深刻化する失業問題
  実態は10%を越えるとの見方も
   リストラ・首切りを許さぬ労働者の闘いの強化を!

■実際の失業率は欧州に匹敵

 首切り・リストラの嵐が吹き荒れ、完全失業率は5%近くに達しています。もちろんこの5%という数字は政府発表の公式数字です。われわれ労働者の実感からはずいぶんとかけ離れています。
 4月4日の『日経』紙の「経済教室」が、興味深い議論を展開しています。日本の実際の失業率は公式発表の1・5倍から5倍くらいの高さで推移してきており、現在では10%前後に達しているというのです。友人や知人やご近所や親戚の中に何人もの失業者を知っている、われわれの実感にいくらか近い数字です。
 政府発表の公式失業率が実態より低く算出されるのには理由があります。調査期間である月末の1週間の間に1時間でも仕事をした者、同期間に事情があって具体的な求職活動ができなかった者は、失業者とは見なされないのです。また職探しに疲れ果てて求職活動を停止してしまった者、ある意味では深刻さの度合いが増しているとも言えるこうした失業者が、計算に入っていないのです。
 これに対し『日経』紙の論文は、この求職意欲を失った人々を正当にも失業者の内に含め、その数を計算式の分子と分母にそれぞれ加えて、失業率を算出したのです。その結果は、左の表の通りです。
 今から10年ちょっと前、バブルのはじける前後の公式失業率は男性2・4%、女性2・7%で、政府も企業も日本はまだ完全雇用状態だと見得を切っていました。ところがその時期の実際の失業率は男性4・1%、女性にいたっては12・9%という高さでした(いずれも潜在失業率Aの数字)。2年前の99年では、実際の失業率は男性7・0%、女性15・7%に達しています。論文は、日本の失業率は実際には10%前後の高失業に悩むヨーロッパ諸国と同水準と見なすべきだ、と論じています。
 日本経済の不況はますます深まろうとしています。アメリカの株価の急落に続き日本の株価もバブル破裂以降の最低を更新しました。政府は緊急経済対策を発表し、不良債権の直接処理に乗り出すと言っています。それにともなって生き残れる企業を選別し、そうでない企業を淘汰していくとも言っています。緊急経済対策に沿って仮に22兆円の不良債権が最終処理された場合、130万人が新たに失業し、政府の公式失業率ですら7%近くに達してしまうだろうとの試算もあります(ニッセイ基礎研究所)。リストラ・首切りの嵐がさらに激しく吹き荒れることは必至です。

■政府の雇用対策はリストラ支援策

 政府の緊急経済対策は、もちろん雇用対策も含んではいます。しかしその中身はこれまでの対策の単なる焼き直しにすぎません。バブル崩壊以降いくつもの雇用対策が実施されてきましたが、失業は減るどころか増える一方で、何の効果もあげてきていません。今度の雇用対策もまた、その二番煎じ、三番煎じ以上ではありません。
 緊急経済対策とともに打ち出された雇用対策は、一昨年6月に打ち出された緊急雇用対策とほぼ同様です。その柱は、「新規・成長分野雇用創出特別奨励金」と「緊急雇用創出特別奨励金」のふたつです。
 前者は、ITやバイオや環境や介護や教育など15の産業の企業が中高年者を雇い入れた場合に、一人当たり70万円を支給するという事業です。99年の補正予算で900億円が計上されましたが、今年2月までの支給実績はその1割強にとどまっています。たとえ全額が消化されたとしても、15万人の雇用しか生み出すことができません。
 後者は、失業率が5%を越えた場合という条件の下で、中高年者を雇い入れた企業を支援する事業です。600億円が計上され、2月末までの支給実績は16億円です。こちらも全額消化されたとしても、雇用増は20万人にすぎません。
 両者合わせても35万人、実質は10%を越えるという大規模な失業が定着し、さらに緊急経済対策の実施で新たに百数十万人の雇用が失われようというときに、これでは焼け石に水、何の役にも立たないことは明らかです。
 そもそも政府の雇用対策は、失業に追いやられた労働者の苦しみや困難を少しでも緩和しようという立場から実施されてきたのではありません。それは何よりも「供給面での体質強化」「産業競争力の強化」こそが重要だというものであり、そのためのリストラ推進策の一環として打ち出されてきたのです。企業がよりスムースに、より大胆にリストラに乗り出せるような環境を作るために、政府の雇用対策が講じられているのです。
 しかもその手法や内容は、「雇用ミスマッチ解消」策と称した民間職業紹介事業などの活用、「エンプロイアビリティ(雇用されうる能力)の向上」つまりは労働者個々人の責任での職業能力の向上の努力等々、そして全体として雇用問題を市場調整によりいっそうゆだねるものとなっています。職業訓練や能力開発への支援もないわけではありませんが、きわめて矮小で目立った効果は期待できないものとなっています。

■失業を生まぬ社会を

 雇用と生活を守ることが、労働者の当面の最大の課題の一つとして大きく浮かび上がってきています。労働組合やその他の労働者組織の役割がきわめて大きくなってきています。
 企業のほしいままなリストラ・首切りを許さないための、現場の労働者や労働組合の闘いを強化していくとともに、解雇規制法の制定をめざす闘いを発展させていく必要があります。また万やむを得ず工場・事業所閉鎖や倒産を余儀なくされた場合には、企業と政府に新たな仕事を確保・保障させなければなりません。希望する労働者には、新たな技能や技術を獲得するための訓練や教育を、その間の生活保障とともにとともに保障させていくことが重要です。企業や財界が持ち出してきているワークシェアリング論に対しては、それを可能な限り労働者に有利な形で実行させるための取り組みが必要です。
 財界や企業は、ワークシェアリング論を労働者への賃下げ強要の手段として、また賃下げと失業問題緩和の一石二鳥の方策として打ち出してきています。いくつかの企業ではすでに部分的に実施に移されてもいます。リストラがいっそう大規模に展開されようとしている状況の中で、この流れは今後さらに強まることが予想されます。
 労働者は、ワークシェアリングをめぐる攻防において、これを賃下げの口実とさせることを断じて許さず、逆に労働者同士の連帯と団結を強める方向で闘っていく必要があります。解雇攻撃にさらされている労働者、そしてすでに失業状態にある労働者の仕事と生活の問題を、労働者全体の討議や合意を通して、労働者同士が連帯を強める方向で解決していくことが重要です。
 労働時間の短縮を通した仕事の分かち合いは、単に雇用維持のための緊急避難と言うにとどまらず、闘い方とその成果如何によっては、労働者が様々な文化活動や社会活動、政治活動に活発に参加するための条件を押し広げます。企業の利潤追求活動への労働者の規制力、地域社会や自治体や国政への労働者の影響力や発言力を増大させていく条件を拡大させてくれます。
 企業や財界が失業問題の緩和策としてワークシェアリングを持ち出してきているのは、賃下げの口実としたい、失業給付とそれへの国庫負担の増大を避けたい等々のエゴイスティックな動機からにすぎません。しかしワークシェアリング論の登場には、企業や財界は知る由もないより深い背景があります。現代のきわめて高度に発展した生産力、しかもその生産力が従来の機械技術から情報通信技術を中心としたものへと急速に移行しつつあることが、人々の生活や要求を変化させているという現実があるのです。
 この変化は今日の長期不況の背景をなすものでもあるのですが、同時に他面では人々の生活や要求や意識を大きく変化させつつあるのです。高度に発展した生産力、その情報技術化は、人々が仕事と労働生活に明け暮れるだけでなく、労働時間の抜本的な短縮、その下でのより多面的で豊かな生活を可能とする条件を発展させつつあるのです。
 失業を跳ね返すための闘いをさらに強めるとともに、今日の大不況・大失業の問題が提起しているもうひとつの問題、高度な生産力と利潤がすべてという狭い生産動機との間の矛盾の解決に取り組むことが、労働運動の切実な課題となってきています。資本主義に変わる新たな社会を展望しつつ、リストラ・首切りの嵐と闘っていこうではありませんか。
 (阿部治正)



郵政職場から
  秋田地裁―大曲郵便局分限免職を撤回

●大曲郵便局分限免職裁判とは?

 1990年以降、出勤簿の勤務時間内押印、座り区分、構内無許可駐車などで減給や戒告など5回の懲戒処分などを受けた大曲郵便局員に対し、同局長は97年6月23日、「国家公務員として必要な適格性を欠く」として分限免職にした。それに対し郵便局員は、人事院への不服申し立てを経て98年9月に提訴した。
 2月23日午後1時20分、秋田地裁において分限免職取消の判定があった。判決は、「免職の場合における適格性の有無の判断については、特に厳密、慎重であることが要求され、裁量的判断を加える余地が狭いものと解すべきである」、「非違行為の内容も、原告の従事していた郵便外務事務と直接関わらない職場規律に関するものが多く、郵便外務事務への支障の有無は証拠上必ずしも明らかではないこと」とし、「裁量権の行使を誤った違法があるというべきである」と判断した。

●仕事に関係ないことで処分した郵便局長

 分限免職になった須藤さんは、要するに仕事はちゃんとやっていたが、仕事のやり方をめぐって上司の言うことを聞かなかっただけで処分を積み重ねられた。まさに狙い撃ち処分である。
 須藤さんの仕事は、郵便配達である。誤配や遅滞をしないことが、最大のポイントになる。
 それに対し郵便局長の出した処分は、出勤簿の勤務時間内押印、座り区分、構内無許可駐車などであるが、これらについて判決は、すでに改善しているし、業務に与える影響は大きくないと判断している。
 安易な分限免職に歯止をかけた画期的な判決である。
 ただ、地裁以上に行政よりの判断をくだすことが多い高裁は、厳しい闘いが予想される。そうした意味では、最終的に分限免職取消の判決が確定するまでは、気を緩めることができない。更なる闘いが必要だろう。
       (河野)



堂本千葉県政は新自由主義リベラル
    労働者・市民の改善・対案提起と監視・チェックが重要な課題に

 千葉県知事選で堂本暁子氏が当選し、新知事に就任しました。
 選挙戦は、自民党推薦で前沼田知事後継の岩瀬氏に対し、民主党推薦の若井氏、共産党推薦の河野氏、市会議員出身の角田氏、そして市民団体などが押し立てた堂本氏が挑む闘いとなりました。岩瀬氏は旧来の保守地盤を固める選挙に徹し、若井氏、河野氏、角田氏、堂本氏らは無党派層の票の掘り起こしと吸収をねらう運動を展開しました。
 しかし若井氏は途中からむしろ民主党色を意識的に押し出す運動に転換、河野氏が共産党お抱え候補であることは誰もが知っており、角田氏は知名度も組織力も圧倒的に不足、結局沼田県政への不満票・無党派層の票は、堂本氏により多く集中することとなりました。とりわけ堂本氏は、かつての政党経歴はおくびにも出さず、政策の独自色さえ控えめにして、「無党派」の風を吸収するイメージ作戦に意を注ぎました。
 かくして今回の千葉県知事選でも、長野や栃木に続き「無党派」が勝利を収め、有権者の間に既成政党への大きな不信感が存在していることを、再び三度明らかにしました。
国民総ひんしゅくの森首相に象徴される自民党政治のどん詰まり、それに取って代わるべき説得力ある政策や進路を示せないばかりか片足をまだ古巣の自民流政治に突っ込んでいるかの野党、不況と失業、教育の荒廃、介護や医療や年金などへの不安等々の中で多くの人々が閉塞感に陥っています。しかし同時に野党のていたらくも手伝って、こうした状況をうち破る明確な見通しを得ることも出来てはいません。そうした中で、既成政治・政党政治にせめてもの「ノー」の意思表示を望んだ、それが今回の選挙結果だと言えるでしょう。
 選挙が終わったいま、私たちの関心は当然にも今後の堂本氏の動向に注がれます。堂本氏は選挙戦の中で「無党派」「県民・市民の代表」を呼号しました。しかしこれはあくまでも長野、栃木などの知事選の経験を踏まえての選挙戦術であり、堂本氏の政治や政策の本筋を示すものではありません。
 周知の通り、堂本氏は社会党議員として政治生活を開始し、次にさきがけに移り、中央政界での与党生活も経験しています。日本の政治が、自社対決・保革対立の2極時代から、ソ連崩壊や自社さ連立・社会の自由主義政治への溶融を経て、資本家的守旧派と資本家的リベラルへの2極化・2重化していく中で、堂本氏はリベラルの道を選び与党の椅子も体験しながら進んできたのです。
 堂本氏の政治的立場は、日本の資本家的政治の一翼である新自由主義のリベラル派にかなり近いものと言えます。このことは、堂本氏の選挙公約自体からも容易に見てとれます。
 例えば今回の知事選では、東京湾の三番瀬の埋立て・開発問題が大きな争点となり、堂本氏は「白紙撤回・自然の回復」をスローガンに掲げました。しかしこの三番瀬問題は、沼田後継の岩瀬氏が「環境保全」の主張でお茶をにごした以外は全員「開発反対」の立場を表明していることはさておいても、政府・環境庁ですら「抜本的な見直し」を強く要求するなど、千葉政治でも中央政治でもすでに半ば結論の出ている問題でした。
 同様の問題は全国津々浦々で見られ、多くの公共事業計画が見直され、途中で頓挫しはじめてもいます。その背景には何よりももちろん、よりラジカルな立場からねばり強く乱開発反対運動などに取り組んできた市民運動・住民運動の圧力があります。しかしそれとともに、資本家自身が、経済波及効果の怪しくなった大規模公共事業に疑問を持ちはじめているという事情もあります。とりわけ多国籍企業やIT関連業界とその政治的代弁者たちは、国家財政をゼネコンなどへの大盤振る舞いから自分たちの方に向け直させるよう、また自分たちの負担を軽減するために小さな政府をめざすよう主張しています。
 長野の田中康夫知事が市民の大きな期待を集める一方で、地元資本家の一部の強力な支持を得、また小沢一郎の自由党などからもエールを送られているのは、こうした事情からなのです。資本家勢力の公共事業防衛派と多国籍企業派・IT派の綱引きの最終的な決着はまだついていないとも言えますが、歴史的の趨勢が後者に味方していることは明らかです。
 また三番瀬と並んで大きな争点となった経済・財政問題では、堂本氏は、医療や福祉や教育や環境の分野で新産業を起こして税収を確保する、という政策を掲げました。これもまた新自由主義派に特徴的な政策です。「ベンチャー」「市民企業」等々にテコ入れするのだと言いますが、要するに医療や福祉や環境や教育の分野を民間にゆだね、よりいっそう市場原理を持ち込むということです。三番瀬問題で政府・環境庁自身が開発の抜本見直し要求を行っているのと同様、この医療・福祉・教育等々での地域・生活密着型の新産業起こしについては、経済産業省がかねてから主張しています。堂本氏は、この点でも、中央政府の関心と期待を集めているのです。
 もちろん堂本県政は以前の沼田県政よりは交渉相手としてましであることは確かです。環境問題でも、医療や福祉の問題でも、労働者・市民の側からよりラジカルな内容の改善案や対案を提出して堂本県政にプレッシャーをかけていくとともに、しっかりとしたチェックと監視の体制をつくることが重要となっています。
    (治)



《資料》
  社会主義連合の選挙綱領(草案)
     オーストラリアにおける広範な左翼の共同の試み

【訳者前書き】
 オーストラリアでは、本年秋(一一月の可能性が高い)の連邦議会総選挙に向け、社会主義連合 Socialist Alliance がニ月十七日に発足しました。以下に訳出した選挙綱領草案 Draft Platform of the Socialist Alliance は、社会主義連合を結成した八つの左翼政党・グループによる暫定的な政治的合意を表しています。来る連邦議会選挙のための最終的な綱領は、継続討議され、今年半ばに開催される第一回大会にて正式に決定されるようです。
 結成に加わった八つの組織とは、自由社会党 Freedom Socialist Party /民主社会党 Democratic Socialist Party /国際社会主義組織International Socialist Organisation /社会主義的民主主義 Socialist Democracy /労働者共産党イラク(オーストラリア)Worker-Communist Party of Iraq (in Australia) /労働者の力 Workers Power /労働者同盟 Workers League /労働者の自由 Workers Liberty です。結成にあたっての八つの組織の独自な見解がそれぞれ短い声明として明らかにされています。(http://www.socialist-alliance.org/参照)
 社会主義オルタナティブ Socialist Alternative もこの連合に後から加わっています。また、社会主義連合には、九つの政党・政治組織だけでなく、労働組合や多様な個々人が参加しています。
 オーストラリアでは、労働党政権の後を受けた自由党政権の下で、新自由主義的政策が吹き荒れ、民営化、人々への高負担、生活水準や公共サービスの低下をもたらし、持てるものと持たざるものとのギャップが拡大しています。連邦選挙の前哨戦ともいえるニ月の二つの州議会選挙では、人々の憤懣を反映し、自由・国民党連合が敗北し、労働党および極右のワンネーション党が躍進しています。社会主義連合は、自由党政権ならびに労働党、極右政党に対抗して、労働組合や地域コミュニティを巻き込んで新自由主義的政策へのオルタナティブを提示し、労働者、失業者、年金生活者、障害者、先住民、移民、反差別と性的自由などの利害を代表して戦線を拡大しています。
 オーストラリアにおける社会主義連合とその選挙綱領は、日本における選挙闘争や広範な左翼の協議・協働のありかたにとっておおいに教訓となると思います。また、日本での革命プログラム協議にも貴重な参考データとなるに違いありません。以下、ご検討いただければ幸いです。
(翻訳:津村 洋 http:/www.ngy1.1st.ne.jp/~ieg)

■社会主義連合の選挙綱領(草案)
 社会主義連合は、社会的耐乏、民営化、規制緩和といった利潤追求の経済的合理主義の政策に全面的に反対する綱領に立脚します。途方もない富がごく一握りの手に集中されている一方、私たち多数は、輸送の大混乱、低賃金、仕事の不安、ホームレス、人種主義、環境破壊に直面しています。私たちは、コミュニティのパワーを高め、社会の富を再分配することで、仕事を創出し、公共サービスを拡大し、福祉やサービスを増進することができます。
 オーストリアの莫大な富がごく少数の手に集中しています。権力の少数の手への集中をやめさせることによってのみ、現にある富を働く人々の利益のために使うことができます。すべての主要産業は、社会的な対策として必要に応じて公的に所有され、労働者やコミュニティによって民主的にコントロールされるように再組織されるべきです。
 社会主義連合は、労働者階級の闘いの声を伝え、労働者階級の政治的代表を送り込む必要から、来る連邦議会選挙に候補者を立てます。私たちは、労働党にとってかわって対案を提案し、立候補します。私たちは、消費税GST、健康、教育などの諸問題において、労働党がその支持者たちの要求にほとんど応えていないことをわかっています。社会主義連合は、人種主義者で右翼のポーリン・ハンセン率いるワンネーション党 One Nation Party に全面的に反対して立候補します。
 社会主義連合の候補者は、選出されれば、議員報酬の特典や個人的収入を拒否し、平均的な労働者なみの賃金しか受け取りません。社会主義連合の候補者たちは、議会において労働者の闘いや社会的諸運動の声を伝えるためにその地位を活用し、反動的諸政策と闘い、職や生活条件にたいする攻撃を打ち破るための大衆的キャンペーンを促進します。
 変革のための運動は、すべての労働者、環境、反人種主義や他の社会的諸運動の政策、キャンペーン、産業的な闘いや協働によって創造され、企業の社会にたいする支配にたいする対案を重視するものです。
 支配階級の攻撃に全面的に対抗する持続的な大衆的キャンペーンは、資本主義を、協働、民主主義、エコロジー的保全に基づく社会主義社会に取ってかえるための諸勢力の統合をもたらしています。

★消費税を廃止し、金持ちに課税を!
・金持ちに課税し、軍事費を削減し、健康・教育および介護を必要とする人々への無償の全面的資金提供
・無料の高等教育
・無料の質の高い保育
・消費税GSTを撤廃し、金持ちの所得・利潤・富にたいする高度の累進的課税 近年の事業税の劇的な削減を覆すこと
・無料の質の高い老人介護
・社会保障、失業手当の充実 相互保険制度の義務化反対

★企業の貪欲を排し、公共の必要を!
・私立の学校・病院・健康保険にたいする政府の資金提供の廃止
・裕福な学校への資金援助の廃止
・私的な健康サービスにではなく、老齢者医療保険制度への資金を
・公共サービスの拡充

★労働者に全面的な権利を!
・すべての労働者が組合に加入する権利を持ち、経営者が組合を承認し組合と交渉する義務を有する 労働組合は労働現場に出入りし、企業の計画や帳簿を調査し、ストライキを決行し、効果的にピケットをはり、他の組合や社会的正義のために連帯行動を行う権利を持つべきである
・反組合的法律−労働現場関係法WRAおよび取引慣習法TPAの第45条DとEの撤廃
・個別的な労働協約の廃止

★企業のグローバリゼイションにたいする闘いを!
・労働組合の権利、基本的な公共サービス、世界中の労働者の生活賃金を得るための国際連帯を
・第三世界の負債のキャンセル グローバルな資本主義の代理人、世界貿易機構WTO、国際通貨基金IMF、世界銀行WBを、貧困を終わらせるための地球的な経済再建計画にとってかえること
・ハワード首相の軍事拡張の停止 抑圧的体制との軍事協定の廃止
・平和と国際協力の促進

★自由と民主主義のために!
・技能労働者なみの賃金の民主共和国の議会代表を
・先住民やエスニックグループにたいする人種主義的迫害の廃止
・警察の武装解除 警察による殺人を防止するために
・個人的なドラッグ使用の脱犯罪化 安全なドラッグ使用の余地を

★差別の廃絶を!
・出産の全面的自由 堕胎法の撤回
・レズビアン、ゲイを差別するすべての法律の撤回 同性のカップルの全面的自由を
・人種、エスニック、民族、性、年齢、障害および政治的イデオロギーに基づくすべての差別の廃止
・女性、若者、先住民および障害者を含むすべての同一比較労働にたいする同一賃金
・性的・身体的虐待にあった女性や子どもたちへの全面的資金援助と保護を

★エコロジー的に持続可能な開発を!
・公共交通への資金を
・温室効果ガス排出にたいする効果的行動 再生可能なエネルギー源の開発を
・ウラン鉱山、原子炉、原生林の伐採の廃止
・利潤を求める開発に対抗する労働者−コミュニティ−環境保護の連携

★オーストラリア先住民に社会的正義を!
・ハワード首相の十項目計画の撤回と先住民の権利の拡充
・先住民の先行する所有権・土地の権利を承認する協約の交渉を
・先住民への資金の増額と公的サービスへの先住民のコントロールを
・強制的な判決の廃止
・失われた世代にたいする全面的保障

★難民の自由を!
・難民収容センターの廃止
・亡命者に全面的な権利を
・国境の解放 定住のための資金援助を

★利潤ではなく仕事を!
・賃金カットなき労働時間の短縮 大量解雇を押し付ける企業の国有化 労働者の諸権利の保障
・労働の臨時、不定期化の廃止
・職を犠牲にする競争政策の廃止
・労使の企業ごとの契約反対)



こんなものいらない (3)   武庫川ダムはムダ!

1.様変わりの県土木ホームページ

 県土木の「武庫川ダム」ホームページを開くと、「みんなでつくる明日の武庫川ー武庫川では、総合的な治水対策を検討します」という見出しがトップに現れます。以前のホームページでは、ダム建設の必要性が強調され、ダムがなければ阪神間は大洪水というイラストが掲載されていました。この変化は、直接的には昨年の9月県議会での、貝原知事の「武庫川の治水対策について、新河川法に基づく河川整備基本方針を新たに策定することとし、この策定の段階から、学識経験者による治水計画の更なる検討、きめ細かな行政と地元との意見交換会の実施など、武庫川の治水対策に対する合意形成の新たな取り組みを行い、遊水地や雨水の貯留浸透等の流域での対応も含めた総合的な治水対策を検討していきたいと考えます」という答弁によります。
 この貝原知事の答弁はこれまでの県土木の姿勢を大きく転換するもので、ダム(や公共事業総体)を巡るこの間の情勢の変化が反映したものです。この点については後で検討することとし、ホームページで示されている兵庫県の方針を紹介しましょう。

武庫川の治水対策の新たな取り組みについて
1.武庫川下流の治水対策について、これまで河川改修とあわせた武庫川ダムの建設が最も効果的で現実的な対策として、事業を進めてきました。
2.しかし、地域の皆様からは、治水対策の内容等について様々な意見をいただいています。
3.県では今後、河川法に基づく河川整備基本方針・河川整備計画を策定する必要がありますが、以下の点について考慮しながら取り組んでまいります。
1.河川法上は、河川整備計画の策定に際して関係住民の意見を聞くこととなっていますが、武庫川においてはその前段階の河川整備基本方針策定の段階から、地域のご意見を聴いて計画に反映させることとします。
2.9月の東海地方の豪雨災害に見られるように、近年、異常気象による集中豪雨が多発していることを踏まえ、河川改修とダムだけでなく流域全体での治水対策(総合治水対策)についても、流域の皆様等の意見を聞きながら検討を進めていきます。
3.これらの取り組みについては、一定の期間を要することとなりますが、現在実施している河川改修については引き続き推進を図っていきます。
4.武庫川ダム事業については、河川整備基本方針が策定されるまでの間は、環境等に関する現況調査等を幅広く実施していきます。
この方針では、武庫川ダム建設が白紙になったのか、それとも凍結になったのか、明確ではありません。しかし、文字通りここに書かれている方針が実現されるなら、ダム建設を消し去ることは可能です。こういった視点から、さらに検討を進めます。

2.1997年の新河川法の意味

 さて、私たちは自然をどのように認識してきたでしょうか。まず全体の漠然とした認識から始まり、より小さな単位のものの認識へと進みます。例えば人体であれば、手や足や目、体内の臓器、血液等から細胞や赤血球・白血球へと進み、今では遺伝子の解明へと進んでいます。しかし、もしこれらすべてを解明できたとして、AさんやBさんという実際の人間を把握できるでしょうか。こうした認識の隘路はどこにでもあり、私たちが認識し得たと思っていることも、実際は限られた範囲内の相対的な心理にほかなりません。天動説が地動説によって覆されてコペルニクス的展開を迎えたように、ニュートン力学がアインシュタインの相対性理論によって相対化されたように。
 そしてこのことは河川についも当てはまり、従来の河川工学は主に川の流れをどのようのコントロールするかに主眼が置かれ、水循環や生態系の一部としての河川という視点は希薄でした。1997年の新河川法はいわばこうした認識の発展を承認し、従来の河川管理の破綻を明らかにしました。しかし、この新方針への移行は遅々として進んでいません。その理由は、既得権への固執や生態系に関する認識の欠如、あるいは単なる新技術(多自然型工法)の導入というふうに問題を矮小に捉えているからです。最も根本的には、国家(官僚)による管理という手法そのものに限界があるのは、論を待ちません。
 いずれにせよ、これまでの治水(川を排水路にしてしまった)、利水(川から水を奪ってきた)一辺倒から、環境も視野に入れようという姿勢は1歩前進です。また、地域の意見を反映させざるを得なくなったのは、川を知っているだけでは不充分であり、長良川や吉野川、武庫川を知っている人の参加なくしてその川を語ることはできない、ということをも明らかにしたのです。

3.武庫川をめぐる諸情勢

 すでに紹介したように、兵庫県は従来方針から1歩後退しました。もちろん、これを楽観視するなら、ダム建設へと道を開いてしまうでしょう。行政の常套手段として、形式的な意見聴取や、御用学者やお抱え住民団体(自治会や婦人会等)を利用して民主的な手続きを完了することは、いともたやすいことです。だから、武庫川ダム建設を止めるためには、県当局のこうした隠された意図をしっかり把握し、一致して対処することが不可欠です。
2月3日の「読売新聞」にもあるように、2001年度の国の予算で1億4000万円の調査費が計上されています。環境調査とはいえ、これがダム建設を前提とした予算措置であることは否定できません。武庫川ダム建設の費用は、ほとんどが国庫負担であり、ほんのわずかな不足分は地方債でまかなう予定になっています。ちなみに、宝塚・西宮・伊丹の3市は協力金を負担することになっているようです。その金額は全開発費の0.2%ということなので、300億円という当初建設費で納まれば6000万円になります。しかし公共事業予算はどんどん膨らんで、最終的には数倍にということがざらにあるので、億単位の金額になるのは間違いないでしょう。
 一方で県はこのように予算を消化しつつ、話し合い路線では『円卓会議』が前面に出てくる可能性があります。この『円卓会議』については、「武庫川を愛する会」が中心になって、昨年11月に共同声明で提起されています。そこでは、行政も市民も、賛成派も反対派も対等に話し合う場として設定されています。しかし、従来の『円卓会議』は行政が事務局となり、筋書きから結論まで官僚の思うままにコントロールされてきました。その主導権を市民が握ることが可能なのか、本当に対等な論議か可能なのか、その可能性は限りなく小さく、行政をその場に引きづり出すには大きな圧力が必要です。もちろんそうした試みを不可能と言い切ることはできないし、やってみる価値はあります。
 一方で、今年に入って武庫川流域ネットワークが形成され、2月23日には「武庫川に治水を考える連絡協議会」として県に質問状を提出しています。当面このふたつの動きが違った切り口から県に迫り、ダムに頼らない武庫川の明日を目指すことになるでしょう。別個に進んで共に討つという言葉がありますが、車の両輪のように連携を取っていくことが重要です。

4.ダムそのものの問題点

 武庫川ダムは治水+レクリエーションダムとされていますが、その名称がすでにダム建設の根拠のなさを暴露しています。リクリエーションのためなら、ダムなどつくらずに現在の廃線敷のハイキング道をそのまま残せば良いのです。県が治水にレクリエーションを付け加えたのは、治水だけだと弱いと判断したからにほかなりません。
 そして治水の根拠となっている数字は何かといえば、「甲武橋で100年に1回の確立で起こる規模の降雨を対象にして」、「このときの甲武橋での洪水流量は毎秒4800立方メートルですが、現在の武庫川では河川を改修しても、川に流せる流量は毎秒3700立方メートルが限界です。このため既に完成している青野ダムでの毎秒470立方メートルの洪水調節を行い、武庫川ダムによってさらに毎秒700立方メートルの洪水調節を行います」というものでう。
 だから武庫川ダムの唯一の根拠となつているのがこの4800という数字です。ところがこの数字が実に根拠に乏しいものであり、過大に見積もられたものだったのです。ほとんど架空の数字であり、意図的に作り上げたものです。だから、その根拠になる資料を示すこともできません。

5.流れをつかみ、ダム建設を止めよう

 長野県の田中康夫知事の「脱ダム宣言」は、欧米のダムの時代は終わったとする大きな流れに沿うものであり、「ダム派」との本格的な攻防の始まりを示すものです。その後の、川辺川ダム年度内着工を不可能にした
球磨川漁協の漁業補償案否決、四万十川の家地川ダム水利権の30年から10年への短縮、さらに佐賀県・城原川ダムを不要とする佐賀東部水道企業団の決議へと続きます。これら一つひとつにはいろいろな要因があり、一様ではありませんが、水需要そのものが右肩上がりではなくなっていること、国策であっても合理性がなければ容赦なく批判する時代を迎えたことなどが、大きく影響しています。
 西宮市議会なども、1996年7月4日に「第9次治水事業5箇年計画の投資規模の拡大と治水事業の強力な推進に関する意見書提出の件」という決議を全会一致で採択しています。そこには「2級河川武庫川の改修工事と、武庫川治水ダム建設および砂防・都市河川の整備事業は緊急を要している」と書かれています。このオール与党体制ともいえる状況も、今では少しずつ変わってきています。
 行政や議会は密室と暗がりを好むので、情報を公開させ、監視し批判にさらすことが大きな打撃となります。武庫川ダム建設計画も白日の下にさらせば、恥じ入って消え去るほかありません。今はまだ無関心な多くの市民を、武庫川の明日に、未来社会への能動的な関わりに目を向けさせることができるかどうかが、ことの成否を握っています。創意ある取り組みが問われています。 
  (晴)