神坂さん任官拒否国賠訴訟傍聴記
■任官拒否国賠訴訟とは
神坂直樹さんは、司法試験に合格後、2年間の司法修習を終了し、裁判官への任官を志望したが、最高裁は1994年4月、理由を開示しないまま任官を拒否。修習中の教官による(1)箕面忠魂碑訴訟の参加、(2)判決修習での西暦使用、(3)検察庁での取調修習の拒否などを理由に再三に渡り任官撤回強要行為を行ったことに対して、思想・信条の差別であるとして94年7月、最高裁を相手取り任官拒否取消を求める行政訴訟を東京地裁に提訴。一度も公判が行われないまま却下。控訴するも、その後も公判が行われないまま確定。
さらに、95年5月、国賠訴訟を大阪地裁に提訴。その後、原告からの最高裁人事局長、同任用課長、当時の研修所教官の証人申請をめぐって地裁の佐藤嘉彦判事は、証人採否保留のまま、本人尋問を職権で採用。97年1月、佐藤判事らの忌避を申立。97年7月、最高裁で忌避申立は退けられ、約1年間の中断ののち、98年3月本人尋問で裁判は再開。99年12月10日結審し、この5月26日に敗訴した。現在は、大阪高裁で裁判は続いている。
■突然の終結宣言 おかしな太田裁判長!
1月17日11時、大阪高裁202号大法廷で任官拒否国賠訴訟の弁論があった。まず、原告の神坂直樹さんが発言した。「被告は、原告の主張自体失当と言っている。しかし、原判決は、裁判官採用に当たって明確に合理性を欠く場合には、思想・信条の自由に侵害になると言っている」、「司法研修所井上、村上教官による、私への任官志望撤回強要がある。教官の証人尋問をするべき」。
「被告は、裁判官不採用の理由を明らかにせよ。人事上、公務上のだから理由を言えないと言うが、最近最高裁は不採用の理由を本人から求められたら、開示するべきと言っている」。
■文書提出命令や証人申請を却下した合議体裁判官全員を忌避
そして、原告代理人の発言後太田裁判長は、「合議の結果、文書提出命令(裁判官不採用にした資料ー筆者記)、証人申請いずれも必要性なしで却下します。裁判を終結します」と発言しました。
これに対し原告代理人は、「却下の理由は?」。太田裁判長「判決の中で明らかにします」。原告代理人「合議体3人全員の裁判官(太田幸夫裁判長、川谷道郎裁判官、大島眞一裁判官ー筆者記)を忌避する」。太田裁判長「忌避の理由は、後で書面で出してください。審理は停止しました。閉廷します」。
それにしても、これら裁判官はひどいとしか言いようがない。被告がほとんど何も主張せず、原告が裁判官不採用の理由を明らかにさせるために、研修所教官らの証人尋問や不採用の資料になる文書提出を求めたのだが、それを裁判官は拒否した。真実を明らかにするべきだ。
1審本人尋問では、教官による神坂さんへの肩たたきが明らかになった。井上教官は神坂さんに、「君は裁判官よりも弁護士に向いている。君が裁判官になったら苦労するんじゃないか。基本的に合議でやっていく仕事だからね。はっきり言って裁判官は十中八九だめだろう。成績は問題ないよ。民裁ではトップクラスだよ。西暦起案は当事者が怪訝に思うはず」。「特定の政治的立場(箕面忠魂碑違憲訴訟の原告補助参加人−筆者記)をもっている人は裁判官に向かない」と言っている。まさに、思想・信条による差別である。
さて裁判は、忌避審に移るがこれは非公開で何がどうやられるかわからない。忌避審後、即判決をさせないため原告は、弁論期日指定を申し入れる。とりあえず裁判は、一時中断。動き出せばまた、報告したい。神坂さんの裁判官への夢をかなえさせたい。今の腐った司法に風穴を!そのために私も、微力ながら奮闘する。
(河野)