介護大手のコムスンが大規模なリストラを実施
高齢者と介護労働者を食い物に
介護の社会化と介護企業の繁栄は共存できるのか?
●コムスン、ヘルパー部門より撤退
ホームヘルパー社員等を約4400人程を抱えている在宅介護サービスの大手事業者コムスン(親会社グッドウィル・グループ)が、約半数の職員に対し希望退職や遠隔地への移動求め、全職員の約36%に当たる1600人を僅か6日間でリストラに追い込みました。
介護保険開始からわずか2ヶ月しか経過していない時期でのコムスンのこの大規模なリストラは、すでにサービスを利用している高齢者やその家族、ヘルパーとして働いていた労働者に対して、余りにも無責任な行動と言わざるを得ません。
コムスンは、以前には全国に僅か100箇所ほどしかなかった事業所を、介護保険施行に向けて約1200に増やし、ホームヘルプサービスなどを展開してきました。各事業所にケアマネジャーとパートタイマーのホームヘルパーをおき、求人広告に今年の1月だけで8億円かけたとされています。(6・15朝日新聞)
コムスンは、当初ホームヘルプサービスのうちサービス単価の低い家事援助のサービス依頼は全体の4割程度と予想していました。ところがいざふたを開けてみると実際には家事援助が6割を占め、単価の高い身体介護のサービスの希望が余りなかったことにより、収入の見込みが大幅に減って事業の縮小を余儀なくされたとしています。
●サービスの種類と介護報酬単価
ヘルパーの仕事は3種類に分かれています。第一はおむつ交換や食事介助・入浴介助・衣服の着脱等が主になる身体介護、第二は掃除や炊事・洗濯・買い物・話し相手などを主に行う家事援助、第三は身体介護と家事援助を半々ぐらい行う複合型です。
問題の単価ですが身体介護は1時間で4020円、家事援助は同じく1時間で1530円、複合型だと2780円になります。もちろん利用者が支払う額は上記の金額の1割ですが、身体介護が家事援助に比べ非常に高くなっているのがわかっていただけると思います。仮に身体介護を2時間以上受けると、デイサービスに6時間通った場合と支払うお金は大差なくなってしまいます。お風呂や食事の見守り介助程度でヘルパーが必要であるならば、デイービスを使用する方がお得ということになります。また、6時間も外に出るのは本人が嫌う場合などは、複合型サービスを受ければたいていの介助はそれでまかなえます。複合型サービスは、身体介護が高すぎるということで介護保険施行直前に急きょ追加されたサービスです。このサービスの新設が、身体介護のサービス量を引き下げる一因にもなってしまったのです。
●コムスンの誤算
グッドウィル・グループの代表取締役会長の折口雅博氏は、『10兆円介護ビジネスの虚と実』(1999年10月発刊)の中で、介護保険におけるコムスンの企業収益予測として次のように述べています。
「…私はコムスンが考えている24時間巡回介護のシステムを日本中に広げていきたい。それが社会的使命だと思っています。介護保険が施行されれば、コムスンが活動する規模も大きくなり、単年では黒字になるでしょう。今後は地方も首都圏でも、同じくらいの比率で展開していこうと思っています。東京は確かに人口が多いのですが、ヘルパーの人件費が高いので、生産性は確かに悪い。ただ先を見ると、東京は上乗せ横出しが期待できるので、トータル的には東京の方が将来性は、るかもしれません。しかし、目先は地方の方が採算性はいいのですが、地方ばかりに向かっていると、ブランドイメージも、りますから、東京でやっていないじゃないかといわれるとメジャー感がなくなります。/そういうことを考えて地方、都市部半々で、そこから徹底的に広げていこうと思っています。…」
彼の話しの中には、利用者が何を希望しているか、それに応えるために介護事業はどう、るべきかという観点は全くありません。当たり前のことですが、企業が利益を上げ、知名度を上げるために「何をなすべきか」しかないのです。
そして、「単年で黒字になる」と言った彼の思惑は大きく外れることとなりました。まず第1点は、彼が予測していた東京都の「上乗せ横出し(自治体独自で保険以外のサービスを追加したり保険の項目の量を増やしたりすること)」がほとんど行われなかったこと。2点目は、24時間巡回型を行うためには介護労働者は利用者から利用者へと短時間で異動し、数を多くこなしていかなければ採算が成り立ちませんが、24時間巡回の主体になる身体介護の需要が伸びなかったこと。3点目に地方での需要が伸びなかったことなどが考えられます。
彼は介護事業は「社会的使命」だと一度は見得を切ったのですが、しかし結局は採算がとれないとなれば平気で利用者を途中から放り出し、より上手い汁がすえる地方への事業集約や、より儲けの出るメニューの案出に精を出すのです。彼は、、のジュリ、ナ東京でお立ち台を流行らせたときも、「社会的使命」だと言っていたのでしょうか。
●介護事業には教祖的指導者が必要?
彼は同じ本の中で、労働者について以下のように述べています。
「…たとえば、何百億円を一気にかけるといた巨額の資金を投じなければ勝てない種類のビジネスもたくさんがりますが、介護というのはそういう業界では、りません。お金は、る程度は、ったほうがいいでしょうが、最終的な決め手は労務管理です。多くのケ、スタッフをマネジメントしていかなければならない。しかも企業理念を損なわずに、技術レベルを低めずに、そしてモチベーションを高くして、どうやって会社を維持していくのか。そこではある意味で、宗教の教祖的な素質を持ち、人心を掌握し、みんなで社会的な使命を果たしていこうという心を共有化できるようなリーダーや幹部がいる会社が勝つのだと思います。…」
介護労働者が、他の業種や職種に比べても低賃金、重労働、無権利状態に置かれていることは良く知られています。コムスンの社長は、介護労働者にそうした境遇を受け入れさせ、そうした劣悪な労働条件下でもなお文句を言わず黙々と働くことを強いるため、宗教的手法まで利用するというのです。
福祉や介護の現場では、「社会のため」といった大義名分を悪用する事業者・経営者が少なからず存在します。コムスンの社長はさらに露骨に、宗教的マインドコントロールまでも労務管理に活用し、労働者に劣悪な労働条件を押し付けようというのです。
労働者は、こんな経営者を許しておくことは出来ません。こんな経営者が、介護業界、福祉業界の寵児のようにもてはやされている状況をがまんすることはできません。コムスンのようなリストラ計画が、他の事業者の中からも出てくる可能性が、ります。首切り、労働条件のさらなる切り下げの攻撃と闘っていく必要が、ります。
今回はコムスンについて書いてみましたが、コムスンの経営方針が「けしからん」と言うだけでは、りません。企業で、る限りは利益を得ることしか考えていず、そのためには労働者や市民のことなどおかまいなしで、る事は、何より私たちが日々実感していることです。それは介護(福祉)で、ろうと他の業界で、ろうと同じ事で、私たちは利用者としてまた労働者として、ただただ利潤の追及に、けくれる企業を追及していく必要が、ります。
高齢者や弱者の要求が汲み上げられる事業が営利企業のもとで本当に成立するのかどうか、またいかにすればそのでたらめさを規制できるのかを、、わせて考えていかなければならない時にきているのだと思います。
(Y)
矛盾あらわになる介護保険
施行からわずか2ヶ月にして
介護保険制度の制度が実施されて早2ヶ月が終わろうとしている。施行の前から利用者囲い込みが先行し、悪質な例も少なくなかったが、今や居宅介護支援事業者とサービス提供事業者を同事業所で抱えているヘルパー派遣会社の事業縮小が広がっている。
大手のコムスンの人員削減報道に見られるように、経営難に追い込まれるケースも出てきており、ましてや家政婦紹介所から規模を広げてきた中小のヘルパー派遣会社では運営面、経営面のほころびが大きくなってきている。
私が知っているだけでもそうした事業者が3ヶ所あり、最近中野区でもケアプランを抱えきれなくなった居宅介護支援事業者が100ケースを新しく事業を展開し始めた別の事業者へ丸投げしたとの話も聞いた。十分に予測されていたことはいえ、甘い汁を求めて福祉に群がって、淘汰されていく企業の末路をみるようである。
先日ケアマネージャの懇親会があり、率直な意見が出された。最も多かったのはサービスの供給量の絶対数の不足についてであった。具体的にはデイサービスセンター、ショートステイ、ヘルパー、入所施設、訪問リハビリ、入浴サービス、そしてケアマネージャーである。
ケアプランを作成する際、平均3件くらいサービス提供事業者を当たらないと実質的にサービスに結びつけないのが現状である。またサービス事業者から断られた理由については定員オーバー、ヘルパーの人員不足。ショートステイについては稼働率が90%以上を超え、緊急ショートを受けられない現状など、安定供給にはほど遠いヘルパー派遣の実態が浮き彫りにされた。
受け皿であるサービス供給の絶対量の不足が、利用者の選択の自由などのうたい文句を絵に描いた餅にしてしまい、その権利を奪っている。介護保険制度の中身のなさが、この2ヶ月で利用者にも実感できるものになったのではないか。
またサービスの利用料金に対する本人や家族のの受け止め方については、介護保険が対象者とにらんでいる中高所得者層については負担軽減になったとの声が多い。それに対し低所得者層にとっては負担増となり、サービスを減らすなどの利用規制を自ら選択するケースも少なくない。
介護保険制度の矛盾点は開始前より予測されてきたが、開始2ヶ月ではや現実のものとなってきている。
(T)
南北朝鮮会談
「歴史的対話」で体制基盤の強化を目指す南北の支配層
「平和」「解放」を願う労働者・民衆の本当の声を突きつけていこう! (上)
■3度目の正直?
6月14日、韓国の金大中大統領と北朝鮮の金正日総書記は平壌で会談し、@南北間の和解と統一A緊張緩和と平和定着B離散家族の再会C経済・社会など多方面の交流――の4項目で合意、署名しました。他にも、韓国側から北朝鮮に対し連絡代表部の相互設置やシドニー五輪開会式への南北チームの同時入場や来年大阪で開かれる世界卓球選手権での統一チーム結成の提案が行われ、また日米との関係改善を行うよう要請がなされ、さらに金正日への訪韓要請が行われ合意に達したとされています。
16日ソウルに降り立った金大中大統領は、「55年間の分断と敵対に終止符を打ち、民族の歴史に新しい転機を開く時にいる」「これからは戦争はない、世界が我々の市場だ」と語りました。またアメリカや日本が大きな関心を持つ核やミサイルや在韓米軍の問題、北朝鮮を敵視した韓国の国家保安法などについても議論して「よい見通しを得た」と述べました。さらに統一案をめぐっても、一つの中央政府への軍事・外交権の集中を説く北の「連邦制」、それぞれが軍事・外交権を持つべきとする韓国の「連合制」の隔たりにもかかわらず、両者の共通性を確認することができたと語っています。
南北の対話や統一を謳った声明や合意はこれまでにも72年の7・4南北共同声明、92年発効の南北基本合意書などがあり、それぞれ韓国当局による金大中拉致事件、金日成の死去などでいずれもとん挫しています。しかし今回は両国の首脳が直接に会談して合意したもので、過去の二つの声明や合意とは重みがちがうのだとも言います。
この南北会談と4項目合意などに対して、韓国内外のマスメディアも「歴史的な会談」「新時代の到来」とかつてない熱っぽさで報じています。日本の国内でも、「朝鮮半島=東アジアの火薬庫」の認識はもはや過去のものとなりつつある、米軍のアジア・太平洋地域での10万人兵力展開は根拠を失いつつある等々の議論が活気づいています。
しかし果たして私たち労働者・民衆は、こうした分析をそのままに受け入れることが出来るでしょうか。韓国や北朝鮮の支配層が演出する「和解と統一」「緊張緩和と平和」にどこまで期待を寄せることができるのでしょうか。
金大中や金正日ら朝鮮半島の支配層をして南北会談に走らせた背景、両国支配層のそれぞれの思惑、南北朝鮮を取り巻く国際環境、アメリカや中国の動向などの検討を通して、このたびの南北会談が持つ労働者・民衆にとっての意味、朝鮮半島をめぐる情勢の今後の見通しなどを考えてみたいと思います。
■「話し合える指導者」?
今回の会談で北朝鮮は対外イメージの大きな改善を勝ち取ったかのようです。トレードマークのサングラスをふつうの眼鏡に替えて快活に笑いジョークを飛ばす金正日の振る舞いは、「陰険で横柄」「異常」との先入観に替えて「話し合える指導者」との印象を西側の人々に与えたのだそうです。
しかし西側の情報操作が作り出した「エキセントリック」なイメージも、それをうち破るために演じられた「正常なリーダー」のパフォーマンスも、労働者にとっては二次的三時的な事柄です。重要なことは、金正日と金大中が百花園迎賓館で会談や交渉や宴会をやっている間も、北朝鮮の圧倒的多数の労働者・民衆は食う物も食わず、日夜厳しい労働に駆り立てられ、完全な情報統制の下に置かれ続けていたということです。
実際金正日は、再会を待ち望む離散家族の姿を報じる韓国のマスコミを話題にするなど外国の報道に自由に接していることをひけらかす一方、「歴史的」とまで言われるこの南北会談について自国内では驚くほどわずかな報道しか許さず、国民を完全に蚊帳の外に置きました。このこと自体、この国がその国名に謳う「民主主義」とはまったく無関係の国、金正日ら一部の特権官僚が欲しいままに権力をふるう独裁国家以外の何ものでもないことを暴露しています。
北朝鮮の支配層が、国民を少数の「核心階層」(上は金一族を頂点とする党・政府・軍の高級幹部から下は中堅・下層幹部まで)、圧倒的多数の「動揺階層」(一般労働者や農民など勤労階級)、その下に置かれた「敵対階層」(旧植民地時代の支配層とその子孫、日本からの帰国者など)の3カーストに分けて統治していることは良く知られているとおりです。核心階層には寄生的で特権的な生活を保証して体制への忠誠を尽くさせ、動揺階層には「千里馬運動」だ「速度戦」だ「200日戦闘」だといった過酷な動員政策と耐乏生活を強要し、敵対階層には炭坑や僻地の農場など最も劣悪な労働環境・自然環境の下での酷使と飢えとを強いているのです。食糧難を口実に外国から手に入れた食料も、それを最も必要としている人々の手には届いていないこともNGOなどの証言で明らかになっています。
もちろん政治的な意見の相違や対立が公然たる議論を通して解決されるなどということはこの国ではあり得ず、突然の粛正や逮捕・監禁・抹殺が常套手段となっています。権力は親から子へと世襲され、権力者は「首領様」とあがめられ、人々は「みなこぞって首領への燃える忠誠心を抱き、首領の教えと政策を無条件にあくまで擁護貫徹する革命的気風を徹底的にうちたて」ることを強要されているのです。
こうした体制は、社会主義でもそれをめざす労働者民主主義の体制でも何でもありません。一部の特権的官僚による労働者・民衆への独裁以外のなにものでもなく、それどころか封建王朝まがいの王による民衆への専制支配の体制と言っても良いくらいの代物です。
かつてのソ連のスターリン体制は、帝国主義的列強諸国の包囲の下で自国の半封建的な遅れた経済社会を急速に工業化させる手段として労働者・民衆に対する独裁的権力の行使と厳しいイデオロギー的統制を用いました。北朝鮮の金日成・金正日体制もまたそれと同じやり方、それどころかスターリン主義をさらに徹底化・極端化したやり方で、労働者・民衆の犠牲の上に経済・国家建設を追求してきたのです。
■矛盾深める北の国家資本主義体制
しかし北朝鮮の体制を見るときにさらに重要な問題は、そうしたやり方が次第に通用しなくなりつつあるという点です。
先に述べたように、北朝鮮の経済・国家建設の方法は基本的にソ連型をまねたものであり、労働者や農民などを徹底した無権利状態と激しい搾取・収奪のもとに置き、彼らから搾り取った富を国家の一手に集中してそれを国家資本として投資していくというやり方でした。そしてそれはしばしば客観的な経済的諸条件を無視した観念的で精神主義的な動員政策を伴いました。
こうした北朝鮮における官僚統制的な経済・国家運営は、1978年から84年にかけての第2次7カ年計画の途中、当時山場にさしかかっていた金日成から金正日への権力世襲工作を後押しするために打ち出された「10大展望目標」をきっかけに、それ以前にも増して観念的で行き当たりばったりのやり方に傾斜していきました。「大記念碑的創造物建設」と銘打って170メートルの主体思想塔、世界最大の凱旋門、人民大学習堂、金日成競技場、30万ヘクタールの干拓地造成、20万ヘクタールの開墾、泰川発電所建設等々の事業が計画され、それにモノ、カネ、ヒトを総動員し、「速度戦」「200日間戦闘」を連発して人々を過重な労働に駆り立てるやり方が強行されたのです。
もちろん客観的条件を無視した恣意的きわまりないこうした計画の結果はさんさんたるものであり、その顛末は公表されることさえありませんでした。続く第3次7カ年計画(87年〜93年)でも観念的で精神主義的な動員政策が繰り広げられましたが、結果はやはり同じでした。北朝鮮の経済は昨日までの政策の成果も語れず、次なる計画も打ち出せずといった、きわめて深刻な状態に陥ってしまったのです。
それに追い討ちをかけたのが、ソ連の崩壊でした。北朝鮮は長らくソ連の石油や機械・設備などに依存していましたが、この強力な後ろ盾を失ってしまったのです。ソ連から入る石油、機械・設備などが細り高騰したことは北朝鮮の経済を直撃し、それを崩壊寸前の状況に追いやりました。北朝鮮は、まさにどん詰まりの状態に陥ってしまったのです。
こうした中で北朝鮮は、「南を解放する革命基地」を気取る余裕などもはやすっかり失い、何よりも体制の延命を果たすために、それまでのやり方に手直しを加えざるをえなくなりました。企業における独立採算性や農村における「分組」(請負制)の導入、そしてロシアや中国の国境に接する北部地域の羅津、先鋒、清津の3港を自由経済貿易地帯とする計画などを、きわめておずおずとではあるが打ち出してきたのです。
もちろんその一方では、核・ミサイル開発カードを使った危険な瀬戸際政策が繰り広げられました。アメリカは一時は本気で北朝鮮への軍事攻撃を検討しましたが、日本の軍事協力の取り付けが整わず断念されました。現在アメリカは「軟着陸」路線に舵を切り、本格的な経済制裁解除まではいかないものの、北朝鮮の存続を容認する政策に移行しています。韓国もまた、東ドイツ崩壊による東西ドイツの統一が旧西ドイツに多大な困難をもたらしたことを見て、その二の舞いを避けるべく太陽政策を選びました。ロシアや中国も、自らの市場経済化や改革開放政策を成功させるためにアジア地域の安定を必要とすると同時に韓国の経済力の活用の思惑からも、北朝鮮の暴発や崩壊の回避、南北の共存を求め、硬軟とりまぜたやり方で北を促しました。そして日本もまた、アメリカや韓国に続いておずおずと北朝鮮との「対話」の道を進みはじめました。
米・韓・日の「軟着陸」誘導路線は、他方での北朝鮮へのリアリティーのある軍事攻撃の威嚇、米韓のチームスピリット演習や日米新ガイドライン体制の確立と一体のものでした。そこに貫かれているのは、米・日・韓の資本の利害と野望であることは言うまでもありません。とりわけ、かつての朝鮮侵略と野蛮な支配へのまともな反省も賠償も行うことなく、再び朝鮮半島を標的にした軍事体制を強化しようとしている日本の資本や政府の醜さは、格別と言わねばなりません。
金正日ら北朝鮮の支配層は、「南の解放」どころか自らの体制の存続そのものが危ぶまれるような深刻な経済的社会的危機に直面して、核・ミサイルカードや「暴発」の脅しで米・日・韓と激しく渡り合いつつ何とか体制存続の保証を取り付けました。そしてこの保証をいっそう確かなものとするために、対話の対象を制裁解除に消極的なアメリカから、北朝鮮のやり方にアメリカほどには文句もつけず、経済的な実力もそこそこにつけ、すでに北朝鮮への企業進出も進んでいる韓国に移してきたのです。結局もっともくみしやすいのは韓国だというわけです。
■対話路線と独裁維持のジレンマ
もちろん北朝鮮支配層のこうした一連の行動の目的が、北の労働者・民衆の生活向上や幸福にではなく、ただただ支配者としての自らの地位と安全の保証にのみ置かれていることはいうまでもありません。そうである以上、対話路線にともなう西側情報の流入などが北朝鮮の体制弛緩をもたらす兆候が見せはじめれば、彼らが再び鎖国・対決路線に復帰する可能性も大いにあり得ます。対話路線を通して西側の援助を得、また資本や技術を導入し、経済を建て直し支配基盤を強化したいが、それが金正日独裁体制、官僚主義的支配をゆるがせにする事態を招来するならば対話路線とはおさらば、というわけです。金正日は、経済社会危機から抜け出すために対話路線という危険な賭けに手を染める以外に方法が無くなったのですが、この路線は金正日独裁体制との間に新たな深刻なジレンマを生じさせようとしているのです。
ともあれ、南北対話開始は北朝鮮の支配層にとってひとときの息継ぎの機会とはなっているようです。南北合意の中で「自主的統一」を謳った部分は、金正日にとってとりわけ重要なものでした。「統一」は建国以来の党是、国是であり、労働者・民衆の北朝鮮の体制への疑念をかわし、批判を押しつぶす上で、大きな効果を発揮するのです。また同時に「自主」は、在韓米軍問題などで韓国を揺さぶるてことして重宝されるに違いありません。
次号では、首脳会談と合意にいたった韓国側の事情、朝鮮半島を取り巻くアメリカや日本、中国やロシアの動き、今後のアジア・太平洋情勢の展望などについて考えてみたいと思います。
(阿部治正)
小さな旅
これが揚水発電だ!
春休みに但馬路を訪れました。
あいにくの雨でしたが、あさご芸術の森美術館には数多くの彫刻が佇んでいました。館内だけではなく、野外彫刻公園にもいくつもの作品が展示されていて、晴れていたらもっとゆったりとした気分になれたでしょう。
この美術館の背後に石積みの斜面があり、その向こう側は多々良木ダム湖になっています。この石積みはロックフィルダムというものだそうで、よく見かけるコンクリートの壁とはずいぶん違った印象を受けます。たぶんこれを見たら、誰でもその向こうに何があるのか確かめずにはおれなくなるでしょう。
多々良木ダムの東にもうひとつのダム、黒川ダムがあります。こちらも同じロックフィルダムで、その石積みの下には黒川温泉があります。温泉といってもお風呂屋さんと民宿が一軒があるだけで、私たちはこの温泉に入って、民宿に泊まりました。雨のなか、傘を差しながら露天風呂に入るのも、なかなかのものでした。
ところでこのふたつのダムは何か。雨が上がった翌朝、山道を車を走らせて石積みの上まで行ってみました。黒川ダム湖の案内板によると、奥多々良木発電所のためにこのふたつのダム湖は利用されているようです。そこには風車も一基設置されていて、これには黒川風力発電所という名が冠されています。結構風の強い日でしたが、その風車は全く回る気配もなく、単なる観光用の飾りのようでした。
このふたつのダム湖を使ってどのように発電をするのかというと、夜中に多々良木ダム湖から黒川ダム湖に水を運び上げ、昼間は黒川ダム湖から多々良木ダム湖に水を落として発電するのです。何でそんなことをするのかというと、原子力発電によって供給される電気は夜間は使い道がなく余ってしまうので、その電気で水を運び上げておくのです。そして、電気の需要が集中する昼間にここで発電された電気を活かすというわけです。
この仕組みを揚水発電といい、原子力発電にはなくてはならない付属施設となっています。火力や水力での発電であれば、需要にあわせて供給を調節するのは簡単です。しかし、原子力にはそんな小回りは利きません。必要のない電力まで供給し、そのつじつまを合わせるためにありもしない需要を作り出さなければならないのです。
原子力発電のためには、ウラン鉱石の採掘から使用済み燃料棒や原発解体後の核廃棄物の処理に至るまで、数え切れない障害が立ちはだかっています。しかも、そのいずれの過程においても放射能汚染がついてまわります。原発に未来はない、と言われるゆえんです。
その上さらに、揚水発電などという壮大な無駄を積み上げているのです。その仕組みからして、水を汲み上げるために消費される電力と発電によって生み出される電力とには大きな差があり、必要悪という枠にすら納まらない最悪の環境破壊行為です。なぜなら、無駄なエネルギーの環境への放出はエントロピー(汚染)を増大させてしまうからです。
と言うような次第で、この双子のダムには原子力発電の秘密が隠されているのです。このような揚水発電施設は全国に数多くあるはずです。読者の皆さんも、近場で探してみてはどうでしょうか。また、奥多々良木発電所を訪れるのでしたら、生野銀山に寄ってみるのもよいでしょう。
(晴)