運動では当てにならない、下手をすると反動的な存在になる」との、見解に立脚してきた面が強くあると思います。
 こうした見解の中で、私たちはこの間、工業生産力の発展や労働者階級の分析等には目を向けても、意外と農業問題には関心を持ってこなかったと言えます。日本の農業の在り方等に積極的にアプローチして、それらの分析や評価をしてこなかったという弱点があったのではないかと考えます。
 従って、私たちの「アソシエーション論」には、日本の農業をどう変革していくべきか?とか、未来の農業はどうあるべきか?という視点が欠落しているのではないか、そうした問題意識が私にはずっとありました。
 もう一つは、最近の日本の食文化の問題点です。皆さんも、毎日食べている「食べ物」に不安を感じていませんか?
 そのように言うと、「確かに農薬とか食品添加物とか、色々心配になるが、そんなことをいちいち気にして神経質になっていたら、食べる物がなくなってしまうよ」と、言う人がいるかもしれません。
 実は、この主張は事実だけを取り上げれば「正しい」と言えます。私たちが毎日口にしている食べ物をしっかり検査すれば、まさに「食べる物がなくなってしまう」ことになると思います。私たちが毎日口にしている「食べ物」は、もうすでにもの凄い化学合成物質で汚染されています。
 この日本の食文化の問題点については、新聞やテレビ等のマスコミでも色々と大きく取り上げられています。
 「穀物自給率27%」・・・私たちの食生活の3分の2は輸入食品で維持されています。日本の食料自給率は世界の国々の中で137位で、アフリカなどの発展途上国並みのレベルです。
 「飽食日本」・・・国民1人当たり2600キロカロリーを摂取していますが、その内600キロカロリー分の食料は捨てられています。
 「食品添加物」・・・スーパーやコンビニの食料品の多くは加工品で、製造から保存の過程で数多くの添加物が使用されています。
 「輸入食料品」・・・海の向こうから長い時間をかけて輸送されるので、防腐剤や防カビ剤や殺虫剤が大量に使用されています。
 これら以外にも、「遺伝子組み換え作物」「環境ホルモンの拡散」等の問題。また、子どもたちの「アトピー皮膚炎」「アレルギー」「生活習慣病」問題等々、枚挙にいとまがありません。
 以上のような視点から、私はこのような「不健康な食生活」を黙認していていいのか?このような「食生活」を続けていくと人間の体、特に子どもたちの体はどうなるのか?とても不安を感じています。
 さらに、その「食べ物」を作っている日本の農業の実態はどうなっているのか?問題があれば、それをどう変革していくべきなのか?等々を、これから考えていきたいと思います。
   (英)

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意見交換で活性化

 「現代を問う会」は、毎月、新たなテーマを設定し例会を持っています。参加者の楽しみは、レポーター報告後のフリートーキングです。報告に沿った質問・意見が飛び交い、交通整理が大変です。時には、意見が飛躍し、テーマからそれてしまうこともありますが、それはそれで盛り上がり連帯感が生まれるのです。
 現役労働者は会員の半数を割るかもしれませんが、引退後の人生の先輩から学ばせてもらうことも度々です。前回も、ブッシュを支えるネオコンの台頭がどれほど危険か、その思想性が議論されました。そもそも、アメリカの先住民抑圧から始まった歴史がネオコンの素地を作っていること。そこからは、他民族を抑圧するのではなく、解放するためにアメリカ軍が侵攻するという、こじつけの「正当性」が生まれて来ること、など明らかになったと思います。
 民主主義が発達した社会で、なぜネオコンの思想が台頭してくるのか、誰もが不思議に思うことです。戦争は、関係のない市民を巻き込み多くの犠牲者を作り出す。そんな事、百も承知で、国家の利益のためなら強行に軍隊を送り込む。マスコミ、世論調査で国民を騙すのも得意なことでしょう。
 多数決が原則の民主主義だから、議会で決まったら仕方がない、そんな諦めに似た意見もでました。しかし、多数決のルールには少数意見の尊重というものがあり、そのことを無視してはいけない、という指摘が別の参加者からありました。たとえ、多数決で決めるとしても、少数意見の人を排除するのではなく、議論の過程で説得する努力が必要であり、その過程こそが大切なのだ、と。
 もし、みんなバラバラの意見であっても、議論を煮詰める中で部分的な一致点を見出せるかもしれません。また、試行錯誤の末、新たな意見が生まれるかもしれません。一人ひとりの意見を大切にすることは、平和な世界に近づく第一歩となるのかも、と思ってしまいました。ちょっと飛躍しすぎかも。これからも、例会、がんばります。
 (恵)

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健康であり続けること

 その日は9月下旬の秋晴れの、本当に運動会日和の日曜日でした。久しぶりに走りに出かけて、季節はずれの日焼けをしてしまいました。今回は5時間走ということで、無理をしないでもよかったので気持ちよく走れました。ちなみに走った距離は46キロ、若いときは52キロまで走れたのに、今はこんなもんです。
 走っている仲間たちはみんな、年を重ねても走りつづけることをめざしています。50代の私にとって、60代、70代でも元気で走っている先輩はまぶしい存在です。ところが今回、最高齢の方は81歳でした。走るのは4キロの周回コースだったので、追い抜いたりするときに何度かお目にかかりました。この日は、同じコース上を走っていた誰もが、その年まで現役で走れたらどんなにすばらしいことだろうと思っていたでしょう。
 ところが、労働者が健康であり続けることは大変困難なことです。夏に定期検診がありましたが、私の場合は今回めでたく何も問題なし、健康者≠ニいう総合判定となりました。以前、血糖値が引っかかって落ち込んだものです。唯一ついているやせすぎ≠ニいう指摘はいつものことだし、こんなものは標準体重から割り出したものなので気にすることはない。とにかく、やれやれでした。
 同僚のなかには血糖値に限らず、コレステロールや高血圧等の問題を抱えているものが少なくないようです。医者に言われても酒やタバコがやめられない、糖尿病で入院を繰り返していたのに酒がやめられない先輩もいました。しかし、労働者が食うために働き、働き続けることで健康を害し、人生を楽しむことができないとしたら、それは実に理不尽なことです。
 総選挙に向けて、小泉のいうところの郵政民営化が何か当然であるかにみられています。こうした内実を問わない改革≠ヘ利権を延命させ、弱者へのしわ寄せを結果するでしょう。それは、小泉の狙いでもあるかもしれません。民間参入が進み、宅配メール便が増えてきました。なかには、郵便で出すと200円(100グラム越えの定型外郵便)のものが80円で済むというものまであります。郵政公社も料金値下げなどで対抗するようですが、どう考えても勝ち目はありません。
 なぜなら、私も含めて郵便局の労働者は公務員であり、ずいぶんと後退したとはいえ一定の権利保障がなされています。民間の宅配では、軽急便は例外的なひどさだとしても、食っていけない収入しか得られないことも多いのではないでしょうか。郵便局内部でも、非常勤や短時間労働者は厳しいのが実情です。
 こうしたなかで郵政公社と御用組合全逓は、労働協約の改悪によって生き残ろうとしています。実際、郵便内務の仕事はどんどん夜間にシフトし、ついに本格的な深夜労働体制へと突入しようとしています。健康であり続けることはいよいよ困難です。
 働くために生きるのではなく食うために働き、自らの人生を生きること