昨年の労働災害による死者が1864人に上ったことが、労働省の集計(速報値)で明らかになった。この数字は最終的にはもう少し増えるようだが、統計を取り出した1948年以来過去最低だった前年から、再び増加へと転じるものだ。またこの数字は、5時間にひとり、毎日5人を超える労働者が資本の犠牲となって無念の死を遂げていることを明らかにしている。
しかもこの数字は公式に認められた、つまり資本も認めざるを得なかった数字であり、氷山の一角に過ぎない。この数字が今後減るのか減らないのか、労働者にとっては切実な問題であるが、残念ながら資本の動向に大きく左右されざるを得ないだろう。
これから1年間、新聞紙面で報じられる労災の動向をとらえ、私なりの分析を加えてみたい。そうすることで、労災死を減らす方向にわずかでも貢献できればと思う。
(折口晴夫)
まず注目すべき動きとして、労働省が「働きすぎやストレスによる過労死を未然に防ぐため、健康診断の再検診や医師による指導について労災保険を適用する方針を」25日に決めた。これは労災保険法の改正を経て来年4月から実施しようというもので、肥満、血圧、血糖、血中脂質の4項目全てに異常がある場合適用されると言うものだ。ちなみに、対象者は30万人と試算されている。
さらに21日の夕刊には、自殺の労災申請が急増していると報じている。これは昨年9月労働省が「過労自殺など精神傷害の労災認定要件を緩和、具体的な認定基準を示した指針をつくった」ことによるものだ。1998年度の精神障害の労災認定申請件数は42件(うち自殺は29件)、99年度は4月から12月までで96件(同60件)となっている。そのうち認定されたのは98年度が4件、99年度はすでに6件(同5件)だが、認定に開かれた門は今もあまりに狭い。
裁判で争われているものとしては、大阪地裁が26日、運送会社の運転手が勤務中に死亡したものを労災と認定しなかった境労基署の決定を取り消した。28日には京都地裁において、小学校教員の過労死を公務外と認定した地方公務員災害補償基金の決定を取り消す判決があった。しかしどちらもまだ確定したわけではなく、控訴されたらまた裁判は続くことになるのだが。
これらはどちらも当初認定機関で認められなかったものを、裁判所が労災死と判断したものであり、労基署等が労災死を減らすためではなく、その認定を阻むために存在していることを端なくも暴露している。遺族は家族を失った悲しみのうえに、お役所の冷たい仕打ちまで受けるのだ。さらに裁判に立ち上がっても、こんなふうに勝てずに闇へと葬られる労災死も数多いことだろう。
認定を巡っては、兵庫県において震災後の避難所となった学校の、新任教員の過労死が労災選定を昨年暮れに認められている。同じような事例でもう一人労災認定を受けており、それ以外にも2人の急死が確認されている。これらは、「震災後、生徒や避難者を前に、教師は『しんどい』とは言えなかった。誰が倒れてもおかしくなかった」という当時の校長の言葉によって、その原因が明らかにされている。
労災による死亡事故としては、27日に茨城県で発生した、アクリル酸を扱う工場での2人の死傷事故が報じられている。このように労働者は、強制された危険で過密な労働によって、あるいはその使命感から、自らの健康を防衛することができずに傷つき、死んでいる。せめて労働者の仲間内で、そんなことにはならないように互いに気をつけあいたいものだ。
2月11日の地元紙に小さなべた記事が載った。西宮労働基準監督署が、労働安全衛生法違反の疑いで、福田建設(神戸市中央区熊内町8)と同社社長を神戸地検に書類送検した。その事故は昨年2月、宝塚のマンション建設現場で起こった。「男性従業員(当時53才)にパワーショベルを使用させ、本来の用途でないのに約3トンの鉄板をつり上げさせた疑い。パワーショベルがバランスを崩して転倒したため、作業員が圧死した」(神戸新聞)
建設機械の用途外使用、建設現場においてそれがどの程度一般化しているのか、門外漢の私には分からないが、誰にもある程度の想像はくだろう。クレーンもあったけど面倒くさかったのか、クレーンがなくてしかたなくショベルでつり上げようとしたのか、これまではずっとそんなふうにやっていて問題なかったのか…。
いずれにしろ、そうした作業によって今回は労働者の命が失われた。労働安全衛生法というものが、労働者にとってどの程度の効用があるのか、建設機械の用途外使用によって作業員を死亡させた会社と社長の過失がどのように裁かれるのか、見極めてみよう。
18日には、少し大きめの見出しで「電通過労自殺訴訟が結審ー来月24日に判決ー最高裁」という記事(神戸新聞)が目に付いた。1990年4月に広告代理店「電通」に入社した大島一郎さんは、長時間の残業が続いた結果うつ病となり、翌年8月に自殺した(当時24才)。両親が同社に損害賠償を求めた訴訟が最高裁までもつれ、ようやく結審となったもの。
電通側は例によって「過労とうつ病、自殺の関係ははっきりせず、会社に責任はない」、とその責任を回避している。しかし両親は 「靴に入れたビールを飲まされるなど職場にいじめがまかり通る中で、過重な労働を強いられ自殺に追い込まれた」と訴え、花形産業
の前近代的実態を暴露した。
双方が上告するなかでの最高裁での口頭弁論が開かれたわけだが、その判断は今後の労働行政にも影響しよう。過労自殺は今や社会的にも大きな問題となっており、最高裁の判決となればマスコミも大きく報道すると思われる。24日の判決に注目しよう。
月が変わった3月2日の「神戸新聞」には、職場不適応から精神傷害になり、自殺にまで至る労災が増えているという大きな記事が掲載された。これは前記の過労自殺とは少し違った問題を孕んでいるようだが、職場が労働者を死にまで至らせるという本質においては同じ問題である。
1996年度までは、精神傷害等の労災請求は年間10数件だったが、その後急増し、99年度は昨年末現在ですでに、96件(うち自殺、未遂60件)に達している。ちなみに、兵庫県内での請求はこのうち15件(同10件)で、全国1、2を争っている。ここにも震災の影が差しているのか。労働省は昨年9月労災認定の判断基準を示したが、その事実上の適用第1例が、1998年秋にスカウト活動中に自殺したオリックスの三輪田勝利さん(当時53才)の例で、精神障害による自殺と認定された。
ところでこの「職場不適応症」とは何か。
過労という面より、適性や人間関係が問題にされているようだが、今後も増えていくであろうことが容易に想像できる。企業にとって必要なのは心身ともに健康で、どんな職場、どんな仕事にでも適応できる労働者であり、その要求が労働者を追いつめ、心身の破壊へと追いやるのだ。
だから個々の事例においては上司の理解や、職場における適切な対応が効果を上げることもあるだろうが、それによっては構造的問題は解決しないだろう。本来労働者が頼りとすべき労働組合が低迷しているなかで、この犠牲者の増大を食い止める術はないのか。
(晴)
3月24日、注目していた「電通過労自殺訴訟」判決が最高裁第2小法廷によって言い渡された。その内容は原告(過労死した労働者のお父さん)の完全勝利だが、なぜか東京高裁への差し戻しとなっている。従ってこの勝利を確定するためには、さらにいくらかの時間がかかることになる。
それにしても、認定された事実はあまりに無惨だ。例えば「同年7月以降、一郎は班から独立して業務を遂行、帰宅しない日が多くなり、帰宅しても翌日の午前6時半ないし7時ごろで、午前8時ごろまでに再び自宅を出る状況になった」等々。これはもう単に致死労働と言うにとどまらず、故意の殺人と言ってもいいくらいだ。
ところで、今回は最高裁の判断ということもあってマスコミでも大きく取り上げられ、今後の労災死や過労自殺の認定に大きな影響を与えることが予想できる。それは遺族と呼ばれる人たちの「泣き寝入りはできない」という思いと、殺人企業を許さない闘いによって勝ち取られたものだ。しかし根本的には、致死労働の根絶こそが目指されなければならない。そういう意味においても、電通を人殺し企業として社会的に指弾することの重要性は明らかだ。
同じ日神戸地裁において、中学教諭の突然死は過重な職務が原因だという判決が出された。これは、死亡した教諭の父母が訴えていたもので、地方公務員災害補償基金兵庫県支部による公務外という認定の取り消しを求めていた。ここでも、労災や公務災害を認定し、致死労働を無くすための機関が、その実態に蓋をする役割を果たしていることが明らかになっている。
3月10日の「神戸新聞」夕刊には、この日朝高砂市において石を船からダンプに移す作業をしていた労働者が、3トンの石の下敷きになって死亡したとの報道があった。クレーンのつめ部分から石が落ちたというが、死亡した43歳の労働者には妻や子がいたのだろうか、まだ親は健在なのだろうか。いずれにしろ、悲しみ痛手を受ける人々のことを思うと、気分が重くなる。
私と同じ郵便労働者が配達途中交通事故死したのも、3月10日だった。姫路市内での事故だったが、危険予知だとかいって一斉唱和させてお茶を濁している職場実態からすれば、起こるべくして起こった事故と言えよう。兵庫労働基準局が「兵庫交通労働災害防止関係機関連絡会議」を設置したと言うが、この事故はその矢先に起こっている。
兵庫県内の交通労災による死者は、1998年の18人から99年の28人へと大幅に増加した。そこで先の機関を設置し、研修会の開催や事故が多発する個所を印した「危険マップ」などの情報提供をするという。交通労災死の例としてあげられているのは、朝刊配達中の新聞配達員がトラックにはねられ死亡とか、有料道路で補修工事中の作業員2人がトラックにはねられ死亡というものだ。労働者を死へと追いやる危険は、どこにでも転がっているということか。
さて今回最後の情報は、働き盛りの突然死は「4月」「土・日」「勤務外」に多いという記事。これは労災という枠を超えたものだが、4月に多いのは人事異動や進学就職の時期で、そういう環境の変化が影響しているという点では、仕事との関係を認めることができる。しかしこれれらは、50〜55歳という年齢や高血圧が危ないという指摘からも明らかなように、生活習慣に原因があるようだ。
と言うようなわけで、労働者は職場にあっては働きすぎに注意をし、自分がやらなければ周囲に迷惑をかけるなんてつまらない責任感は捨てよう。そして、日常生活にあってはまず煙草を捨てること。さらにアルコールに飲まれたり肉食に溺れることなく、適度な運動習慣をつけて健全に生きよう。
(晴)
4月27日朝、篠原理人さんが臨界被曝から7カ月の闘病の果てに亡くなった。東海村臨界事故での2人目の犠牲者となったが、当初から致死量を超える被曝とされ、急性毒性の恐ろしさを身をもって証明したかたちだ。臨界を終わらせるために被曝作業を行なった労働者や、地域の人々がこれから5年10年のうちに晩発性障害に苦しまないと、誰が保障できるだろうか。
1986年4月に発生したチェルノブイリ原発4号炉爆発事故から14年、この晩発性障害の恐ろしさが改めて明らかになっている。事故当時消化作業に関わったり、その後の事故炉の処理作業に携わった作業員は86万人にのぼるが、そのうち55000人がこれまでに死亡したことが明らかにされている。その多くは、作業時に浴びた放射線障害などが直接、間接の原因とみられている。
篠原さんの死に対して、中曽根弘文科学技術庁長官は「二度と今回のような事故が起こらないようこれまで以上に努力を傾けたい」と述べているが、口ではなんとでも言える。この二世議員が実際にやろうとしていることは原発推進であり、「もんじゅ」の運転再開だ。
御存知のように「もんじゅ」はナトリウム火災によって既にスクラップ化しており、こんなものを動かせばどうなるかは明らか。それでもなお動かそうというというのだから、確信犯的悪質さと言える。丁度その発言がどのような効果を持つか、計算して行なった石原都知事のように。片や親のおかげで、片や弟のおかげで、今の地位を手に入れた困った奴なんて言い過ぎだろうか。
中曽根なんて名前が出てきて、ずいぶん横道にそれてしまった。13日午後、尼崎市で雨漏り防止工事中にマンションの屋上から作業員が転落して重症。26日朝、神戸港内に停泊中の遊覧船から、清掃をしていた船長が転落死。27日午後、神戸市内で排水処理タンク内の汚泥除去作業をしていた6人の作業員のうち、2人が酸欠で病院に運ばた。
どれもありふれた事故といえるが、そんなありふれた日常の中で事故死も起こっているということだろう。尼崎の転落事故は7回建てのマンションの屋上からだったが、途中で4階のベランダの手すりに当たったことが幸いし、手足の骨折だけですんだようだ。すごいと言うほかない。
厚生省が始めて過労自殺を公務災害と認定したことが、18日の新聞で報じられた。裁判で争うことなく認定されたことは一歩前進とも言えるが、彼が自家用車の中で自殺しているのが発見されたのは1997年の3月の出来事。実にこの認定までに3年余の日時を要している。さらに彼は精神保健福祉課の係長だったというのだから、厚生省の仕事はどんなものかと、首をかしげざるをえない。
過労自殺を巡る報道がもうひとつ。それは22日、自殺で親を亡くした子どもたちへの理解と支援を訴え、「あしなが育英会」の募金活動が全国で一斉に行なわれたという報道だ。長引く不況を反映し、1998年の自死遺児は役12000人で前年比3割増、交通遺児の4倍に達したという。
それから3月に続いて、この月も私と同じ郵便労働者が配達途中交通事故死した。同じ近畿郵政管内の大阪での出来事で、出会い頭、一旦停止を怠ったためだと聞いてる。急がなければならない理由があっただろうし、緊張を維持し続けることのしんどさもあったのだろうと想像できる。気が滅入ってしまうが、急がず、あわてず、事故にあわないようにするしかない。
(晴)
新年早々の1月7日夕、姫路の鋳物製造工場で悲惨な労災死亡事故が発生した。8日の地元紙1面は「溶けた鉄浴び3人死亡・1人重体・爆発でカバー外れる?」と見出しをつけ、社会面で詳報した。それによると、「ドンという爆発音とともに、千五百度近いどろどろに溶けた鉄が、作業員を一瞬のうちに襲った」「亡くなった3人は遺体の損傷がひどく、すぐには身元が分からないほどだったという」のだ。
重体の作業員も9日、収容先の病院で死亡した。これで犠牲者は4人となったが、死亡したのはいずれも私と同じ50代の労働者だった。こんなときいつも思うのは、残された家族ことだ。新聞には「悲報に泣き叫ぶ家族ら」とあったが、朝は元気に仕事に出かけた夫が、父が、息子が夜には変わり果てた姿に成り果てると、誰が思うものか。
鉄の融点は摂氏1535度というから、溶けた鉄はそれだけ危険であり、鉄鋼労働者は過酷な条件に置かれてきた。もっとも今はずいぶんましになったようだが、高炉の火を落とせないところから典型的な交代勤務を強いられてもきた。それにしても、溶けた鉄を浴びるような死亡労災が起こるとは、何ということだ。
11日、東大阪市の塗装会社で火災となり、3人の従業員が死亡した。この工場はスチール棚などの事務用品の塗装をしており、出火原因としてはシンナーとか乾燥させる工程が考えられるようだ。しかし、昼間の工場での火災でなぜ死者が出るのか、有毒ガスでも出たのか、工場の構造に問題でもあったのか、いずれにしても不可解な事故だ。
24日には千葉市の千葉港沖に停泊中のタンカーで、「船内の清掃作業中に、ポンプ室の乗組員三人がガスで倒れた」。海上保安部が救出にあたったが、2人は死亡、1人が意識不明の重体となった。タンク内での清掃で化学薬品を使用したら危険だということぐらい分かりそうだが、この3人も奇しくも50代だった。労災事故は当人たちの過失にもよるが、おろかな企業は事故を防ぐ費用を惜しんで、事故後の大きな負担にあえぐことになるのだ。一方でそれは、労働者の命が軽く扱われていることも示しているのだが。
(晴)
4月2日正午前、「三菱重工神戸造船所第五岸壁に係留中の砂利運搬船のタンク内で、作業員二人が倒れているのを同僚が発見した。近くの病院に運ばれたが間もなく死亡した」(4月3日付「神戸新聞」)。どちらも40代で、酸欠によるものだという。
タンクは鉄製で、長さ17・5メートル、幅3メートル、深さ5・5メートル。浮力を調整するため船底に18個設置されているものだが、相当大きな容積を持ったタンクだ。これほどの大きさで酸欠になるということは、余程密閉状態が高いのだろう。捜査員がタンクの入り口を調べている写真が掲載されているが、見たところマンホールくらいの大きさしかない。
しかしこの種の事故はかなり頻繁に起こっているはずなのに、なぜこのように新たな犠牲者が出るのか。新聞の伝えるところによると、以下のようだ。「同造船所の作業マニュアルでは、タンク内の酸素濃度などを調べて安全を確かめてから、作業員が入ることになっていたが、山内さんら二人が倒れていたタンクには、『酸欠まだ』と調査が済んでいないことを記すチョーク書きがあった」
なのに、どうして2人はタンク内に入ったのか。兵庫署が関係者から事情を聴いているようだが、2人とも死亡してしまっているので、真相を明らかにするのは困難だろう。一応マニュアルはあるが、守られていない。それは何故か。そんなまどろっこしいことをしていては、仕事が終わらないということはあるだろう。そもそもマニュアルがあることが知らされていないということもありうるが、今回の場合はそういうことではなさそうだ。いったいどうして彼らは、人生の半ばに死ななければならなかったのか・・・
これは喜ぶべきことだが、4月の労災の切り抜きはこの1件しかなかった。そこで、兵庫労働基準局のホームページから拾い出した数字を、いくつか紹介しよう。これは兵庫県だけの数字だが、今年になってすでに労災による死亡者は13名(3月27日現在)。これでも前年の22人と比べると、ずいぶん減ったということになるのだろう。ちなみに、昨年の労災死亡者数は89人で、業種別では建設業が37人、陸上貨物運送業が19人、製造業が12人。この3業種で8割方の犠牲者を出している。
全国の数値はどうかというと、1999年の確定値で、死亡者数は1992人となっている。その前年の死亡者数1844人と比較すると、150名近い増加となっている。こちらもやはり、建設業794人、製造業344人、陸上貨物運送業270人で、7割となっている。
こうした数字からも、死亡労災はかなり確定されたパターンがあり、本気で無くそうと思えばもっと減らすことが出来るはずだ。それが実現していないということは、企業側に本当に無くそうという力が働いていないということだ。ここでも結論は、死亡労災を発生させた企業に対する経済的な制裁と刑事責任の追及を、飛躍的に強化するほかないというところに行きつく。 (晴)
なお、前回報告した「日能権関西」の死亡労災について、関係者から記載間違いの指摘がありました。それは、遺族の言葉を「お父さんは」としたところで、これはお母さんの発言なので、「お母さんは」に訂正します。新聞の記事を十分点検していれば防げた間違いであり、ご指摘に感謝し、関係者と読者の皆さんにお詫びします。
また、この死亡労災の経緯については、日能研労働組合のホームページをご覧になることを進めます。http://www.
geocities.co.jp/Mirkyway-Lynx/2629/
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2001年5月
5月12日、新日鉄広畑製鉄所(姫路市広畑区)の変電室で碍子の交換をしていた26歳の労働者が感電し、6時間後に死亡した。事故が起こったのは午前3時すぎ、切られていた電気が突然流れ出したという。
14日には山陽自動車道で、31歳のJAF兵庫支部ロードサービス隊員が路側帯で作業中、大型トレーラーにはねられ死亡した。朝の7時前だからすでに日は高く、余程いいかげんな運転でもしていなければ、道路のはしで行なわれていた故障車のけん引作業を見落とすことはないだろう。トレーラーの運転手が業務上過失致死の現行犯で逮捕されたが、それは当然のことだ。
22日の新聞には、「校長自殺は公務災害」という見出しで、大阪の小学校長の自殺を地方公務員災害保障基金大阪府支部が公務災害と認めたことを報じている。そして30日には、東京地裁が電通社員の過労死を認定する判決を行なった。この裁判は、死亡した電通社員の遺族補償を不支給とした中央労基署の処分を、遺族が取り消すよう求めたものだった。ここには、相変わらず労働行政が傷つき倒れていく労働者を踏みにじり、救済への壁となっている姿が、暴き出されている。
こんな現実のなか、過労死弁護団全国連絡会議の川人博幹事長が世界保健機関(WHO)国際安全会議(5月21―23日)に出席し、急増する日本の自殺の問題を報告した。その内容は次のようなものだ。「日本では失業率の増加に伴い自殺率が急増。完全失業率が二・一%だった一九九一年の十万人当たりの自殺者は一七・〇人だったが、九六年には失業率三・四%で一八・四人、九九年には四・七%で二六・一人にまで増えた」
川人弁護士は「日本ではリストラで従業員が減り、長時間労働が増えた結果、過労による自殺が増えた一方、頼りにしていた会社から見放されたショックで自殺した中高年の人も多い」と指摘た。昨今はセイフティーネットということが取り沙汰されているが、失業しても収入が確保されるような制度があればまだしも、日本の現状では貯金を使い果たしたらおしまいというのが実態だろう。
また、「心の病気」での労災認定も増加している。厚生労働省のまとめによると、「心の病」で労災認定された人が2000年度は前年度の約2・5倍、36人にのぼり、そのうち自殺が19人だった。労災認定申請者数は212人とあるので、6人に1人しか認定されていないということだ。前年は11人に1人しか認定されていなかったので、認定要件の緩和がこの数字に反映したと言える。いずれにしろ、労災認定は労災死のほんの一部にすぎない。
最後に次の事実を、怒りをもって報告しなければならない。4月末、兵庫県・西宮郵便局で今年2人目の自殺者が出た。4月1日に宝塚局から課長代理で栄転したばかりの、郵便内務労働者だった。彼は宝塚に異動する前は、私と同じ局で働いていた。まだ30代だったろう。若くして出世の道を進んだのが、死を早めたのか、事情は全くわからないが、いずれは今の郵便事業の犠牲者だろう。もう1人の自殺者は、失踪後の自殺だったようだが、痛ましい限りだ。
関西の闘う郵便労働者は、赤字と公社化を目前にした職場で不安を抱いている仲間に、「死ぬな、辞めるな、闘おう」というメッセージを送っているが、国鉄からJRへの移行のときのように郵政も多くの悲報を聞くことになるのか……
(晴)
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2001年6月
6月26日、赤穂市の山陽自動車道で、故障車の移動作業のために止まっていた車に大型トラックが追突。38歳の作業員が故障車と牽引車に挟まれ、まもなく死亡した。9時40分ごろだから、暗くて見えなかったわけでも、居眠り運転でもなさそうだが、トラックの運転手はいったいどうしていてのか。鹿児島市内の運送会社のトラックで、下り車線だったことから考えると、前日からの強行軍があったのかもしれない。事故を起こした運転手が責任を問われるのは当然として、運送会社の責任も厳しく問われるべきだ。
次に過労自殺を認定したふたつの事例だが、まず震災関連の労災認定から。13日、西宮労基署が「震災後の長時間労働が引き起こした精神障害による自殺」を労災認定した。1997年、神戸市内に住む団体職員の40歳の男性が飛び降り自殺をした。彼は震災後、1週70−80時間の勤務を半年も続け、精神疾患を発病し、半年間休養した。その後、配置換えになったが、結局自殺に至った。1週40時間労働の時代に、その倍近くも働かせ、自殺死を発生させてしまったこの団体は、「通知を受け取っていないのでコメントできない」そうだ。この団体にとっては、40歳の若さで自死した労働車の無念を思い、遺族に謝罪することより、自己防衛のほうが重要なのだろう。
もう1件は、実に画期的な判決だ。名古屋地裁・林道春裁判長は18日、豊田労基署が行なった遺族補償年金不支給処分を取り消し、35歳のトヨタ自動車労働者の自殺を労災認定した。この男性はアジア向け輸出車などの設計をしていたが、1998年7月ごろから設計に遅れが出たため、月69時間の残業となり、うつ病発症、8月末飛び降り自殺した。実にあっけない死だが、人によってはそれだけもろい面もあるということだろう。
判決理由で林裁判長は「精神疾患を発症させるようなストレスに対しては、同じような労働をしている人の中で、最も弱い人を基準にして因果関係を判断すべきだ」と指摘。労基署は「他の係長と比べても残業時間は多くなく、仕事が原因ではない」と、まるでトヨタの労務係のような主張を行なったようだが、裁判所によって一蹴された。原告弁護団は「過労自殺で労災認定の判断基準を始めて示した画期的な判決だ」と評価しているが、労働行政がこの判決を受け入れるかどうかは不明だ。
その他の報道では、過労死問題を取り組む大阪の弁護士や学者約30人が12日に「労働基準オンブズマン」を発足させた、という記事が目を引いた。「過労死の発生を未然に予防するのがオンブズマンの狙い」というのだから、頼もしい限りだ。さらに、過労死弁護団全国連絡会議からは、梅雨時の6月に祝日を設け、「過労死を少しでも防ごう」という提案が行なわれている。労働者としては、労働組合がしっかりしていたら、過労死・過労自殺がこんなにも頻繁に起こりはしないだろうと思わずに入られない。実際には、労働組合が企業の手先になって労働者を死に追いやっているのが実情だ。
20日の新聞には、全国11の労災病院が開設した「勤労者 心の電話相談」の結果が紹介された。それによると、1年間に寄せられた相談件数は約3700件で、女性からが60%を占めた。悩みの原因では、会社内の人間関係が1000件を超え、社内いじめも124件あった。自殺まで思いつめてケースが198件に達したというから、驚くほかない。「心の電話相談」は昨年4月に始まったばかりだが、過労自殺にまで行きつく悲劇を食い止める力となることを期待したい。
最後に、「労災日誌−その8」(本紙186号)で取り上げた東芝府中のエレベーター落下事故について触れよう。以下は、5月11日東京で開催された「止めなくちゃ! 台湾への原発輸出」で行なわれた、東芝府中働くものネットワークの松野哲二さんのアピールである。「昨年の8月、科学技術の粋を集めたというエレベーター塔を府中事業所に作りました。高さ35メートルのエレベーター塔で、落下試験の最中、これは台湾に輸出する高速エレベーターの非常停止の試験ですが、この最中にエレベーターごと一人の労働者が落ちて死亡してしまいました。東芝は、この痛ましい事故について何ら原因発表をしないまま、先月、この初の2階建てエレベーターを台湾に輸出する華々しいイベントをして、巨大なトラックにそのエレベーターを載せて事業所から出していくというセレモニーをしました。
落下試験のエレベーターに労働者を乗せて試験をするような企業が作る製品が、何で安全と言えるでしょうか。その原因究明も徹底的に行なわれないなかで、台湾、アジア諸国へ輸出をする。これは本当に原発の輸出の実態をエレベーターという形で先発して示しているように思えてなりませんでした」(「ノーニュークスアジアフォーラム通信」50号15ページ)
・労災記事の引用は全て「神戸新聞」からのものです。
(晴)
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2001年7月
またしても、酸欠によるタンク内での労災死亡事故が発生した。「7月4日午前3時すぎ、兵庫県加古郡播磨町野添の化学品製造業『日本テルペン化学』土山工場の廃水貯蔵タンク内で、社員二人が倒れていると同工場から一一九番通報があった」(7月4日「神戸新聞」夕刊)
29歳のAさんは病院に運ばれまもなく死亡、47歳のBさんも意識不明のまま6日夜に死亡した。同工場は化粧品などに使う香料を24時間態勢で製造している。事故が起きたタンクは廃水を中和する貯蔵タンクで、マニュアルでは故障時の単独作業は禁じられており、洗浄して酸素濃度を測定することになっている。
だから、工場側は「従業員が通常の作業工程でタンク内に入ることはなく、なぜタンク内に入ったかは全く分からない」と言っている。タンクは直径約1・3メートル、深さ2・1メートルというから、小さいエレベーターくらいの大きさだが、入り口は直径〇・4メートルしかなく、入るのに苦労しそうだ。
しかも有毒ガスがあるかもしれないのに、そんなところに入ったのだからよほどのことがあったのか、日常的にマニュアルが守られていなかったかどちらかだろう。タンク内で倒れているAさんをパトロール中のBさんが発見し、他の社員に応援を頼んだあと、Bさんもタンク内に入って事故にあったという。我が身の危険を顧みず、助けに入らずにはおれなかったのだろう。
この工場は1997年7月にも5人が重軽傷を負う爆発事故を起こしており、そのときは当時の社長が危険物の不法貯蔵で書類送検されている。今回の事故は死人に口なしで、工場側はマニュアルがあるから責任なしということになるのか。問題は普段の作業工程であり、安全管理だ。
さて、7月の労災関連ニュースとしては、19日福岡高裁であった「筑豊じん肺訴訟」控訴審判決をおいてない。井垣敏生裁判長は、「国がじん肺防止のために規制権限を適切に行使しなかった」と国の責任を認め、判決は以下のように述べている。「遅くとも国は、一九六〇年三月のじん肺法の成立にあわせて炭則を見直し、さく岩機の湿式化等を義務付ける必要があったのに、これらの措置をとらず、紛じん防止策の整備を遅らせたことは、許容される裁量の限度を逸脱して著しく合理性を欠くものであり、個々の労働者との関係においても、違法である」
時効についても、「消滅時効の援用は債務者の権利だが、社会的・経済的地位や諸般の事実関係に照らして著しく正義・公平に反する時は、援用を許さず、債権の行使を許すべきだ」と述べている。この内容は、4月27日大阪高裁であった水俣病関西訴訟控訴審判決と重なるものであり、裁判官に普通の市民的常識があれば、こういう判決になって当然だ。戦後保障裁判などではそうならない例が圧倒的だが、現在の司法の遅れた意識をよく示している。
それはそれとして、今回の判決はじん肺で苦しんでいる労働者にとって大きな力となるものだ。当時の炭坑労働者の作業環境について、原告の石原明さんが説明する作業実態は実に恐るべきものだ。「防じんマスクの着用指示もなく、マスクは自分で購入。しかし、入坑して一時間もたてば息と汗で内側のスポンジがぬれて息ができない。マスクを外しタオルを巻いたり、忙しい時は何もしないで作業に当たった。『鼻の中にコルクのように粉じんが固まって、それが毎日のこと』」(7月19日「神戸新聞」夕刊)
しかしこれが、すべて過去の過ぎ去ったことと言いきれるだろうか・・・
(晴)
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2001年8月
8月5日午前1時20分ごろ、兵庫県播磨町の関西重工業の工場で、29歳の作業員が頭を打って死亡した。高さ2メートル、重さ2トンもあるプレスボートという機械が倒れてきたのだ。私にはその機械がどんなものかわかりませんが、どうして倒れたのか新聞には何も書かれておらず、腹立たしい思いだけがつのる。真夜中の作業といい、2トンもの機械に命を奪われとは、余りに理不尽な死だ。
10日午前10時40分ごろ、奈良市の新築工事現場で、外壁防水作業を行なっていた61歳の防水工事業者が、約12メートル下の駐車場に転落して死亡した。相変わらず、この種の転落事故があとを絶たない。台風が来た折りも、屋根に上がって転落死という報道があった。高い所での作業は転落の危険性があるのだから、何らかの安全策があるだろうに、一体どうなっているのか。
12日午後1時ごろ、尼崎市の「クボタ」武庫川工場で、溶かした鉄がこぼれて3人が重軽傷となった。「水道管の鋳型に流し込む高熱で溶かした鉄が、機械で運搬中の鉄製のなべ(直径、深さ約1・3メートル)からこぼれ落ち」(8月13日付「神戸新聞」)たのだ。「3人はなべから半径約5メートル以内で別の作業をしていて、飛び散った鋳鉄を浴びたらしい」。全身大おやけどを負った重傷作業員は、13日午後2時半、搬送先の病院で死亡した。48歳だった。
さて、8月の労災関連ニュースとしては、昨年1年間の自殺者が3万人を超えたという警察庁発表がある。過労死問題に取り組む川人博弁護士は「自殺者が三年連続で三万人を超えたのは、この間政府がいかに無策だったかを示している」(8月10日付「神戸新聞」)と述べている。この数字は10万人中25人で、欧州の2倍以上になる。神戸新聞は、関係者の「小泉改革に弱者の視点はない。先進国では突出して多い自殺が今後も続くのでは」という言葉を紹介している。実際、あらゆる角度から検討しても、今後この数字が増える可能性はあっても、減少に向かう要素はない。
過労自殺については、テレビ番組製作会社に勤務していた23歳の女性社員の自殺を、仙台労働基準監督署が24日までに労災認定した。この女性は1977年3月に大学を卒業し、番組み製作会社に入社。10月ごろ地元のテレビ局に派遣され、週1回5分間のコーナーを担当したが、翌年1月仙台市内のビルから飛び降り自殺したという。99年7月に両親が労災申請したのだが、大学を卒業してさあこれからという時なのに、本人にとっても両親にとっても悔しい死であっただろう。
彼女を死に追いやったのは、企画書からロケの準備、当日の雑務まで1人でこなすなどの精神的負担があった。たった週5分でも、それを毎週続けることの負担が彼女を押しつぶしたのであろうか。勤務時間も97年11月が292時間、12月が362時間と、これを単純計算すると年間総労働時間は3900時間にもなろうという、すさまじいものだった。それでもなおこなし切れない仕事を、家に持ち帰ることもあったという。
このような労働地獄はどこにでも転がっていて、誰もが犠牲者になる可能性がある。しかも誰かを頼っていては、手遅れとなることもあるだろう。何よりも、自らが自衛することが第1だろう。しかし、そうできないからこそ、過労死・過労自殺があとを絶たない深刻さがある。家族やまわりの仲間が、そういう危機に瀕した労働者に手を差し伸べることが、さしあたっての課題であろう。
(ワーカーズ・ネット 晴)
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2001年9月
9月8日の新聞報道によると、清掃業者が廃棄注射針でHIVに感染し死亡した可能性があるとの報告が、厚生労働省のエイズ動向委員会に寄せられていることが明らかになった。この業者は病院の手術室の清掃を行なっており、廃棄された注射針を誤って刺したことが何度かあったと、生存中医師に話していた。
針刺し事故によるとみられるHIV感染の報告例は国内で初めてということだが、実に危険な仕事だ。名古屋市生活衛生センター主幹の木戸内清氏は「針刺し事故は、本人のプライバシーや医療機関の管理上の問題などから表面に出てこないことが多い」(神戸新聞)ということだ。
従来の事故対策は医師や看護婦中心で、清掃業者はほったらかしだったようだ。実際問題としては、使用済みの針を密閉型の専用容器で回収すればいいのだ。
しかし、空き缶にポリ袋を入れただけの容器に、キャップもしない針をそのまま捨てている医療機関がまだ多いというのだ。とするなら、この事故は起こるべくして起こり、57歳のこの業者はずさんな医療機関の犠牲になったのだ。
22日午前零時ごろ、三重県尾鷲市のJR紀勢線で作業用のトロッコが橋の下の川に転落、2人の作業員が死亡し1人が重傷を負った。トロッコは3両編成で、1番後ろの電動車が前の車両を押す。それで、1両目が転落して3人の作業員が死傷したのだが、電動車に乗ってJR東海の2人の社員は無事だった。
次は告発の報告を二つ。大阪の「労働基準オンブズマン」が日本通運などを労働基準法違反で7件の告訴・告発をおこなった。その内容は、深夜まで続くサービス残業が原因で通勤途中に交通事故死した事例(コンピーューター関連会社「アルゴシステム」)や、恒常的な月100時間を超える残業や休日労働が原因で心筋梗塞を発症した事例など。
もう一件は、労災事故の内容を偽った1法人と4人を、尼崎労基署が神戸地検に書類送検したもの。労災事故でウソをつくのは労災保険料が上がるからだが、下請けの場合は元請けとの今後の取り引きが維持できなくなることを恐れてということもあるようだ。いずれにしても、労働者は痛い目にあった上に、事故内容までウソつかされては踏んだり蹴ったりだ。
最後に、厚生労働省が自殺を防止するために総合対策を策定することを決めた、という話題を取り上げよう。すでに研究班を設置し、この9月から2003年度末までの3年計画で、世代・地域別の具体策を探る。自殺防止に有効な向精神薬の開発なども検討するということだ。
近年、自殺者が年間3万人を超えているので、どんなかたちであれ自殺者を減らすことができるのなら、それに越したことはない。研究班には建築学の専門家も加わり、ビルの屋上や駅のホームの構造を自殺予防の観点から検証するということだが、そんな研究があるのかと思う。
遺族への聞き取りや警察官・救急医への調査のほか、家庭や職場での人間関係、うつ病や飲酒との関連性、直接的なきっかけなども分析することになっている。しかし、労働者という立場からすると、仲間内でそういう事態を防ぐ努力をするのが第一だろう。
(ワーカーズ・ネット 晴)
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2001年10月
10月もいくつかの訃報が報じられている。3日、山陽電鉄の線路内で隣接する民家の測量作業を手伝っていた、68歳のアルバイト作業員が轢死した。列車の見張りさえおれば起きなかったものを、退職後のアルバイトでこんなにも簡単に命が奪われている。
7日には尼崎の埠頭で、船の甲板で作業中の一等航海士がクレーンに挟まれ、頚椎骨折、胸部圧迫などで約2時間後に死亡した。砂の荷揚げ作業中のクレーンが旋回してきて挟まれて死んだものだ。53歳というから私と同年代、残された家族のことを想像すると、痛ましくてならない。
23日にはフジテレビの「めちゃ×2イケてるッ!」収録準備中のセットが倒れ、作業をしていた25歳の美術会社社員が下敷きとなって死亡した。子どもがつけるので仕方なく見ているが、こんな低俗番組の犠牲になるとは気の毒と言うほかない。
24日には「山陰トンネルじん肺訴訟」の和解が、松江地裁で成立した。この裁判は1997年から今年6月にかけて計31人が提訴したが、既に4人が死亡している。和解内容は、企業29社が原告25人に計3億4千万円支払うというもの。
10月も自殺関連の報道が続いています。JR西日本の運転士が9月に自殺し、その遺族が「乗務停止が自殺の原因」として労災を申請した。ことの起こりは8月31日、運転士が普通電車の発車を定刻より50秒遅れで発車させたことにある。
会社はこの運転士を乗務停止にし、「教育」と称するレポートの提出やテストをさせていた。そして9月6日、体調不良で休んでいる彼の自宅を訪れた同僚によって、首を吊って死んでいる姿で発見された。JR西日本は自殺との因果関係を否定したが、JR西労組は
「常時四、五人の管理者がトイレに行くのさえ監視したり、人格を否定するような言葉でののしるなど、社内いじめ≠セった」(10月24日付「神戸新聞」)と告発している。
興味深いのは、同じ記事でも新聞社によって報じる姿勢が違うことだ。「神戸新聞」は労組からも取材し、なぜ運転士が自殺に追い込まれたのかに迫っている。しかし、「読売新聞」はJR西日本広報室の「乗務停止は事故防止のために必要な措置で、自殺との因果関係は考えられない」という一方的な情報だけを流している。
次の記事(10月26日付「神戸新聞」)はあしなが育英会に関するもの。あしなが育英会が昨年度採用した高校奨学生のうち、父親らが自殺したケースが1998年度の約7倍の144人。さらに今年度は、約半年で112人となり、過去最悪となるのは確実だと言う。
この自殺者は主に働き盛りの中高年、遺児の大学生は駅頭でマイクを握り、「自殺は決して個人の問題ではない。自殺しないでも済む社会をつくって」と訴えている。彼の訴えは全く正当なものであり、彼の父親世代はリストラや倒産の直撃を受け殺されているのだ。自殺に限らずこの日誌で紹介したすべての死亡労災が告発しているのは、労働者を死に追いやっても利益を追求する資本の本性だ。
最後になったが、労災隠しについての報告を紹介しよう。過去10年間の全国の「労災隠し」の送検件数の表でも明らかなように、昨年過去最高を記録している。しかし重大なことは、厚生労働省でさえ「細かい違反も入れると、摘発は実際の数の氷山の一角」だと認めていることだ。
ここでは、労災そのもののもみ消しより虚偽報告が多いとしているが、本当にそうだろうか。事故そのものをなかったこととしてしまうことも、日常的にあるのではないかという疑問を拭えない。例えば外国人労働者を雇っている場合など、会社が隠そうと思えばどうにでもなるのではないか。
いずれにしても、労災隠しが横行していることは事実だし、そのことによって本来受けられるはずの適切な治療や、経済的な補償が受けられないでいる。これは、被災者にとっては二重の労災となり、その家族(遺族)にとっては二重の不幸となる。こうした事例には重い経済的制裁を科すことが、再発を防ぐ唯一の方策だろう。
(ワーカーズ・ネット 晴)
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2001年11月
11月13日午後、西宮市仁川百合野町の神戸市水道局上ケ原上水管理事務所で、検水槽の底で倒れているTさん(52歳)が発見され、6時間後に死亡した。Tさんは高さ2・7メートルの検水槽の壁をはしごを登りながら清掃していて転落したもようで、後頭部を強く打っていた。
それほど高くないのに、よほどひどい落ち方をしたものか。一つ間違えば交通事故と背中合わせ、私もそんな職場で仕事をしているので、同世代のTさんの不慮の死は他人事とは思えない。
ついでながら、仁川百合野町というのは震災の時に宅地が崩壊し、30人を超える犠牲者を出したところ。また、この浄水場は我が家から甲山に向けてジョギングするときにいつも通るところだ。
もう一人、52歳の労働者の話題。尼崎市に住む元運転手のKさんが、日本通運を相手に総額約6400万円の損害賠償を求める訴えを、神戸地裁尼崎支部に起こした。Tさんは1999年9月に心筋梗塞で倒れ、2000年8月に既に労災認定を受けている。
倒れるまでの1年間の勤務をみると、休日は月平均3日、時間外労動は最大月で200時間、平均でも約125時間、というもの。そうすると、1日平均12時間以上働いていたことになる。ちなみに、私の時間外労働は月平均2時間程度、とてもTさんのようには働ない。
かくも過酷な労働を強制され、働けなくなれば契約期限切れで解雇され、今は心臓にペースメーカーを装着し、服薬と月1回の通院を余儀なくされている。彼の裁判が1日も早く実を結ぶことを願わずにはおれない。
前回、労災隠しについて触れたが、伊丹労基署が労災隠し(労働安全衛生法違反)の容疑で業者を書類送検した例を紹介しよう。これは、労災事故が発生したのに、共謀して労基署に「労働者死傷病報告書」をただちに提出しなかったというものだ。
元請けに負担をかけないようにと、下請けが労災事故隠しを計画し、元請けのゼネコンも了解していたというのだ。その結果、「男性従業員は(2月5日から)四月上旬まで入院したが、休業補償と傷害補償の契約二百万円の給付を、国の労災保険から受けられなかった」(11月6日付「神戸新聞」)と言うから、ひどい話だ。
さてもう一つ、過労死の認定基準緩和について触れておきこう。これは、厚生労働省の専門検討会が11月15日、蓄積疲労による死亡も初めて認定対象とし、業務との因果関係を判断するための対象期間を従来の原則1週間から6カ月に広げるべきだとする報告書をまとめたものである。
数字で紹介するとこうだ。「具体的には時間外労働が発症前一カ月間百時間以上を、発症前二ー六カ月間は月約八十時間をそれぞれ超える場合に発症との関連性が強いと明示。四十五時間以下の場合は関連性は弱くなるとした」(11月16日付「神戸新聞」)
この間、労災認定をめぐる裁判において労基署の決定がくつがえされ、労災が認定される判決が相次いでいたので、今回の基準見直しはその後追いと言える。しかし、この数字では殺人的長時間労働をなくすことはできないし、この基準が新たな壁となる可能性がある。
そもそも、週休2日、1日8時間、1週40時間労働という基準は何のためにあるのだろう。月に25時間の残業になると、すでにそれで9時間労働になってしまう。それが80時間ということだと、もう8時間労働制など何の意味もない。
結局のところ、休日労働や時間外労動をごくわずかな例外しか認めないようにしないかぎり、問題の根本的解決はありえない。現実は超勤を断ればクビというものであり、そのうえにサービス残業魔であるのだから、どうしようもない。
法や基準というものは、それをうまく利用すれば力になるが、それより何より労働者が闘う姿勢を持たないと、この現状は破れないだろう。もちろん、今回の全く不十分な厚労省の譲歩も、闘いによって勝ち取られたものだ。さらなる前進を、労災なき職場を‥
(ワーカーズ・ネット 晴)
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2001年12月
12月18日、「三池じん肺訴訟」判決が福岡地裁であり、三井鉱山と三井石炭鉱業に16億円の支払いを命じた。この裁判は、元作業員の患者102人とすでに死亡した患者47人の遺族が47億円の損害賠償を求めていたもの。全体として勝訴判決だったが、じん肺が死因と認められたものは12人にとどまった。
さらに問題なのは、時効起算点が「最も重い症状の労災認定を受けた時点」とされたため、43人の原告について、時効を理由に請求が棄却された点だ。原告側の「じん肺は進行性の病気で、時効の適用は権利の乱用で正義に反する」という主張は退けられた。
福岡地裁のこの判断は事実を見ない、政治的なものと言うほかない。請求を棄却された奥村国夫さんの「病気は生きている限りついて回る。行政認定された段階で症状が止まるわけではないのに」という言葉を紹介するまでもなく、ここに現在の司法の限界、正義を実現する意志も能力もないことを暴露している。
実際、じん肺患者の生活の悲惨は言葉を絶する。1962年に最終の行政認定を受けた奥村さんの日々は、「四十年を超える療養生活の中で十数回の入退院を繰り返した。今も柱につながれた酸素吸入用の管が届く範囲しか動けない。息苦しさで夜もふとんで眠れず、こたつにうつぶせる毎日だ」(12月18日付「神戸新聞」夕刊)
過労死認定基準の見直しについてはすでに紹介したが、堺労働基準監督署が過労死認定の見直しを開始した。これは、名糖運輸堺出張所の運転手の過労死認定を認めなかった事例を最調査するというものだが、昨年1月すでに大阪地裁で敗訴しているものであり、何をいまさらの感を禁じえない。
まして、この判決を不服として労基署側は控訴し、大阪高裁で審理中というのだからあきれる。運転手が死亡したのは1991年2月であり、提訴した遺族の苦難を察するなら、最調査などと言わずにさっさと控訴を取り下げるべきだろう。最も、それが出来ないのがお役人のお役人たるゆえんなのだが。
14日の深夜、川崎製鉄水島製鉄所の工場で、ガス管点検作業中の社員が倒れているのを発見された。彼は病院に運ばれたが、一酸化炭素中毒でまもなく死亡した。52歳だった。
年末も押し迫った28日、「息子が自殺したのは、業務上のストレスによるうつ状態にもかかわらず会社が仕事を続けさせたため」として、自殺した43歳の男性の母親が神戸地裁姫路支部に訴訟を起こした。男性が自殺したのは1996年11月、提訴までの5年間、家族はどのような思いで過ごしてきたのだろうか。
2001年、希望を持って迎えた21世紀は失望のなかで幕を閉じた。あらゆる企業が人減らしに走り、失業が日常的なものになった。仕事がなくて自殺、仕事がきつすぎて自殺、この正反対の事態が引き押す同じ現象が、資本の支配という一つの事実から起こっていることを、私たちは肝に銘じなければならない。
(ワーカーズネット 晴)
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2002年1月
新年早々、労災死をめぐるいくつかの動きがあった。まず、裁量労働制での初の労災死認定がおこなわれた。裁量労働制は働く側の都合に合わせて仕事時間を決められると誤解されているが、実態は働かせる側が都合よく時間設定している。例えば忙しいときには長時間働かせ、暇なときには早く帰らせたりして、残業手当を削るのです。
問題の出版社の事例では、死亡前1年間の労働時間は3200時間に上り、休日も読者に会うなどの仕事をしていたという。ところが、労基署は裁量労働制職場だったことなどを理由に、遺族補償給付を不支給とした。両親はこれを不服とし、裁判で決定の取り消しを求めていたところ、中央労働基準監督署が給付を認める決定を行ったというものだ。
中央労基署のこの決定は、厚生労働省が昨年12月に行った過労死認定基準の見直しによるもの。それにしても、裁量労働制が長時間労働を押し付けるための手段となり、さらに労災認定を阻む口実にもなっているのだから驚きだ。お為ごかしという言葉があるが、労働者にとってよいものという看板を掲げて行われることも、誰が言っているのか、どういう背景があるのか、等をよく見極める必要があるだろう。
次は、強盗殺人被害にも労災認定された事例。出張先の中国で殺害された会社員の妻が、遺族補償給付の不支給決定の取り消しを求め、徳島地裁に提訴していたもの。1月25日、徳島地裁村岡泰行裁判長は「事件当時、現地のホテルで日本人が強盗殺人などの被害に遭う危険性はあった」とし、不支給決定を取り消した。それにしても、出張で殺されてはたまらないが、これも日本の資本の海外進出の一側面だ。
神戸新聞はこの判決に、次のような解説を行っている。「厚生労働省労災保険審理室によると、海外の出張先で殺害されたことを労災と認定した判決は今回が始めて。海外出張で事件に巻き込まれるケースが増える中で、今後の認定に影響を与えそうだ」
もうひとつの事例は、名前だけの管理職という実態を重視して、遺族年金を増額したもの。まず、管理職であるかどうかで遺族年金額が違うのかという疑問が浮かぶが、この事例ではサービス残業分を含めるかたちで算定をやり直したもの。平と管理職のもっとも大きな違いは何か、残業手当がつくかどうかがもっとも大きな違いだ。実際、残業手当を払いたくないので、名前だけの管理職につけるということがある。この事例では、22人の職場で一般社員は4人だけだった。
われわれの身の回りにも、平より役職者の数のほうが多い職場はいくらもある。わが職場には課長代理がゴロゴロいるが、始終業時間を守っているものはほとんどいない。管理職という甘い誘惑に負け、残業手当なしの長時間労働を押し付けられないよう、十分注意しなければならない。
1月7日、三菱自動車京都製作所でガス漏れがあり、歯車製造工程の炉の中で2人の作業員が倒れているところを助けられた。しかし、そのうちの一人はまもなく死亡、酸欠だったらしい。29日、山梨県の治山工事現場で土砂崩れがあり、二人の作業員が生き埋めとなった。数時間後の救助されたが、二人とも全身を強く打っており、まもなく相次いで死亡した。
当初1年くらいのつもりで初めたが、いつの間にかこの労災日誌も3年目に入ってしまった。生きていくための労働によって死を押しつけられた労働者の無念を書き留めておきたいという思いと、終わりのない不毛な作業に過ぎないのではという無力感が、相半ばしている。続けるべきか、やめるべきか、答えは出ない。
(ワーカーズ・ネット晴)
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2002年2月
2月1日の新聞報道によると、1月31日、福島県の須賀川労働基準監督署が学法石川高校野球部監督の過労死を認定した。長期間、甲子園出場を望む周囲からのプレッシャーでストレスなどが重なった過労死だというのだから、全くお気の毒というほかない。高校野球の功罪は数々あれど、名門校の暴力体質がトップだと思っていたが、監督の過労死まであるとは、その存在自体が問われても仕方あるまい。
7日、デザイナーの過労死裁判での和解が成立した。昨年12月の過労死労災認定基準の緩和を受け、大阪地裁で成立したものだが、賠償額は4000万円。くも膜下出血で死亡したのは23歳の女性だが、月80時間から100時間の残業が2年間続いたという。この和解について、経営者は「遺族の気持ちや当社の社員の将来を考え、これ以上無益な争いをすべきではないと大人の判断をした」(2月8日付「神戸新聞」)と述べている。何が大人の判断だ、殺人労働を押し付けておいて、よくもそんなことが言えたものだ。
9日午前0時45分ころ、横浜市の国道15号の歩道で、東京ガスのガス管撤去工事中にガスもれがあり、作業員2人が死亡、1人が重体となった。死亡した2人は孫請けの作業員で、意識不明となっているのはそのうちの1人の父親。父親は倒れた2人を助けようとして、掘削溝に飛び込んだ。東京ガスの職員らは軽傷だったという。やはりそうなんだ。危険な作業はいつも立場の弱いものに押し付けられ、こうして命まで奪われる。
19日、和歌山地裁が過労自殺に1800万円の賠償支払いを命じる判決を行なった。遺族の請求額は1億1400万円だったのだから、判決はこれを1億円も値切ったかたちだ。これでは過労死はなくならない。事のおこりは1997年7月末の台風による増水。男性が所長を務めるガソリンスタンドが浸水し、その復旧に追われて8月15日ころから不眠に陥り、22日に自殺した。1カ月足らずの間にこんな事態になるとは、なんとも痛ましいかぎりだ。
さらに25日、関西医大研修医の過労死が初認定された。死亡前の2カ月半、月平均の研修時間が300時間を越えていた。医大側は、研修医の身分は大学院生に近く労働者ではないとし、奨学金名目として月6万円しか支給していなかった。これではまるで徒弟、医大のあこぎな姿が透けて見える。
これは大阪地裁の判決だが、なんと1億3500万円の賠償命令となった。もちろんこの金額は当然だし、これくらいは払わせないと殺人労働の規制などできない。それにしても、裁判所も男性の医者だとこの金額を認めて、同年代の女性デザイナーだと4000万円、56歳のガソリンスタンド所長だと1800万円。これがそれぞれの命の値段ということか。
過労死対策をめぐっては、14日までに厚生労働省が都道府県労働基準局に次のように通達した。2カ月以上の時間外労働の平均が80時間を越えた場合、過労死を未然防止するために、産業医の判断に基づいて健康診断を受けさせるよう事業主に求める。月45時間を越える場合でも、職場環境改善などについて産業医の助言、指導を受けるよう要請もしている。
これはしかし、実に不思議な通達だ。なぜ、月80時間を越える残業を禁止しないのか。月80時間を越える残業が過労死の危険性を孕んでいると判断するなら、労働基準法で残業の上限を決めれば済むことだ。そのうえで、これを破る事業主には厳罰で臨めば、過労死は激減するだろう。それができないのは、厚労省がもっぱら企業に顔を向けているからだ。
他に目を引いたのは、尼崎労基署が防塵をマスクを着用させず作業をさせた金属製造業者と男性従業員を書類送検したこと。事業主だけではなく、着用指示に従わなかった従業員まで書類送検したのは、過去10年間では例がない。
そして28日、最高裁で仮眠中も労働時間だという判断が示された。争われていたのは、ビル管理の宿直勤務中の仮眠時間だが、最高裁の「実作業に従事していない仮眠時間も含め、労働からの解放が保障されているとはいえず、会社の指揮命令下に置かれており労働時間にあたる」という判断はしごく当然だ。こういう判例は大いに活用し、他の職場にも波及させなければならない。
(ワーカーズ・ネット 晴)
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2002年3月
3月11日午後、愛知県半田市の国道247号下の下水道工事現場で、雨水管浚渫作業中の5人の作業員が倒れているのが発見され、運ばれた先の病院で死亡が確認された。「半田消防署が雨水管の中を測定したところ、測定器の限界値29・5ppm以上の高濃度の有毒な硫化水素を検知。半田署は、三人は硫化水素による中毒死、二人は水死の可能性が高いとみて、業務上過失致死の疑いで捜査を始めた」(3月12日付「神戸新聞」)
地下2・6メートルに埋設された直径1・65メートルの鋼鉄製雨水管、そのなかには60センチものヘドロがたまり、しかも雨水管に落ち葉がたまって腐ったりすると硫化水素が発生するという。この状況で、どのような浚渫作業が必要なのか、どのような作業をしてはならないのか。そんなことは明らかなのに、なぜ5人もの労災死を招いたのか。
工事を発注したのは半田市で、工事を行なったのは下水道管理会社なのだから、どちらにも下水道の技術者はいたはずだ。こうした半ば密閉された空間での作業の危険性、とりわけ有毒ガス発生の可能性がある場合は、確実に死の危険性がある。工事の監督責任、安全管理責任は重い。
15日、名古屋東労基署の遺族補償年金の不支給取り消しを求めた訴訟の控訴審判決が、名古屋高裁であった。大内捷司裁判長は労基署側の控訴を退け、「住友電設」社員鈴木竜雄さん「過労でぜんそくが悪化し、死亡した」と認定した。彼が喘息の発作で死んだ1989年11月からなんと12年余もかかって、ようやく得られた高裁判決だった。
名古屋東労基署は労災死の認定をしなかったことと、1審判決に従わず控訴したことの2つの罪を犯した。彼らに残された選択は高裁判決に従うことであり、この判断の誤りが遺族に負わせた余りに長い苦難に思いをいたすことである。それにしても、彼らはどっちを向いているのか、労災死を減らそうと思っているのか、実にあやしい。
22日にも同じような判決が神戸地裁であり、消防職員の自殺を労災と認定した。上田昭典裁判長は「上司との意見や性格の相違などの仕事上のストレスが要因とでうつ病を発症した。うつ病以外に自殺する事情はなく、相当な因果関係が認められる」(3月23日付「神戸新聞」)とし、地方公務員災害補償基金神戸支部の公務外災害の認定を取り消した。これは、地方公務員の精神疾患に起因する自殺を公務災害と認める司法判断としては、全国で2例目だ。
このほかに、労働安全衛生法違反容疑で書類送検というのが2件あった。いずれも昨年10月に起こった労災死亡事故の責任を問うものだが、余りに生ぬるい措置だ。半田市の場合は業務上過失致死の疑いだが、どこまで責任追及するのか疑わしい。先の2つの裁判にしても、勝っても行政処分の取り消しに過ぎない。誤った行政処分を行なった連中は、何ひとつ責任を問われないし、何らの経済的負担もない。彼らがいかなる反省もしない理由は、ここにある。
(ワーカーズ・ネット 晴)
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2002年4月
4月17日朝、神戸市東灘区の工事現場でトラックの荷台から鉄骨の柱を降ろす作業をしていたところ、固定していたワイヤが緩んで鉄骨が荷台からずり落ちた。そして、運転手がその鉄骨の下敷きとなり、近くの病院に運ばれたがまもなく死亡した。
27日朝、東京都北区の中外製薬浮間工場内で、タンク内の塩酸を抜き取る作業をしていたYさんが誤ってタンク内に転落した。同僚がタンクの胴体部分を切断してYさんを救出したが、Yさんは全身化学やけどを負いまもなく死亡。同僚5人も塩酸を浴びて軽傷を負ったということだが、なんと凄惨な事故だ。
4月の死亡労災の切り抜きはこの2件だけ。勿論、死亡労災が2件だけということはあり得ないが、正直ホッとしている。死亡労災を幾つもチェックしていると、そこに構造的な原因があり、ほとんど同じ事故が繰り返されていることがわかる。個々の事故で見るなら労働者の過失もあるかもしれないが、労災死亡事故がなくならないのは労働環境そのものに問題がある。
昨年11月6日午前、改修工事中のビルの電気室で清掃作業中の男性社員が感電死した。その原因は、男性社員が約6600ボルトの電流が流れていた変圧器の電線に接触し、右耳にしていた金属製ピアスで感電したとみられる。
この事故の責任を問われ、現場責任者の電気会社役員が業務上過失致死で警視庁新宿署によって書類送検された。5カ月もかかっての書類送検だが、変圧器近くで作業する場合は現場責任者は電圧を下げるなどの注意義務があるが、それを怠たるという過失があった。この場合、男性社員が6600ボルトの電流が流れていることを知らされていたのか、その危険性を理解していたのか等、多くの問題があったことがわかる。
さて、本連載の26で取り上げたデザイナーの過労死裁判を支援する会の会報を入手した。この会報は昨年12月20日に発行されたもので、1面には11月29日に天満労働基準監督署に労災死の認定を申請したことが報じられている。他の面では会社(広告宣伝紙の編集会社「ジアース」)を相手取って行なわれていた損害賠償を求める裁判の模様などが報告されている。
また、私は知らなかったが、この労災申請を11月30日付けの毎日新聞が大きく取り上げている。そこには「広告代理店の社長は、女性ら従業員に健康診断を受けさせず、時間外労働させたとして、昨年8月に労働基準法違反罪などで罰金40万円の有罪判決を受け、確定している」との記述もある。
このように、労災死をめぐる損害賠償裁判の勝利的和解ひとつをとっても、多くの関係者の苦闘と支援者の努力によって、ようやく勝ち取られるものである。そしてその影には、労災隠しの犠牲になったり、闘うことができずに悔し涙に暮れる労働者が、多く存在するのが実情だ。労働者に危険な職場環境を押し付けて恥じない、資本の本性を告発しよう。
(ワーカーズ・ネット 晴)
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2002年5月
5月22日、厚生労働省が昨年度の過労死認定状況を発表した。認定件数は1987年度の調査開始以来最多となる143件、申請数も前年度の617件から約12%増の690件となった。認定数の増加は、昨年12月の過労死認定基準の緩和によるもの。過労自殺の申請も前年度比25%増の265件で、認定件数は70件に倍増。
こうした流れの一環として、労基署で過去に過労死の労災申請を棄却され、再審査を求めているケースについて、労災認定する方針を厚労省が5日までに決めた。これは自らの過去の労災認定の誤りをようやく認めるものだが、基準緩和を根拠にすることで、その誤りをうやむやにするものである。
労災申請が棄却された場合、労働保険審査会に再審査を請求出来るのだが、今年1月段階で再審査請求は172件も滞っている。また裁判となっているケースでも、50件のうちすでに8件が過労死と逆転認定、労基署の判断が厳しく問われている。つまり、このままだとどんどん敗訴を重ねると危機感を深めた厚労省の苦肉の策だ。
この新方針について、過労死弁護団全国連絡会義の玉木一成弁護士は次のように述べている。「労働保険審査会が結論を出すまで二、三年以上かかり、その前の審査機関も含めると死亡してから認定されるまで十年以上になるケースもあり、異常な事態だった。子どもの教育費が必要な時期に認定されず、進学などを断念する事例もあり、少しでも早く救済が実現すれば、過労死に苦しむ家族の人生の選択肢が広がるだろう。審査会に任せておけばいいという従来の厚労省の姿勢からは進歩した決定だと評価できる」(5月6日付「神戸新聞」)
こちらは兵庫県内だけの数字だが、昨年の社会福祉現場での労災数が前年の約1・5倍、100人に急増していることが兵庫労働局の調べで明らかになった。8日の発表によると、昨年起こった休業4日以上の労災は5746人で、前年比で約5パーセント減。ところが、社会福祉現場に限ると49・3パーセントも増加している。介護保険が導入され、採算重視が進むなかで、今後もこうした傾向が助長される危険性があるだろう。
被曝事故について、原子力安全委員会が27日までに集めたデータが公表された。それによると、放射線被曝が直接の原因で死亡したのは東海村臨界事故だけだそうだ。ここで「直接の原因」としてるところがだましの手口だが、JCO東海事業所の事例は急性放射線症によるものであり、言わば広島や長崎の爆心地での死亡と同じもの。その後の5年、10年を経過しての犠牲者と同じように、原発の被曝労働で多くの労災死が発生している。 実際の労災申請は1975年以降で13件あり、JCOの3人を含め8人が認定されている。原子力安全委員会の発表では被曝労災はほんのわずかという印象を与えるが、原発労働での被曝が原因だとも分からず、あるいは分かったも証明する手立てを持たず、苦しみながら命を落とす労働者が多数存在するのが実態だ。
もう1件の報道は、月末の30日のもので、「大阪労災補償保険審査官は二十九日までに、雑誌の制作会社にアルバイトとして採用され、五十二日目に死亡した大阪府枚方市の広瀬勝さん(当時21歳)について過労死と認め、不認定とした大阪・天満労働基準監督署の処分を取り消した」(神戸新聞)というもの。遺族は会社に損害賠償を求める訴訟を起こす予定というが、労災認定を受け、会社に損害賠償をさせるためには、このように幾つもの障害を乗り越えなければならない。
前回、女性デザイナーの過労死について、両親が天満労基署に労災認定を申請したことを紹介したが、24日までにこれが新基準の適用によって認定されたことが明らかになった。申請から認定まで半年、すんなりと決まったようだが、すでに会社への損害賠償訴訟は勝利的和解しており、すでに決着はついていたと言うべきだ。ここで天満労基署が結論を先延ばししたり、不認定にしたら物笑いとなっただろう。
過労死自体がひとつの大きな不幸、犯罪の被害者になったに等しいものだが、日本のあまりに酷い労災行政のもとではさらに幾つもの追い討ちをかけられることになる。それが、過労死認定の基準緩和によってわずかだがその負担が軽減されることとなった。しかしそれ自体も、裁判等の多くの取り組みによって当局を追い詰めて得られた成果だ。
日本の官僚は自らの非を認めようとはしないし、それがどんなに非人間的で不合理なものでも、現状維持が当然と考えている。さらなる追及によって、労災認定にとどまらず、労災死を生み出す労働現場そのものをなくす方向へと向かわなければならない。
(ワーカーズ・ネット 晴)
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2002年6月
今年1月、西宮市内の工事現場で作業員がブロックの下敷きとなって死亡した事故があった。6月3日、西宮労基署は土木会社と社長を労働安全衛生法違反の疑いで書類送検した。何が法に触れたのか。掘削用のショベルにワイヤでブロックをつり上げ、トラックの荷台から降ろそうとしたことだ。ショベルを運転していたのは社長で、500キロもの重さのブロックが作業員の上に落ちてしまった。
7日、長崎造船所じん肺訴訟和解が成立し、三菱重工が従業員や遺族ら117人に12億8000万円の和解金を支払うこととなった。金額が大きいが、117人で割ると約1000万円にしかならない。それに、原告患者77人のうち、すでに12人が死亡している。和解内容のなかに、「じん肺の発生を防ぐ努力をする」という項目があるが、これをどう守らせるか、それが問題だ。
10日午前、福岡県久留米市で大きな労災事故が起こった。染色会社「ピラミッド」の工場内にある地下の汚水処理タンクで、清掃作業中の作業員が汚水の中に転落。4人の作業員が救出に向かったが、自力で脱出した1人を除いて、消防の救急隊に救出された4人の作業員はまもなく死亡した。タンクの大きさは縦約3メートル、横約2メートル、汚泥までの深さは6メートルだが、染色工場の汚水だから有毒ガスが発生していたことが予想される。
12日午前、尼崎市の「ジャパン塚口店」でトラックのリフトからペットボトル入りダンボール45箱を積んだ台車、これでなんと約600キロもあったのだが、この台車が倒れてきて支えきれなくなったKさんが後ろに転倒、地面に頭を打って意識不明の重体となった。Kさんがリフトが地面に着地する前に荷降ろしを始めたために、事故にあったのではないかとみられている。
トラックからの荷降ろしにリフトが使用できるようになり、作業としては随分楽になっただろう。しかし、その結果、重い荷降ろしも1人の作業が可能になり、新たな危険が生じるということもある、ということか。トラックにリフトをつけるということはひとつの投資であり、当然その分人件費を削ろうということになるだろう。新しい機械の登場で作業が楽になり、労災が少なくなれば問題ないのだが、そうならないのが現状だ。
19日午前、尼崎市の「クボタ武庫川工場」で、社員のKさんが水道用の鉄管と工場の鉄柱に頭を挟まれ、病院に運ばれたがまもなく死亡した。水道用の鉄管といっても直径約2・6メートル、長さ4メートル、重さ8トンもあるものを、Kさんは転がして運んでいた。こうした作業も、あつかうものが重く大きいので、少しのことで重大な事故になってしまう。
21日、中学校長の過労死を認定する判決が高知地裁であった。この校長が心臓の大動脈瘤破裂で死亡したのは1990年1月だが、地方公務員災害補償基金高知支部の公務災害ではないとする処分の取り消しを求める裁判となったために、この結果が出るまでに12年以上もかかっている。この判決が確定すればよいのだが、控訴ということにでもなればさらに裁判が続くことになってしまう。
29日午前、これも尼崎市だが、「大阪富士工業」尼崎工場で屋根に上がっていた板金業のSさんが採光用の窓を誤って踏み破り、約13メートル下の工場内に転落、胸などを強打して約1時間後に死亡した。Sさんは雨漏り防止作業中、長さ約6メートルの鉄製の桟を1人で運んでいてこの事故にあった。
こちらは幸いけが人もなかったが、29日午前、川崎市のNKK京浜製鉄所扇島地区の製鋼工場で、電気炉内にあった高温の溶鉱約50トンすべてが工場内に流出した。これでけが人も火災の発生もなかったのが不思議だが、ひとつ間違えば大惨事というところだった。
それにしても、どうしてこんなにも簡単に労働者の命が失われるのか。全くミスを犯さなければ問題はないのかもしれないが、ミスを犯さない人間なんていないし、まして厳しい作業のなかで緊張を持続するのは困難だ。ひとつの間違い、ひとりの間違いがあっても、それが死につながらないように修正できるようにすべきだ。ところが、多くの企業はそのための出費をきらい、労働者を死の危険にさらして恥じないのだ。
(ワーカーズ・ネット 晴)
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2002年7月
7月5日、名糖運輸過労死訴訟の和解が大阪高裁で成立した。和解の条件は7000万円の和解金の支払いと会社側の謝罪、さらに再発防止の努力をすることを条件としている。一審の大阪地裁においても原告は勝訴しているが、賠償額は4600万円だった。これを不服とし、会社側が控訴していた。
この裁判は、「名糖運輸」のトラック運転手西原道保さん(当時46歳)が勤務中に死亡したのは過労死にだとして、遺族が会社に1億円の損害賠償を求めたもの。和解金は請求額から労災保険給付金を除いた額で、一審判決の賠償額を上回っている。遺族の弁護士も、「こうした例は珍しく、判決以上の全面勝利の和解と考えている」(7月6日付「神戸新聞」)と述べている。
西原さんはトラックで牛乳を配送する仕事をしていたが、1991年2月、配達先で待機中のトラック内で倒れ、急性心不全で死亡した。この間、西原さんは7年以上にわたって拘束時間は毎日13時間を越え、慢性的疲労が続いていた。堺労基署はいったん労災申請を退けていたが、昨年12月になってようやく労災認定を行なった。
このように、家族を労災死で失った遺族には多くの難関が待ちうけている。労災認定の関門、会社に対する損害賠償請求の民事裁判、会社に対する刑事責任の追及。前の2つは自分でやろうと思えばできるが、刑事責任の追及は検察が起訴しないとだめだ。労災死亡事故を起こしたら、高額の損害賠償の上に、責任者が実刑判決を受けるようになったら、死亡労災は目に見えて減るのだが・・・
そんなことは今の日本では望むべくもないのだが、労災認定すら厚い壁がまだまだ残っている。19日の新聞報道によると、勤務中のパソコン作業で頚肩腕症候群などと診察された女性会社員が行なった労災申請に対し、名古屋北労基署は十分な審査もせずに、女性に認定請求を断念するよう「取り下げ書」を送りつけていた。
女性が泣き寝入りをしなかったのでこの事実は明らかになったが、これは労基署の体質をよく示している。担当職員は電話確認だけで「労災認定は難しい」と言ったそうだが、要するに余計な仕事を増やすなという態度ではないか。厚生労働省愛知労働局は慌てて職員の再研修を命じたというが、そんなことだけで彼ら小役人の目が労働者に向くとは、とても思えない。
7月12日、西宮市内のマンションで工事中の作業員が転落死した。7階建てマンションの屋上で防水工事をしていたOさんが、約17メートル下のコンクリートの地面に転落し、約1時間後に死亡した。Oさんが休憩しようとして作業用ベルトやヘルメットを外すのを同僚が見ているが、その後「アー」という叫び声がしたという。これが31歳の作業員の最後の言葉だったのだが、悲惨の一語に尽きる。
7月18日、長男の自殺は過労による精神の疲労が原因として、両親が飲食店チェーン「サイゼリヤ」を相手に約9400万円の損害賠償を求めて神戸地裁伊丹支部に提訴し、淀川労働基署に労災認定を申請した。小幡泰輔さん(当時23歳)は2000年4月に入社したが、9月に腎臓結石で入院し、退院して職場復帰後の10月、自宅で自殺した。
彼の勤務は、月間労働時間が241〜286時間に達し、一日の勤務時間が15時間を越える日もあった。退院後わずかで同じペースで働かされ、自殺へと追い込まれた。就業規則には月間労働時間は171〜177時間となっているが、20代の若い労働者が半年で過労自殺に追い込まれる職場とはどんなものなのか。
さて、7月下旬に大きな労災関係の報道が続いた。25日の岡山の工場炉の解体中に起こった事故と、29日の三井じん肺訴訟の和解の報道だ。三井金属子会社「日比共同精錬」玉野精錬所で起こった炉の崩落事故では2人の作業員は足の骨折で生還できたが、5時間生き埋めとなった5人の作業員は死亡した。
こうした補修作業では小規模のれんがの落下はよくあることだというが、こんな大事故になったのは現場に監督がいなかったのが致命的だったようだ。たとえ予想外の大きな崩落だったとしても、直ちに救出活動を行なっていたら、こんな結果にはならなかったかもしれない。29日、作業を請け負っていた「日新興業」の家宅捜索が行なわれ、安全管理などが追及されるようだが、厳しくその責任が問われなければならない。
17年に及んだ三井じん肺訴訟は8月1日に和解調印が行なわれ、大きな区切りを迎えたが、死んだ人は帰ってこないし、じん肺に苦しむ患者に健康は帰ってこない。西野脩司三井鉱社長は「解決に長期間を要したことに遺憾の意を表する」(8月1日付「神戸新聞」)などと謝罪したが、一方で「じん肺対策は可能な限りしてきており、法的責任は認めていない。見解の相違を超えて和解に応じた」とうそぶいている。
そして、国(官僚)の主張はさらに許しがたい。「和解はあくまで民間企業の訴訟問題であり、国として申し上げることはない。国は昨年、筑豊じん肺訴訟控訴審で敗訴したが、その後、最高裁に上告している」「三井が和解したからといって国の主張に影響があったり、判断を変えたりすることはない」(経済産業省原子力安全・保安院の話:7月29日付「神戸新聞」)
三井の経営者にしろ国家官僚にしろ彼らにとっては、労働者がじん肺で死の苦しみを味わい続けていようと、本当に死んでしまおうとそんなことは全くおかまいなしだ。彼らの関心事はただひとつ、あらゆる責任から逃れることであり、そのためにどんな状況になろうと同じ主張を繰り返す。こんな奴らがのうのうと優雅に生き延びられるのが、今日の日本社会の現状であることを一瞬も忘れてはならない。
(ワーカーズ・ネット 晴)
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2002年8月
8月はお盆休みがあるし、労働者の家庭でもささやかな夏休みを取ることもあるので、他の月に比べ稼働日が少ない。ちなみに、私は細切れで3・4日の連休を何回か取り、近場の海水浴に出かけたが、同僚のなかにはお盆をはさんで半月も休むものもいる。
前置きが長くなったが、そんなわけで手元には新聞の切り抜きは1枚しかない。それは「志布志湾の座礁船内でガス・神戸の作業員2人死亡」というものだ。ことの発端は、7月25日の夜、パナマ船籍の貨物船コープベンチャーが鹿児島県・志布志湾で座礁、船体が2つに折れた。この折れた船体の燃料タンクから重油を抜き取る作業を、神戸のソーワエンジニアリングが請け負ったというものです。
そして、8月26日午前、燃料タンク内で重油抜き取り作業をしていた作業員が2人死亡。他に8人の作業員も気分が悪くなったが、回復に向かった。この船が座礁した時、外国人船員が4人死亡しており、何が原因で浅瀬に乗り上げたのかわからないが、罪な座礁と言うほかない。
この死亡労災の原因は硫化水素のようだが、ガスの発生は当然予測できたはずなのに、なぜこの事故を防げなかったのか。会社の同僚は、「6月に安全講習を受けたばかりだった。何でこんなことに」と声を沈ませたというが、いったいどうなっているのか。
安全講習が形だけのもので何の役にも立たなかったのか、作業環境などに問題があって安全講習が生かせなかったのか、それとも死んだ作業員に重大な過失があったのか。死んでしまった労働者は戻ってこないが、原因を究明し対策を立てることが、死者に対する最低限の償いだろう。
(ワーカーズ・ネット 晴
労災日誌を終えるにあたって
私にとっての労災の原点
折口晴夫
今、私の手元に茶色く変質した新聞の切り抜きがあります。それはファイルに見開きにのり付けされたもので、いつのものかさえわからないのですが、活字の大きさが今のものの半分くらいしかなく、時代移り変わりさえ感じます。
この切り抜きの内容は、北炭夕張炭坑でのガス突出事故で、93人に及ぶ犠牲者が出たというものです。資料によると、この事故は1981年10月16日に発生したもので、それ以後の大事故としては85年5月17日の三菱南大夕張のガス爆発で、63人の犠牲者の記録があります。
20年以上の前の切り抜きがよく残っていたものだと思いますが、ファイルにはり付けておいたのが再発見のきっかけでした。数年前になりますが、たまりすぎた資料を処分しようと整理していた時に、偶然見つけることが出来たのです。記事を読み返して、涙が込み上げてきました。地底深く(海面下810メートルと書かれています)取り残され、死を目前にして家族に思いを残した森川寿人という労働者の気持ちを、思わずにはおられません。
その時、私は49歳で亡くなった森川さんの年齢に追いついていたし、私の子どもたちも彼の2人の子どもと同じ世代になっていました。事故さえなければ、やがて独立し、あるいは家庭を持って巣立っていく我が子の姿も見られたろうに、どんなに悔しく理不尽な死であったことでしょう。
ガス突出事故の直後、森川さんら15人は坑道内の救急用ビニールハウスに避難し、無線交信で生存も確認されていました。そして、救護隊もエアテントの80メートル手前まで来ていたのに、2次災害によりこの10人の救護隊も犠牲になってしまいました。何という過酷な労働現場、何と悼ましく気高い労働者たち。
森川さんたちの遺体が収容されたのは、事故発生から163日ぶりで、遺体はほとんど白骨化していました。遺書の書かれた手帳も泥だらけでしたが、無事に家族の元に戻ったのです。妻の志津枝さんは次のように語って、声を詰まらせたということです。
「空気がだんだん薄くなって熱くなる中で、お父さんはきっと迫ってくる死と闘いながらキャップランプを頼りに必至になって書いたと思います。息子や娘、それに私のことが最後まで気にかかっていたのでしょう」
炭坑は明治維新以降の日本資本主義の発展をエネルギー面で支え、その過程で多くの労働者が無理な生産や苛酷な労働、杜撰な安全管理の犠牲となってきました。エネルギー源が石油に移行してからは、相次ぐ首切りや斜陽産業ゆえの犠牲をこうむってきました。CO中毒やじん肺という健康破壊の犠牲は今も継続しています。
それはまさに、日本資本主義発展史に条件つけられた死の行進のようです。しかし一方で、炭坑労働者たちはその苛酷な労働のなかで逞しく生き抜き、労働者としての旗幟を示してきたのではないでしょうか。今はもう、そうした荒荒しい労働者の姿を見ることもなくなってしまったのは、寂しい限りです。