ひびけ 沖縄のこころ 基地のない平和の島を
――大阪中之島公会堂に3500人が参加
昨年の米兵による小学生暴行事件を端に、沖縄の怒りが爆発するように大きく広がり、あらためて米軍基地と日米安保の存在に焦点が当てられています。沖縄の怒りは、十月集会に結集した八万人を越えた数にもあらわれています。これは沖縄だけの問題ではない、それぞれの立場が問われる事です。
三月二十日、穏やかな春を思わせる天候のなか、会場の大阪中之島中央公会堂は熱気に溢れました。会場周辺は、開会前から多くの人達がビラを撒いたり、拡声器からは小学生の歌声で盛り上がっています。会場内は、椅子に座れず周辺に立ったり座り込んで、主催者発表で三千名を越えていると言っていました、実際それに近い人達の熱気が伝わってきました。
基地はいらない
伝えよう!沖縄の怒りと平和のこころ・基地はいらない関西のつどいは、実行委員会方式です。実行委員長の吉田さんは、七十八歳で敗戦後五十年を体験して来た人です。基地こそ、諸悪の根源となっている、反戦地主の裁判はするが、我々が立ち上がって決すべき事である、基地の返還と米軍をアメリカに返すまで、党派を超えて闘うことを訴えました。
沖縄からの報告が三名からおこなわれました。金武町の吉田さん、長く活動してきた人で二年前から町長をやっています。町の六十%が海兵隊のキャンプハンセンに取られ、基地では六千名(町民一万人)が昼夜の訓練をやり、山は削られ草木をはぎ取り自然破壊が行われている、これは自然だけでなく「また訓練か」の慣れもあって人の心まで貧しくしていくことでもあると言っていました。また町長の仕事の五分の二が基地問題(火事や薬莢、交通事故、殺人、暴行、障害、等々キリがありません)である事、町の経済が基地関係(土地代や人件費などから)に絡み「基地反対」を言いにくい矛盾もあることも報告がされました。しかし、「基地はいらない、戦争に繋がるものは一つも要らない」の心は一つ、運動は継続であり「火種」は燃やしつづけてきた、行政の限界(法律、県、政府)の壁をどう取り払うかが任務であると力強い報告がありました。
反戦地主として奮闘してきた島袋善祐さんは、基地の存在が住民生活を圧迫していること、基地を残し現在の状況にある政治、その政府を許している「みんなの責任」にも言及していました。
キャロリン・フランシスさんは、米国籍です。七才の時に戦争が始まり、基地が出来て自然破壊され、女性への被害を子供ながらに知り、沖縄とは共通点がある、平和は大事だと言います。彼女は、人生の半分を日本で、今は沖縄で過ごしています。投票権がなく、出来ないこともある、が出来ることもある。沖縄からの発言を、架け橋となり伝えるネットワークがあり、アメリカからも「何か、活動できないか」の反応もあったそうです。一人一人が「いやなことはいや」「これ以上許さない」と立ち上がることで変わっていくと訴えました。
土地を返せ!
すでに多くの報道がなされ承知のように、面積の小さな沖縄県で基地の占める土地は膨大なもので、強制的に使用されています。反戦地主の闘いは、太田県知事の強制使用手続きの代理署名拒否で新たな局面を迎えています。
裁判の不当性の事もありますが、三月二六日から二八日に知事が署名を拒否すれば、首相が署名することになります。ここに、三月末に契約切れとなる、読谷村の通信所の知花昌一さん(日の丸でも裁判)の土地に焦点か集まります。「六ケ月緊急措置」を楯に強制使用を強行してくるでしょうが、これには土地収用委員会の決定が必要です。四月一日以降は、まさに「不法占拠」になるのです、当面する最大の山場になりそうです。集会では、弁護団や一坪反戦地主会からの活動報告もありました。
各地で闘っている
集会は、東京でも同時に行われましたが大阪集会には、関西各府県で闘っている人達の代表が演壇に並びました。短い時間のなかでしたが、沖縄県出身の人達を先頭に、それぞれ苦労しながら闘っていることが伝わってきました。
また、二月末に兵庫県三木市出身の予備校生、海老原鉄平さんが北中城村の国道で米兵の運転する車と衝突して死亡しました。会場にきていた両親から「米軍からは何の連絡もない」これで沖縄の実態を実感した、最後まで闘うとの緊急アピールもありました。
集会は、三月末から四月にかけての行動提起を受けて、「御堂筋ピース・ウォーク」に移りました。
老若男女が元気に
熱気の残る会場から、繁華街の難波・ミナミまで「沖縄のこころ」を伝えようと二時間の行進、乳母車の中の赤ちゃん、父親に抱かれたり、手を繋いでいる小さな子供たち、小学生はハイキングのように前後を走り回り、歌ったり、大人のコールも同じように叫んでもいました。中学生や高校生らしい年代、楽器を奏でる人たち、革ジャンのグループやモヒカン刈り?、拳か入りそうなイヤリングをした人、あらゆる世代の色々な人達が参加していました。
デモは初めての方がほとんどだったかも知れません、警察が縦隊整備を叫んでも誰も気にすることなく、一生懸命の中に楽しんで歩いていました。少なくなったとは言え、組合の動員に慣れている私には新鮮でした。
一番愉快だったのは、よほど暇なのか、やることは他にあるであろう公安関係が、最新鋭のビデオカメラ車(上部にカメラとマイクを出した専用車)で登場しました。すると子供たちがカメラや車内のモニターを見ようと車を囲んでしまいました、さすが子供には公安も弱いらしく止まって後方に下がる始末です。公安当局は、このような平和的な集まりでさえ気にしなければならないのです。
沖縄から突きつけられた基地と安保条約の問題は政府を揺り動かしています。その力は、政党や労働組合の力ではありません、既成の組織を乗り越えた大衆の「怒りの声」でした。土地の強制使用問題、安保再定義などの政治的課題はこれからが正念場です。吉田町長が言っていました「もっと早く立ち上がってくれていたら、でも遅くはないのです」
(大阪 折田昭一)
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所属組合の違いを乗り越え闘う陣形をつくろう
――郵政職場交流会(郵便番号7桁集会)に約100名が結集
三月九、一○日、大阪の吹田勤労者会館において、第八回郵政全国職場交流会が行われました。この交流会は、全逓内の自立した闘う人たちや郵政全労協系独立労組内の闘う人たち、あるいは無所属でも闘っている人たち等、所属の如何を問わず運営されています。
今回のテーマは、書留の夜間再配達、休日配達等いわゆる新サービスの問題点、九八年二月実施予定の郵便番号七桁の問題点、早ければ今年の一○月から実施予定の「新昇格制度」の問題点を話し合いました。
最初に全国各地からの職場報告がありました。東北ネームプレート裁判ですが、一審で原告敗訴の不当判決があり、その影響で、ある自治体へネームプレートの強制が始まっていることが明らかにされました。それから、首都圏、神奈川の金沢局、関西等の氏名札裁判の報告がありました。船橋東局からは、年末の超勤拒否に対する公平審闘争を闘ったことが報告されました。あと、浜松局の労働安全裁判、吹田千里局の年休裁判、同和研修裁判、大阪城東局の「日の丸」裁判、岡山中央局の管理者への暴言でっち上げに対する公平審等、第三者機関を使っての闘争報告がありました。
その他、新潟、京都、奈良、岡山、広島、長崎、そして4・28被免職者の池田さんと名古屋さんの闘争報告がありました。
書留の夜間再配達を止めろ!
そして、書留の夜間再配達についてですが、これは昼間に書留を配達して留守だったら、もう一回配達する旨書いた葉書を各郵便受けに入れて、再度夜間に書留配達して、それでも留守だったら不在通知(郵便局に取りに来るか、後日配達を希望するか等を書いている)を入れるというものです。それと、日曜・祝日の書留配達等が昨年の一一月に実施されました。この背景には、ヤマトがクレジットカードを配達すると言いだしたのに対し、郵政省が「ヤマトに負けるな」と新施策を入れました。現場では、ロクに人も増えずに仕事量だけ増えていることに怒りが充満しています。
これら二点の制度について私は、「大幅な労働条件の悪化になっている。利用者にとって便利になっているのは確かだが、そんなことを言っていたらきりがない。廃止すべきである」と言いました。
あとの人は、制度そのものの廃止の有無はあまり言っていなくて、これらの制度によって如何に労働条件が悪くなっているかを言っていました。
事務局より、「全国的なアンケートによると、書留の夜間再配達については抜本的見直しで、日曜・祝日の書留配達は廃止をするべき」というふうに分かれたという報告がありました。なぜ意見が分かれたのか私にはわかりません。私は両方廃止すべきだと思います。
あと意見の中で、「小包の夜間再配達にも反対するべきだった」というのがありました。これは、小包は委託業者が配達していて、書留の夜間再配達を実施する数カ月前に小包の夜間再配達が導入され、これについて誰も反対しなかったではないかということです。この問題に限らず、委託業者やパートの労働条件についても取り組んでいかなければならないと思います。
郵便番号七桁=一万一千人の人減らしに反対しよう!
郵政省は、九八年二月に郵便番号を七桁にする予定で、各郵便局では掲示板などで利用者にその旨周知しています。職場でも七桁について当局の業務研究会があり、資料によると今年の四月頃から東京・関東管内の一部郵便局で実際の郵便物を対象として新型区分機による七桁の実験を始めるようです。
さて今回の七桁反対集会ですが、まず郵政省作成のビデオを見ました。そこでは現在人間がやっている内務作業をほとんど機械がやることになります。
続いて、講師の吉田智弥さん(奈良自治研センター)が講演を行いました。その中で、郵便七桁によって大口差し出し者に対しては、大幅な割引があるが、一般利用者には何もないこと。十年間で二千億円のコスト・ダウン、八千人の労働力削減(質疑の中で、郵政審議会で、外務八千人、内務三千人の減員予定ということらしい)。受け取り人の住所をバーコード入力することにより、個人情報の商品化がはかられること等が明らかにされ、人員削減や、個人情報管理等に反対して行くことが必要と言われました。
私は、七桁による一万一千人の減員に反対していくのはもちろんですが、この減員数には含まれていない、おそらく出てくるであろうパートの首切りにも断固反対していきます。
労働者間に差別を拡大する「新昇格制度」の導入を許すな!
交流会の二日目は、「新昇格制度」についてです。
この制度は、管理者が私たちを五段階で考課して得点の高い者から、上位級にあげるというものです。現在六級ですが、これを八級に増やすので競争が激化します。全郵政(旧同盟)はこの制度について、「流した汗が報われる」などと言い、すでに前年の大会で賛成を決定しています。全逓中央は、「考課する管理者教育を徹底せよ」などと言っていますが、全体的には賛成の立場をとり、今年の全国大会で賛成を機関決定しようとしています。
さて討論ですが、現在職場では、この制度自体があまり話題になっていない(知らない)ことが明らかになりました。そして、反対している職場もなぜ反対なのかはっきりしないということです。もちろん、交流会の中では、この制度が差別を拡大するので反対ということは確認できていますが、そうしたら現在の年功給はいいのかというところに議論が行き、これについて「すばらしい制度などない。賃金制度自体を問わないといけない」という意見があり、私は「将来賃金制度は廃止されなければならない(資本主義を働く者の共同社会に置き換える)が、今は『新昇格制度』に反対ということを訴えるべき。そして対案として、級を廃止し通し号俸にするとか、年功給を廃止し皆同じ賃金にする(働きに応じて差が出るのは認める)とかしたらいい」と言いました。
それから、仮にこの制度が導入されたら如何に競争を廃止して団結を保持していくか、という意見もありました。これはかつて特別昇給(何年かに一回昇給する)が導入されたとき、全逓はこの制度が当局の恣意的なん運用で差別を拡大するとして反対した経緯がありましたが、これは職場闘争の結果今は結構順番に回っていることから、これと同じようにならないかということから出たものです。しかし今回の制度がどういうものであるかは、既にはっきりしています。それは、氏名札を着けていないことだけをもって毎年定期昇給を一号俸カット(二号俸カットされている人もいる)されて、上位級へも行けずにいる多くの人たちの例(私もその一人)を見ても明らかです。要するに当局に逆らう者は賃金を上げたらんぞということです。
さて討論の中で出た意見ですが、「この制度が導入されて団結を保持するために、挑戦目標(職務に関連した具体的なもので、提出しないとゼロ点で、満点は一五点)を形だけでも出そか」とういのが出たのには驚いてしまいました。現在の労働運動が停滞期に足並みを揃えるということは、後退するということを意味します。挑戦目標の問題点(当局の言うことを聞くかどうかの踏み絵)をはっきりさせ、頑張れる人は頑張るべきです。
事務局より、この制度に反対していくため各組合で闘っていきつつ、所属の違いを越えて全国的に連携していくべき提案があり、了承されました。
私は所属の違いを越え共闘しつつ、中心には全逓の全国大会に照準をあわせて、「新昇格制度」反対の声を結集していきたいと思います。
交流会として、労働安全のパンフが出来ました。多くの職場で活用してほしいと思います。次回交流会は九月一四、一五日、東京で行われます。多くの人の結集を呼びかけます。
(郵政労働者 河野守)
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「もんじゅ」問題で 署名とビデオ上映会
朝のうち雨を残し、上映会を始める頃には日も射してきた三月一七日、いつもより多い参加者に囲まれて上映会を持つことができました。私たちは事前の宣伝として、少しでも多くの人たちに参加を呼びかけたいという想いもあり、駅頭で署名活動と案内ビラの配布を行ないました。
一回目は二月下旬の風の強い寒い日、寒かったけれど読者のKさんの協力もあって署名は八〇名もとれたのでした。「あら、寒いのに頑張ってるんやネ」と、顔見知りの人から声がかかり思わず世間話に花が咲いたりもしました。久しぶりの署名活動で、私も元気いっぱいになりました。
二回目は三月初め、「もんじゅ」の署名とあれば自ら進んでしてくれる子供連れの女性。やっぱり関心が高いなあと思いました。ある中年の女性は、「ごくろうさん。私も今、署名を集めに回ってるんです。」と声をかけてきました。お互い様という気持ちで、私も彼女の集めている署名に協力させてもらいました。街頭に立ってるからこそ、こんな出会いもあるんだなあと実感。
三回目は、普通の日の夕方。通勤帰りの労働者がどんな反応を示すか、興味あるところです。しかし、期待に外れ配布していた案内の受け取りは悪く、署名も今一つというところでした。そんな中、一人の青年が近づいてきました。「どういう組織でやってるんですか?援助金は出てるんですか?僕は今、政党に入ってるんです。」と、うれしい質問を受けました。さっそくWorkersの紹介をし、後日新聞も送りました。今、返事を心待ちにしているところです。以上、署名活動の紹介を少し書いてみました。
さて、ビデオ上映会の続きですが、討論会では高速増殖炉の是非を巡って議論となりました。日頃から 「核勉強会」で専門的に研究されているNさんから詳しい情報を聞かせてもらいました。科学技術庁と動燃は、今回の事故を事故ではなく事象と捉えていること。二次系で起こったから放射能漏れの心配はない、だから処理後(二年後)には動かす予定。この方向性は不動の状態であることが付け加えられました。事故の原因が、単なる温度計のチェックミスで済まされる問題ではありません。問題は二重チェックというシステムがありながら、なぜチェックミスが起こったのかです。動燃は、責任逃れでメーカーに押しつけようとしています。今回の事故を真剣に受けとめようという姿勢は全く見られない、これは参加者全員で確認できたと思います。
高速増殖炉が果たして、その名前の通り増殖をしているのか? こんな疑問もぶつけられました。というのは計算によると、高速増殖炉は一〇〇年動き続けてやっと元がとれるらしい。それなのに、「もんじゅ」は三〇年の耐用年数しかない。私たちは、うまくだまされていたのか…
事実が明らかになるにつれ、ストップ・ザ・「もんじゅ」の方向に意見はまとまったようでした。私たちは、だからといって原子力の研究全てを否定したのではないことを確認したことも、付け加えておきましょう。
兵庫「社会問題を考える会」
(折口 恵子)
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オウム解体を口実とする破防法の発動を許すな!
――つぶそう 破防法! 3・16講演集会に参加して
世間を震撼させたオウム真理教団の一連の犯罪行為に対する一般民衆の「オウム憎し」の社会感情を背景に、政府の一部から同教団への破防法(破壊活動防止法)の適用を要求する声が強くなっていった。そして遂に昨年十二月十五日、公安調査庁は同教団に対し「オウム真理教は必ずまた大量無差別殺人をやらかすに違いない。『将来の危険を未然に防止する』という破防法の目的からも即時且つ完璧にオウムを壊滅させることが責務である」と主張して破防法の団体規制に踏切り、また今年一月十八日公安審査委員会のための第一回弁明手続きを強行した。
激しい民衆の抵抗の中一九五二年に成立した、治安維持法を彷彿させる悪法破防法であるが、成立以来一度も発動されなかった団体規制がこのような国民感情を逆手にとって当然のように発動されたことを決して黙って見過ごすことはできない。すでに動き出してしまった破防法はどうなっていくのか、今回の発動がもたらす影響は、そして如何にこの破防法が私たちの生活を脅かすものであるか等を共に考え、抗議を表明し、廃止にむけて闘おうと、三月一六日、神田パンセで集会が行われ活発な意見交換がなされた。マスコミ関係者から共同通信社の記者である中嶋さん、法律家からは松田裁判で大変ご尽力頂いた山下弁護士より、それぞれの現場を踏まえた大変興味深い講演がなされた。また集会の最後に、公安調査庁長官に向けて破防法団体適用に抗議する抗議文を採択し、提出することにした。
◆ ◆ ◆
まず中嶋記者より次のような話があった。
今回オウム真理教への手続き開始を政府に決断させた最大の要因はこの間のマスコミ報道の誤ったあり方にあった。他人名義でホテルに宿泊したから有印私文書偽造や公務執行妨害など別件・微罪により大量逮捕や違法捜査・逮捕等が行われたが、本来これらを批判すべきマスコミのあり方から逸脱して、オウムは例外だと何の根拠もなしに主張し、これらの違法捜査を受け入れる国民感情をつくる役割の一旦を担ってしまった。例えば、三月の強制捜査が開始されて後あるサティアンから骨壺が発見されたとの報告があったが、事件との関係が明確でないにも関わらずデスクからの要請に現場が巻き込まれて「人骨発見」とセンセーショナルに書き立ててしまった等、また中には誤報があっても訂正記事はほとんどないのが現状で、真実を伝える立場のマスコミとして機能がマヒしていた。闇雲に社会的パニックを作り上げていったマスコミの影響は大きいし、責任が問われる。その最たる犠牲者は「松本サリン事件」で第一通報者の河野さんで、警察とマスコミによって容疑者に仕立て上げられたのである。彼のような冤罪を二度と出さないためにも、今後マスコミのあり方を問い直していきたい。
◆ ◆ ◆
次に山下弁護士から次のような講演が行われた。
オウム真理教団に対しては宗教法人の解散請求がすでになさており、今回の破防法の適用による解散請求等については教団の解体・破滅を目指した最終的な弾圧として準備されていた。そもそも戦後GHQの占領下において治安維持、反共主義を目的につくられた団体等規制令を前身とした破防法は、一九五二年の制定時よりその思想、信条、言論、集会、結社の自由を著しく侵害する法律として、国会内外で一般民衆の批判、反対運動が高まる中で成立させられた。殊に団体適用は何度か噂されたが、結局適用されないで今日に至っていた。現在の法体系が刑事件について徹底した個人主義をとり、団体責任を否定しているのに対し、破防法は団体の意思決定の実現として役職員、または構成員が「暴力主義的破壊活動」を行う場合、その団体に対して行政規制を加えることができるとされ、その規制の最大のものが団体の解散であり、団体として一切の行為の禁止という極めて広範・無限定な自由の制約ができることになっている。これは団体に対する一種の保安処分と言って良く、実態としては刑罰以上の規制と言わざるをえない。これと類似した状況として一九九一年に成立したいわゆる「暴力団新法」が上げられる。破防法の団体適用の論理を先取りし、既成事実を作り上げたが、それに対して民衆からほとんど反対がなかった実情がある。一度でも団体適用の既成事実をつくれば、その後の反体制運動や大衆運動への威嚇効果は絶大であり、国家権力が団体適用をこのように充分な審査がなされぬ状況で早急に図ろうとしているのは支配層の危機意識と強力な治安体制を確立せんとするための手始めに他ならない。
また山下弁護士のお話の中で大変興味深かったのは、破防法の発動がなぜオウム報道一色で世論が沸き立っていた昨年の五月ではなく、一二月だったのかという点について、公安調査庁は東西冷戦の終結等によって存続意義が希薄となり、リストラが叫ばれるなかその存続アピールのためにこの団体適用を出してきたという指摘である。そのため公安調査庁と警視庁や警察庁との確執から解散が必要かどうかの食い違いがみられ、今回の第一回弁明手続きでの麻原被告の出席と公開性を求めたあの攻防も、警察側の抵抗により第二回の弁明期日も決定していないのだという。官僚組織間の権力抗争の馬鹿馬鹿しさをあらわす話である。
◆ ◆ ◆
講演後会場から率直な疑問や、公安調査庁が準備した「ガイドライン」の内容に対する批判や、破防法が目的遂行罪という危険性を孕み、支配層の主観的に基づく裁量権は拡大され、リストアップされた団体、関係する個人は一生調査対象とされる恐れや、今後労働組合や市民運動へと拡大される恐れはあるのか等々、活発な議論がなされた。山下弁護士からは、破防法の適応には無理があるものの、公安調査庁が決定した以上団体適用は押し通そうとするだろう。これまで行政処分で逆転は全くといっていいほどない。公安調査庁がこの法律を恣意的に使う危険性は多いにある。しかし、芋づる式にオウム→労働運動→市民運動へとなるのではなく、その都度指定団体への手続きを行い、強行に押し進めることは国民感情を逆撫でし、批判が集中するためあからさまに拡大はしていかないとの憶測も一方にあるとの話があった。
◆ ◆ ◆
確かに日本の犯罪史上類を見ない一連のオウム事件は許しがたいものであったが、その国民感情を上手く利用して強権的に強制捜査や微罪・別件の大量逮捕を当然の如く行い、オウムに極刑を望むがあまり、破防法という違憲立法の発動を受け入れる体制を国民自らがつくりだしてしまった。国民のどれぐらいが破防法の実態を知っているのだろうか。そして一旦抜いてしまった「伝家の宝刀」がどこに行き着くのか、破防法の目的が治安強化にあることからも私たちの生活を脅かすとういうだけでなく、基本的人権である言論、集会、思想の自由を根源から破壊してしまうという戦前の治安維持法、特攻警察を連想させる忌まわしい社会が想像される。しかしこの集会でも出されたが、やたら危険性のみに目を奪われるのではなく、しっかりと現状を認識、分析し、如何に対処していくことこそが大事であり、そして多くの人に破防法の実態を伝えていくことが第一歩になると思った。大変勉強になった集会であった。これで終わりではなく手続きの過程をしっかりと見つめてさらなる抗議の声を上げていきたい。
(田中)
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二つの卒業式
我が家は六年ぶりに卒業式が重なりました。いつも嫌な思いをしながらの参加となりますが、今年はちょっと、いつもより変わったことがありました。
まずは高校の卒業式。予想通り式場の壇上には、「日の丸」が張り付けられていました。式は「君が代」演奏から始まり、証書の授与に移りましたが、シーンとした場内から思わず笑いと声援が起こりました。一人ずつ壇上に上がって校長から証書を手渡されるのですが、一人の男子生徒が卒業への思いを体を使って表現したのです。そうだ! 自分たちの言葉で体で表現することは、当たり前のことなのだ! 私はそんな想いで、その男子生徒に大きな拍手を送りました。その後も、式は学校の行事のごとく淡々と進められましたが、卒業式の主役はいったい誰なのか、考えざるを得ませんでした。
今年の式場は、震災のため修理中の体育館を使ったので、一段と寒い卒業式でした。私は、「日の丸、君が代」へのささやかな抵抗として、式の間中は起立、礼をせずに着席のまま過ごしました。回りの親たちにはどう写ったのか…「ずぼらなお母さんやな」ぐらいにしか思われなかったかもしれません。
次に小学校での卒業式。こちらは「君が代」の演奏はなし「日の丸」も壇上には張られず、床の衝立にしかも校旗の陰にひっそりと隠れていました。
式は、壇上から卒業生が入場するという意外な場面から始まりました。式場の配置にも工夫がされており、親と子の対面式でした。ふーんなかなかいいなあと、思わず呟いてしまいました。そして、証書の授与も壇上を使わず、親たちの目の前で行なわれました。
校長の式辞には、あまり期待はなかったのですが、「世の中、絶対というものはないんです。色んな立場の人がいて色んな考え方がある。学校も死ぬほど嫌だったら来なくても良いのです。命を大切にしてください」という柔軟なものでした。そういえば、二、三日前に、不登校生徒に対して地域活動を学習単位に組み込むという方向が、新聞に出ていたのを思い出しました。
三学期の学級懇談会で、卒業式での「日の丸」の是非を巡って話し合いを提起しました。担任の意見は、『個人的には「日の丸」は好きではありません。「日の丸」使用を巡って混乱し、式がスムースに運ばなくては困ります。反対される気持ちは解かりますが、賛成の方もありますので…』というお決まりの答え。これなら以前 (六年前)校長と話し合いをした時と同じことだ! と私は反論する気持ちさえ失ってしまった。案の定、親たちの意見は何も出なかった。
それぞれの立場を尊重する、このこと自体正しいことです。しかしエイズ感染で明らかになったように、厚生省と製薬会社は非過熱血液製剤を感染の恐れを知りながら、売り続けたのです。社会不安にならないことと会社の利益が優先される、それが現実の社会なのです。こんな社会だからこそ弱者の立場を尊重すべきではないでしょうか。学校教育ではぜひこのことを伝えていってほしい。「日の丸」問題も単に歴史の問題だけでなく、現在日本の姿勢をも視野に入れて考えてほしい。あれこれ考えさせられた卒業シーズンでした。
(恵)
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権力と情報
情報の独占
私たちが飛び出した社労党では全国の党活動の情報は全て官僚的な中央執行部が握っていて、中央が必要と判断した場合のみ情報が操作され地方組織に流されました。そして地方組織間の情報交換は分派活動であると禁止されました。党中央への批判は党中央を通してしか行えず、批判勢力は分断されたままでした。批判勢力への党中央の容赦の無いデマゴギー的攻撃は分派活動をより一層活発化し、最終的には分裂に至りました。
分裂の経験から得た結論としては官僚的な権力とって情報は権力維持に非常に有効であるということです。しかしながら党中央が情報を握ことは党中央の権力の維持と強化には役立ったかもも知れませんが権力強化と反比例して一般党員の党活動は萎縮して停滞していきました。
こうした経験を踏まえ私達Workersの組織は中央集権的な情報管理を排除し、会員同士が縦横無尽に連絡し、討論できる組織を基本としました。多くの人が情報を共有し、判断することは誤りを最小限にすることにもなります。このような情報に対しての基本的なあり方は組織の大小に関係なく、国家と言った大きな組織になっても変わるものでなく、将来の社会(社会主義社会)においても基本的な理念は生かされるべきだと私は考えます。
情報の操作
最近の社会問題、例えば昨年一二月の「もんじゅ」事故のビデオ隠し問題、官官接待問題、薬害エイズ問題、住専問題、TBSのビデオ問題、さかのぼって松本サリン事件を見た場合、どれをとっても情報が権力にとつていかにに重要であり権力維持に欠かせないものであるかが分かります。権力者に都合のいいように情報操作され、操作された情報があたかも真実であるかのようにマスコミを通じて流布されています。
昨年の一二月に起こった「もんじゅ」の事故において動燃は事故直後のビデオを撮りながら公開せず大規模なナトリウム漏れ事故をひた隠しにしようとしました。官々接待や食料費問題は情報公開制度で出てきた官僚の犯罪のほんの一部です。
薬害エイズの問題、住専処理の問題では資本と癒着した官僚が情報を独占し自分の都合のいいように操作していました。薬害エイズにおいては危険と知りつつ厚生省の官僚は天下り先のミドリ十字の非加熱製剤を安全だと言って2年以上野放しにし、加熱製剤導入後も更に一年半も放置していました。ミドリ十字の創業者の故内藤良一社長は細菌の人体実験を行ない、中国人捕虜を何百人と殺した七三一部隊の石井隊長の右腕だったことをテレビ報道でしていましたがこうした情報をマスコミは積極的にどんどん取り上げるべきです。
住専処理の問題においても大蔵省の官僚は天下り先の住専の破綻を知りつつ放置し、税金を使って処理しようとしています。更に税金を使わなければ金融機関が破綻して大混乱になるという脅しともとれる情報操作をおこなっています。
TBSはオウム真理教の幹部に坂本弁護士がオウムを批判するビデオをみせていたのを7年もの間ひた隠しにしてきました。情報のためなら人が死んでもかまわないという無責任な態度です。一方松本サリン事件では警察は事件に関する情報を独占し、警察に都合のいい情報をマスコミに流し、マスコミも警察に荷担して河野義行さんを犯人に仕立てあげています。(Workersの前々号の「読書室」参照)。
マスコミの情報源のかなりの部分が権力から与えられたものであることを考えると今後私たちは一つ一つの事件、出来事、一見真実であるかのような事に対しても吟味してみる必要があります。
例えば破防法問題。オウム真理教が二度と犯罪を犯さないようにするには破防法の適用が必要だと破防法適用賛成者たちは言っています。冷戦終結によりリストラの対象となった公安組織は組織温存のチャンスとばかり政府を動かしました。
しかしながら宗教法人法などの現行の法律でもオウムはほぼ壊滅状態です。不安と言えば今なお逃走している四人の実行犯ですが、彼らが逮捕されていれば破防法の必要はほとんど無いといっていいと思われます。このように考えると公安が彼らを泳がしていることも十分考えられます。破防法適用が正式に決まったとたん逮捕ということも十分考えられます。オウム問題は裁判に視点が行き逃走中の犯人については警察もマスコミもほとんど注目していないことに大きな疑問を感じざるをえません。
官僚の犯罪
Workersの七六号の一面で国民の八〜九割が怒っている薬害エイズの問題、住専処理の問題を取り上げ「腐敗した官僚機構の解体」を訴えました。「官僚機構の解体」といっても具体的にどうするかと言うと大きな問題です。大蔵省の解体や分割が自民党を中心とする与党の中からも出ていますが、官僚に支えられ、持ちつ持たれつの政治家が本気で解体を唱えているとは思えません。
今まで見てきたように官僚、それと結びついた政治家と資本が情報を独占していることは明かです。情報の独占が権力の維持ともつながっています。彼らの出す結論は合理性を欠き、情報操作により事実とは全く逆の事があたかも真実の様に流布され、それにマスコミが乗っかり、世論が形成されるといった具合です。
時々情報のほころびによって官僚の犯罪明るみに出てきますが、本当は底知れぬ深さを持っていると思われます。
官僚機構の解体は徹底した情報公開と官僚と資本さらには政治家の犯罪を追求し打倒する以外に道は無いように思われます。こうすることにより彼らの権力の基盤が揺らいできます。しかし現在は権力に対抗する力があまりにも弱いのが現実です。しかし怒りが大きなエネルギーに変わるのも真実です。
(伊藤俊康)
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情報操作と権力
マス・メディアと権力
権力を掌握した者あるいは掌握しようとしている者にとっては、情報を操作してその権力(支配)を確立しようとするのは、現在の社会においても当然のことです。そして、現在のようなマス・メディアの発達は、情報操作がより高度で巧妙となり、マス・メディアにいかに受け入れられるかを権力者達も意識しています。
また、マス・メディアの側でも、その情報発信能力により政治権力、ひいては一般大衆をコントロールできると考えるような者もでてきます。
マス・メディアの情報発信者は、数の上では極めて少数で、また、現在の日本では、テレビにしても新聞にしても、中央、すなわち東京に情報発信機能がかなり集中しているのです。
このような、マス・メディアの発信者自体、数ある情報の中から、取捨選択して発信しています。マス・メディアが入手した情報の中で取捨選択が行われる一方、情報があまりにも多く、メディアへの依存性が高い現代社会においては、マス・メディアによって提供された現実が、あたかも真実であるかのごとく人々に受け入れられてしまっています。
最近、政治家(屋)が直接テレビに出演する機会が増えているようですが、マス・メディアの側でも、視聴率を稼げるテレビ受けする政治家を出演させているのではないかと思われます。
マス・メディアによる世論形成
このようなマス・メディアには、世論をある一定の方向に導きやすい三つの特徴があると言われています。
第一は、マス・メディアの表現形式は、テレビにせよ新聞にせよある一定の形式となっていることです。例えば、ニュース番組では、アナウンサーなりキャスターなりが、その日のニュースを読み上げ、解説したり映像が入ったりしています。新聞にしても、政治面
、経済面や国際面などの紙面があり、日本の五大新聞の場合でも、この構成そのものが大きく異なっているということはありません。このように、様式的にも受け入れられやすく工夫されています。また、重要であるとマス・メディアが考える情報も各新聞などで大きく違うわけでもありません。
第二は、テレビも新聞も情報媒体としては一過性のものなのですが、マス・メディアが重要であると考える情報については、繰り返し同じような内容で伝えるということです。そのため、嘘も百回言うと真実となると言われるようなことが起こってしまうのです。
第三は、現代社会において、マス・メディアに接触することなく、社会環境に適応して生きていくことは非常に困難になっているという現実です。
このように、マス・メディアが多数の意見としてある情報を意図的に発信すれば、それが本当の世論となってしまう可能性が極めて高くなるという危険性があります。
不透明性と情報操作
日本においては、まだまだ政策決定の過程が一般大衆にとって明らかになっていず分かりにくいという現状があり、そのため、政治はまだまだマス・メディアからの情報によってしか、判別できないという状況にあります。
また、松元サリン事件に見られるようにマス・メディアの視聴率競争や横並び意識も、視聴者など受信者に間違った「真実」を提供することにつながっています。そして、その情報が、一般大衆にとって入手しにくければしにくいほど、その真実はマス・メディアに操作されやすくなり、現に操作されているのではないでしょうか。
私達は、これからも、マス・メディアから送られてくる情報を自分自身で判断し、真実を見極めることが非常に重要となるのではないでしょうか。
(東京 TK)
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ビルマの人権侵害 連載J
ジャーナリスト 菅原秀
ビルマを狙う世銀グループ
世銀を中心とする国際開発金融機関(IMF、世界銀行、アジア開発銀行)はできるだけ早くビルマとの関係を回復したい願っている。前回に続きその危険な動きを報告する。
一九九五年八月、アウンサンスーチーの解放からわずか一月のち、IMFと世界銀行はビルマへの融資計画を発表した。
大きな官僚機構ふたつが計画を作成するには少なくとも一カ月以上はかかるであろう。IMFと世銀はアウンサンスーチーが自宅軟禁されているにもかかわらず計画に着手していたとしか考えられない。
アウンサンスーチーの釈放に関しては日本がSLORC(国家法秩序回復評議会=軍事政権)に融資の話をちらつかせたからだと語る人が多い。
しかし、世銀グループの融資話が解放の大きな要素ではなかっただろうか? つまり世銀グループは事前に、解放を知っていたのではないだろうか?
国際開発金融機関は毎年各国を対象に諮問事項を提案している。その国の経済状況を分析し、当該政府に助言し報告書を作成する。 これは毎年八月に行われる。一九九五年八月はビルマの番だった。
アメリカからの圧力にもかかわらず、IMF理事会は綿密な準備を重ねていたのである。
IMFの構造調整を伴う融資は七〇年代に強く非難され、この伝家の宝刀を使う融資をひかえ気味だったが、あくまでその体質は変化していないことがわかる。 この構造調整という融資政策は常に最貧国を対象に行われてきた。相手国の経済政策に深く干渉して、国営企業の民営化や福祉予算の切り捨てを勧告し、それを受け入れた場合にだけ、使用条件を限定しない融資を行うものである。
従って、その資金はマルコス(フィリピン)やモブツ(ザイール)のようにポケット・マネーとして使用されたり、スリランカの例のようにまったく機能しない巨大ダムの建設に浪費されたりする結果を引き起こしている。
SLORCがこの資金を受け取ったら、当然大部分は軍備拡張に利用するであろう。
SLORCの大蔵大臣の要請により行われたのは、IMF用語で「スタッフ・モニタリング・ミッション」と呼ばれるものであった。 IMFの提案する経済改革に対してSLORCがどう応じるかをモニターするものである。このモニター再重要課題はチャットの実勢価格についてである。
ミッションがSLORCが行う経済改革に満足すれば六カ月もしくは九カ月以内にに公式なIMFのプロジェクトが立ち上がる。何万ドルものお金がSLORCのポケットに入るのである。チャットの流通を考慮して、プロジェクトが立ち上がるのはIMFの決定から一年半程度のちと思われる。
アメリカが大反対
これらの準備はIMFのドアの向こうで極秘に行われているが、クリントン政権が情報集めにやっきなので、IMFスタッフがごく一部の事情を漏らすことがある。
アメリカからのIMFの代表たちはすべてSLORCへの援助に反対するように要請されている。ビルマを麻薬絶滅に同意しない国と認定しているからである。 したがってアメリカはあらゆる外交手段を使ってIMFの計画を中止する働きかけを行ってきた。
ラングーンではG7諸国(カナダ、日本、イギリス、フランス、ドイツ、イタリー、アメリカ)の大使を全員アメリカ大使館に招待して会合を開き、IMFのスタッフ・ミッションに反対する自分たちの立場を説明した。
さらにワシントンの国務省は、G7諸国からのワシントン駐在大使全員を招き、同様の会合を開いた。
そして、G7諸国に駐在するすべてのアメリカの大使が、それぞれの外交手段を使って各国の大蔵省に、なぜアメリカがIMFのスタッフ・プランに反対するかの説明を行っている。
アメリカ自体の政治意図とその圧力にもかかわらず、IMFの計画を中止することはできないでいる。
一九九五年十月二十日にはビルマへの融資の件でIMF理事会が開かれた。しかし唯一アメリカだけがスタッフ・モニタリング・ミッションに反対したに過ぎない。ビルマへの融資の案件は対立点があまり目立たない形に変形されて提出され、表面上はIMFスタッフの提案へは別に反対しないという理事会声明を発表することで、スタッフ・モニタリング・ミッションをいわば黙認する形をとったのである。
もしビルマへの件が、構造調整融資ではなく、さまざまな援助計画であれば、IMFのスタッフはSLORCの人権侵害の数々にひとつひとつ対応しなければならないだろう。そうすれば、その流れは変化するであろう。
しかし構造調整融資はそれらの事情を考慮しない貸し付けである。すぐにIMF理事会の動きに反対する活動を開始する必要がある。 アメリカ国内ではアメリカ政府、とくに国務省自体の努力だけでIMFとSLORCの取り引きを防止できると思われている。例えば極東太平洋援助局局次長のウインストン・ロードは上院対外政策小委員会で、一九九五年七月二十四日にこう語っている。
「わが国は、あらゆる機会をとらえて、国際開発金融機関からの貸し付けに反対しております」
さらにその部下であるケント・ウィードマンは下院国際関係委員会のアジア太平洋小委員会で、一九九五年九月七日、同様な発言を行っている。
「わが国および志を同じくする他国の努力により、IMF、世界銀行およびアジア開発銀行からのビルマへの融資の大部分を停止するに至っております」
さらに彼は楽観的に、
「わが国および志を同じくする国々は、ビルマが全面的には国際社会に参加できないということを明言しており、ビルマ自身が必要な要件を整えない限り、その発展のための援助は得られないと言えます」
さてこれらの発言は議会にとっては耳ざわりのいいものに聞こえるだろう。しかしむしろ議員たちをなだめる発言であるといったほうが正確だろう。
ロードが「あらゆる機会をとらえて機会」といったところで、アメリカはIMFスタッフ・モニタリング・ミッション決定のカヤの外におり、れを阻止できなかったということは事実なのである。
ここでアメリカを非難しても始まらない。アメリカはG7の中で唯一明確な態度を表明している国なので、アメリカが同盟国を見付けることに協力するのが当面の課題だろう。アメリカの世論を補う形で国際開発金融機関に対し、今はSLORCに経済援助をする時期ではないということを明確に伝えることである。
IMFのプロジェクトが承認されれば、SLORC政権に対し、何百万ドルもの経済援助が殺到することになる。武器と社会整備プロジェクトを売る商人たちがヤンゴン参りをするわけである。
もちろん現在の1ドル6チャットという公式レートを廃棄して自由な流通に任せるか、あるいは例えば1ドル60チャットといったような新しいルールを作り部分的な自由流通を制定するかなど、SLORCによるチャット政策の決定が条件にはなっている。いつ、そしてどういう風に交換レートが変更されるのか、すでにSLORC内部で検討されているといわれている。
(続く)
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老人福祉の現場から 連載E
お年寄りの為のパンツ型おむつや失禁パンツ、電動ベッド等々がテレビのコマーシャルでよく流れています。また有料老人ホームの広告もよく目にします。今やシルバービジネスの花盛りのようです。
シルバー・ビジネスの分野は大変広く厚生省の分類によると@有料老人ホームやケア付き住宅を代表とする住宅関連サービスA介護サービスやショートステイ、デイ・サービス事業を含む介護関連サービスB介護機器、介護用品、高齢者向け通報システムから成る福祉機器関連サービスCその他として高齢者スポーツ、高齢者教養講座の四つに分れます。また福祉とは関係のないレジャー関連や金融関連、ファッション関係等のビジネスもあります。
一般的によく知られているものには有料老人ホームがあります。これは入居者が支払う入居金や管理費などで運営されているホームで、国や自治体からは一切補助金は受けていません。経営形態には個人経営、株式会社、財団法人、社会法人などがあります最近は大手企業が参入してきており株式会社が急増しています。
平均的な有料老人ホームでは入居一時金として三千万円前後払います。これで、利用する居室を入所者一世限りで利用できる権利を持つことが出来るわけです。入居後は管理費として月額八万円前後、それに加え食費を月額五万円ほど支払います。またこの他に居室の光熱水費、電話代、掃除代、洗濯代、買い物代行等の費用がかかります(掃除代、洗濯代等のサービスは管理費に含まれている所もあります)。 また福祉施設と連携した賃貸しマンション形式の「シニア住宅」事業もあります。これは入会金を四百万から五百万程度支払い(十年で償却する)、管理人常駐のマンションで暮らしながら、必要に応じて介護や家事援助や食事の世話等のサービスを受けることができるというものです。この場合は入会金以外に、月々の家賃(管理費も含む)として十六万円から二二万円ほどが必要になります。生活費はその中には全く含まれてはいません(例えばシニアドーミー城北公園)。
民間のホームヘルプサービスも行われています。これはヘルパーが二十四時間・年中無休で利用者の家庭に出向き入浴、食事、排泄介助、家事援助等を行うというものです。契約金と月額の基本利用金が各三万円、利用料金は一時間あたり二千八百円から四千二百円となっています。時間は十五分単位で利用可能です(ワタキューセイモア)。
この様に何千万円もする高額の商品を購入できる高齢者の割合がどれだけ居るのでしようか。一般紙には「高齢者世帯が豊かな経済基盤を有している(平成五年国民生活基礎調査によれば、高齢者世帯の平均所得は三十歳代の世帯並み)という現実を踏まえ、多くの企業がシルバービジネスの将来に明るい期待を抱いている」(日経新聞 九六年一月一九日)などと書かれ、経済的に豊かな高齢者の姿が浮かんできます。しかしそれが普通の高齢者像とはどうしても考えにくいのです。
高齢者白書の「高齢者世帯の所得階級別の分布をみると、五十万円から三百万円までの間に六割の世帯が含まれており、多くの高齢者がかつかつの生活を余儀なくされていることを物語っています。一方千万円を超える世帯が四.三%あり、高齢者世帯の中に大きな格差があることを示している。同様のことが貯蓄現在高についてもみられ、六十歳以上無職世帯をみると、六百万円未満の世帯が二三.四%を占めている一方で三千万円以上の貯蓄を有する世帯が十八.七%ある」。(九五年度の高齢者白書より)と報告しています。
この大きな所得格差が、平均値に直されたときに老後の豊かさの虚像を作り出しているのです。ごく一部の豊かな高齢者はシルバーサービスを大量に消費し快適な(?)老後を送っているでしよう。しかし大部分の高齢者は年金と僅かばかりの貯金に頼りながらのぎりぎりの生活を余儀なくされています。
等しく提供されなければならない福祉政策も、徹底的な量的不足のために当てにならず、苦しい中での民間のサービスに頼らざるを得ない現状もあります。
(Y)
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ヘーゲル論 連載A
プレハノフ著
前回、ヘーゲルにとっては各々の時代の哲学は、やがて次の時代に至って克服されるものではあるが、それ自身の時代にとっては真理であること、つまり哲学は時代の産物であることを見た。
相互密接に
だがさらに、ヘーゲルはただ哲学ばかりでなく、宗教も、法律も、芸術などもみな、それぞれの時代の自然的または必然的な産物であると見た。
例えば言う、「いまあるこの宗教にふさわしいものは、いまあるこの国家形態以外にはなく、また、いまあるこの国家形態においては、いまあるこの哲学とこの芸術以外には存在しえないのである」(『歴史哲学』序論)。
つまり、ヘーゲルにとっては哲学、宗教、法律、芸術は、それどころか技術的熟練といったものまでが、互いに密接に結び合っているのである。
単なる交互作用?
もちろん、これに対してもまた、「なーんだ、社会生活のあらゆる側面と現象とがいかに相互密接に結合しているか、それぐらいのことだったら今日、どんな学生だって知ってるよ」と人は言うかもしれない。
が、ヘーゲルがこの諸側面、諸現象の関係を捉えていたやり方は、多くの「教養ある人士」や今日の学生たちの場合とはまったく違っている。
というのは、これらの人々にはその関連は単なる交互作用として現れる。ゆえにそこでは、第一に、この作用それ自身の本質はあくまで明らかにされず、第二に──これが肝心な点だが──交互作用のなかにあるこれら諸側面、諸現象の共通源泉に目が向かない。
こうして、交互作用というこの仕組みは、何ら基礎らしいものもなく、ただ空中に浮いているようなものだということが分かる。法律は宗教に働きかける、宗教は法律に働きかける、あるいは法律と宗教とが一緒になって哲学や芸術に働きかける、また哲学や芸術は互いに影響し合う、またそれらが法律や宗教に働きかける、等々。それだけである。
他の原因
確かに、ある与えられた時代をとろう。そうすれば、その時代の法律や宗教や哲学や芸術やが互いに影響し合いながら存在しているというのはその通りだろう。しかしでは、そもそもその時代にはどのようにして至ったのか、法律や宗教や哲学や芸術やの歴史的発展はそもそも何によって規定されていたのかというさらにつっこんだ問いが出てくるはずである。
これに対し、「交互作用だ」は答えにならない。そこで次に人は「何か手当たりしだいの原因」を持ち出すのだが、それらは社会生活のあれやこれやの側面には影響するにしても、相互にはどんな関連の中にも立っていない。そこでついにはすべての事柄が「人間の主観」の上に帰せしめられる。例えば、ヘーゲルの哲学はどのように生じたかというとそれはシェリング哲学からだと答え、ではシェリング哲学はというとフィヒテのそれからだといい、ではフィヒテはと問うてカントからだとする。また、芸術における各種各派の継起が同様に説明される、等々。遺憾ながら、しかしこれでは何一つ説明されるものではない。周知のように、一つの哲学体系から他のものへ、あるいは一つの芸術的傾向から他のものへの推移は、多くの場合はきわめて急速に数年間でおこなわれるが、しかし場合によっては数世紀かかるということもある。この違いはどこから来るか。「主観」をたどっても説明は出てこないし、「交互作用」や「手当たりしだいの原因」も何の助けにもならない。
ところが、「教養ある人士」は、これで自分たちが間違っているとは思わない。彼らは、社会生活を支配している交互作用に関して、意味深長な、ありあまる言葉を得意になって振り回しては悦に入り、そうして、厳密に科学的な思想が本当に入って行かなければならないちょうどそこで立ち止まり、思考を停止してしまうのである。
第三の、より高度なもの
ヘーゲルは、そういう意味深長とは天地の開きがある。
彼は言う、「われわれが、与えられた対象を単に交互作用の観点で見るというところにとどまるなら、それはまったく没概念的な態度である。というのは、それではわれわれは、単に事実を取り扱うに過ぎず、因果関係を適用する際まず問題となる、媒介を示す、ということが果たされないままになるからである」(『小論理学』第一五六節)。
さらに、「単に交互作用という観点で対象を捉えようとすることの不十分さを、もう少し立ち入って考えてみると、それは、そもそもまず交互作用なるものは何なのか、これこそがあらかじめ概念的に捉えられねばならないのにそれが捉えられないということである。そしてそれをそのように捉えるということは、互いに作用し合う両側面を、直接に与えられたものとして放置するのでなく、両者を第三の、より高度なものの契機として認識するということによっておこなわれる」(同)。
すなわち、社会生活の種々なる側面が問題となっている場合、われわれは、それらの交互作用を指摘するというところに立ち止まるのでなく、それらを、第三の、より高度なあるものから、すなわちその存在自身を規定し、したがってまた交互作用の可能性を規定するものから明らかにするよう試みねばならないということである。
民族精神
さて、ではこの「第三の、より高度なもの」とは何か。
ヘーゲルはそれを「民族精神」の本性に求めた。
ヘーゲルにとって世界史とは「普遍精神」の実現である。そしてこの普遍精神の運動は段階的に前進する。そしてその段階、段階の原理が民族精神である。
「世界史とは、精神がみずからを自由だと意識する、その自由の意識の発展過程である。発展はいくつかの段階を踏んでおこなわれ、事柄の概念に即して、自由がこまかく区分される。各々の段階は、他の段階とは異なるものとして、それぞれ特有の原理をもつ。この原理が、一つ一つの民族精神である。民族精神のうちには民族の意識と意志、その現実の全側面が具体的にあらわれる。すなわち、民族の宗教や、その政体や、その倫理や、その法律制度や、その習俗や、またその学問や、芸術や、技術的熟練やのすべては共通の原理である民族精神の刻印を帯びている。したがって、さまざまな分野にあらわれる個々の特徴は、民族独自の原理という一般的特徴から理解することができるし、逆に、歴史上にあらわれた個々の事実の中から、民族の一般的特徴を見てとることができる」(『歴史哲学』序論)。
容易
もちろん、世界史に関するこうしたヘーゲルの思想が純然たる観念論のかたまりだということを発見することは容易である。このことなら、どんな人でも考えつく。同様に、ヘーゲルの歴史哲学を観念論のゆえに鼻先であしらうことも、これまた容易なことだ。事実
、多くの人がそうしている。
ただし、である。それはたいてい、自分自身では何もつきつめて考えたことのない人々なのである。
(編集・小川 紀)
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色鉛筆(コラム)
「嘘の大罪」
四月一日といえばエープリルフールです。この日ばかりは、皆も承知の上で「嘘」をついてもいい日になっています。他愛のない嘘をついてお互いに笑い合うといった趣旨のものでしょう。そして、わざわざこの日だけに限っているのは、「嘘」が、人が生きていく上において何よりも恥ずべきことであり、しかも、あまりにも残酷な事を結果するのを誰もが知っているからでしょう。
しかし、この嘘を平気でつく連中が、跡を絶たないのがこの社会の現実です。「大嘘つき」が、毎日のようにマスコミに登場してきては、生けシャアシャアと尤もらしく大嘘をまき散らしています。
オウムの上祐は、あれ程多くの人達を死に至らしめる多くの事件に関与しながら、平然と大衆の前に現れてきては、嘘を繰り返してきました。
そして、今またHIV訴訟の過程で、厚生省や製薬会社の数々の犯罪行為が明らかになっていく中で、見苦しいほどの嘘が繰り返されています。
血友病患者の治療にあたっていた帝京大学の教授で医師でもあった阿部英は、非加熱製剤の使用によってエイズに感染する事を知りながら投与を続けていた事実の前で、「私は、知らなかった」と、顔色ひとつ変える事なく言ってのける事ができるのですから、全く驚いてしまいます。
厚生省・製薬会社・医師のトライアングルの中で、金儲けのためなら、人の尊い命や苦しみなど全く考えない非情な人間どもの犯罪であることは、明らかです。
もう、今では、オウムの「嘘」もHIV訴訟で告訴されている連中の「嘘」も誰もが知っています。
彼等に共通しているのは、真剣に生きようとしている人々の生活を簡単に蹂躪し、多くの人々を死に至らしめ、家族をはじめ友人などに、一生涯ぬぐいさる事のできないほどの深い悲しみを与えたことにあります。
HIV訴訟が今後どのように推移していくかは、分かりません。少なくとも僕は、オウムの麻原や早川達とこの訴訟の中心的被疑者達が受ける刑にどんな違いがあってもならないと思っています。
スモンでも水俣でも森永ヒ素ミルクでも、この中心的犯罪者どもが、軽い刑で済まされたことを思うとき、どうしても危惧しない訳にはいきません。
これは、決して賠償金の支払いによってだけで済まされるような問題ではないからです。
ぬけぬけと「嘘」を言ってのける連中が何と多いことでしょうか。そうして、こうした連中が支配するこの社会とは一体何だろうと頭を抱えざるをえません。
少なくとも、しっかり「嘘」を見抜き、真実をしっかり見抜く力だけは、つけておきたいものですね。 (寿)
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ペルー人「就労」斡旋問題で青柳さんに不当判決
――外国人労働者を使い捨てる資本と入管行政こそ裁かれるべきだ
三月十三日、「ペルー人の不法就労を斡旋した罪」に問われていた中学校教師でカトリック信者の青柳行信さんに対する判決公判が、福岡地裁であり、かねてからこの裁判の行方が気になっていた私も傍聴した。
裁判長は、弁護側の主張をほとんど聞き入れず「有罪、懲役八カ月、執行猶予三年」という不当な判決を下した。思わず傍聴者の間から抗議の声が上がった。しかし、裁判長は「妨害する者は退廷させる場合がある」と「警告」したのち、「判決理由は長時間になる」と前置きして、延々二時間近く、判決文を朗読した。
要するに、裁判長が言わんとすることは、「青柳被告はペルー人に就労資格がないことを知っていたにもかかわらず就労を斡旋した」から有罪だということを、「事実経過に即して」微に入り細に入り「立証」したに尽きる。青柳さんや弁護側が問うた、外国人労働者を都合よく搾取したり、使い捨てたりする日本の入管行政の矛盾については、何も判断することなく、である。
そして、最後だけ付け足しのように「青柳被告のペルー人支援活動そのものは、宗教的信念に基づいた崇高なもの。前科もなく、中学校教師として真面目に働いてきた」から猶予刑にした、と恩着せがましく量刑理由を述べた。
バブルの時は搾取し、不況になると締め出し
そもそも、青柳さんがペルー人達に仕事先を紹介せざるを得なかったのはなぜかが、判決ではまったく評価されていない。
バブル経済の絶頂期、人手不足に悩む日本の企業、特に中小企業や下請け会社は、安上がりな外国人労働者を進んで雇った。一方、ペルーではフジモリ政権のもと、国営企業を民営化するため、外国資本が投資しやすいよう、企業の合理化を強行し、街には失業者があふれ、海外に出稼ぎ先を求めた。この両者の利害が一致して、日本とペルー等の政府との間で、「日系人に限って就労を認める」という協定が結ばれた。
ところが、不況になると資本も入管当局も外国人労働者を締め出す政策に転じた。ペルー本国では「日本に行けば稼げる」と、悪徳業者から「日系人の証明書」の製作費用を取られ、旅費も含めて多額の借金を背負って来日したペルー人は、日本へ来ても滞在延長許可がもらえず、路頭に迷う人が続出した。
こうして、就労資格がもらえず、帰国するにも旅費も払えず困惑するペルー人達に対して、入管当局は「帰国費用を稼がせるため」という理由で事実上、日本での就労を黙認し、当時支援活動に当たっていた青柳さんに、暗黙のうちに世話を頼んでいたのである。
こうした入管現地当局の対応を「生ぬるい」と見たのか、警察当局は全国一斉にペルー人労働者の摘発に乗り出し、青柳さんを「不法就労の吸引役」と決めつけて、不当にも逮捕したのだった。
悪徳業者や入管当局は免罪?
判決後の集会では、支援者や弁護団から次々に怒りの声が上がった。
「海外に人を派遣して、ペルー人から金を取って日本に送り、法外な低賃金でこき使いピンハネをした悪徳業者は裁かれず、そういう悪徳業者から逃げて助けを求めたペルー人を支援した青柳さんが裁かれるのはおかしい!」(支援団体の女性)
「判決は、入管が就労を黙認した事については人道上しかたがないと言いながら、人道的立場から就労を世話した青柳さんについては罪だと言うのは、どうしても納得がいかない」(弁護団)
「この判決をペルー本国の人々が知ったら、日本て変な国ね、と言うでしょう。日本に対する感情が悪くなるのが心配だ」(北九州在住の市民)
判決を受けたばかりの青柳さんは、「裁判官もペルー人の生活に現場で触れて、支援活動を体験しないと理解できないのだろう。裁判官の現場教育ができないかと考えている」と支援活動の大切さを訴えた。
なお、青柳さんが仕事の紹介先やペルー人本人から「支援活動へのカンパ」を集めたことが、「就労斡旋の報酬」と決めつけられたことが、青柳さんへの誤解(「やっぱり金儲けのためだったのでは?」等の憶測)を広め、そのため青柳さんへの支援に二の足を踏む人もいるので、ひとこと言わなければならない。青柳さんの人柄と支援活動をよく知っていれば、彼の集めたカンパが「私腹を肥やす」もの等でないことは明らかである。だが、次々に助けを求めて訪れるペルー人に対する支援に忙殺され、個人ベースで活動していたことや、青柳さん自身が金銭の管理にルーズで個人名義の預金としていた事などが、裁判で不利になったのである。このことは、運動をする側の教訓としては反省しなければならないだろう。しかし、だからと言って、青柳さんを「悪徳ブローカー」と同一視するような検察当局の言い掛かりを正当化するものでは断じてない。
青柳さんの無罪を勝ち取り、外国人労働者を勝手に搾取し使い捨てるこの社会の変革をめざして、がんばろう!
(福岡・M)
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春闘雑感
三月一八日、西宮市役所前で地区春闘総決起集会がありました。千人規模の動員でしたが、実際の参加者は四百名弱ということで、ひときわ寒さが身にしみる集会でした。
スローガンは、「住専問題の徹底審議」と「被災者への公的支援要求」のふたつ。徹底審議というのがよく解かりませんが、決議文では六八五〇億円の予算削除を要求しているので、一応反対の立場のようです。それならスローガンも明確にそう書けばいいのに、そうもいかない事情があるようです。
そうした事情を背負って登場した社民党代表は、与党という苦しい立場だが、市議会では全国に先がけて公的資金投入に反対する決議をした、等と苦しい言い分けに終始しました。続いて挨拶にたった共産党代表は、次期衆議院選の予定候補とあってその口調はすでに選挙演説でした。
今時社・共が仲良く挨拶というのも珍しいですが、とりあえず地労協も健在で、他の地域と比べたらまだましなのかもしれません。しかし、住専の問題一つとっても労働運動が健在であればこんなにひどい事にはならなかっただろうし、何より今日のこの集会がこれほど寒くはならなかっただろう。ああ、風邪を引きそう。
―兵庫発
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地声人歌
空き缶に少しばかりの花を活け
いのち静かな早春である
松岡 辰雄
若くして死んだ戦前の国鉄労働者出身の革命家の歌。わたくし事で恐縮ですが、この歌に触れると僕はいつもある時代に連れ戻されます。すなわち、高校を卒業すると僕は「学生運動はもう卒業だ。労働運動をやる」と家を出て労働者街にアパートを借り一人で暮らし始めたのですが、その頃よく道端のたんぽぽなど摘んできては机の上の牛乳瓶に投げ入れていました。もう二十何年も前の、あれは春のこと。
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吹 き 抜 け る 風 の 中を
須山公美子 反戦歌ライブ
信じられないような嬉しいことがあったときに「オイ、ちょっとほっぺたつねってみてくれよ」なんてことを言いますが、いま本当にそんな気分です。「反戦歌オタク」(きくえさんの命名)の僕にとっては夢のようなことが現実になりました。Workers大阪の主催で「反戦歌ライブ」をやることになったのです。『Workers』紙上でもおなじみの歌手の須山公美子さんが引き受けてくだいました。
曲目はまだ確定していませんが、ジョン・レノンの「イマジン」、チリの軍事クーデターで虐殺された歌手ビクトル・ハラの歌、ベトナム戦争当時のアメリカの反戦歌で日本でも中川五郎さんが歌っていた「腰まで泥まみれ」、そして須山さんの自作の反戦歌などが検討されています。反戦歌だけで十五曲前後、他の須山さんの持ち歌を加えて二時間のライブになる予定です。
■ ■ ■
すでに確定した歌もあり、三月二三日(土)の須山さんのライブで披露されました。
まずは「原子爆弾のジャヴァ」。
反戦シャンソン「拝啓大統領殿(脱走兵)」の作者であり、本紙一月一日号で須山さんがくわしく紹介していたボリス・ヴィアンが作った歌です。
ヴィアンの軍隊嫌い、戦争嫌いは徹底していたようです。『僕はスノッブ』という彼の歌を集めたCDアルバムが出ていますが、その中にも「脱走兵」、「原子爆弾のジャヴァ」といっしょに「陽気な屠殺業者たち」、「商売人」といった反戦歌が入っています。
また、このライブで須山さんが紹介していたヴィアンの言葉があります。
「戦争が始まったら戦争をおちょくったり笑い飛ばしたりできない。だから戦争が起こる前に戦争を笑い飛ばすんだ」というよなことでした。
さて、読者のみなさん。お手数ですが、ちょっと一月一日号を引っ張り出してきてください。そこで須山さんはヴィアンのシャンソンについてこう書いていました。
「音楽的には、ジャズをベースにしていますが、ジャヴァ(三拍子)やタンゴもあり、ひねった感じの面白味にあふれています。ヴィアンの詞は、小説と同じように、突拍子もないイメージが飛び回り、風刺精神旺盛で人を喰っています」と。
「原子爆弾のジャヴァ」はこうしたヴィアンのシャンソンの特徴が前面に出た反戦歌のようです。「反戦歌」というと重〜い雰囲気があるかも知れませんが、この歌は違います。まさに「戦争を笑い飛ばす歌」です。須山さんはむずかしいヴィアンの歌を日本語に約して、アコーディオン伴奏の楽しい歌に仕上げていました。
これは聴きものですよ、本当に。この機会を逃したらもう聴けないかも知れません。五月一九日は万難を排してミノヤホールへ!
■ ■ ■
実は「ほっぺたをひねってくれ」という話がもう一つありました。三月二三日のライブで披露されたもう一つの歌のことです。幻の反戦歌「赤いメロディー」。一九二○年代のドイツで歌われた反戦歌です。「幻の反戦歌」とは、いま僕が勝手に名付けたものですが、日本で歌われたことはおそらくないんじゃないでしょうか(僕が知らないだけかもしれませんが)。ドイツのシャンソンのことを書いた本なんかを読んでは「聴きたい、聴きたい」と思っていた歌です。
「赤いメロディー」
作詞 クルト・トゥホルスキー
作曲 フリードリヒ・ホレンダー
私は独り
こんなはずじゃなかった
わたしの息子は、ロシア戦線にいたの
そうしたら
家畜のように
前線へ運ばれた──バスで
それで──軍事郵便が来なくなった──
……中略……
将軍! 将軍!
もう金輪際勘弁だ!
死者が叫ぶ!
赤軍を気にしな!
用心しろ! 用心しろ!
耳鳴りするような鈍いコーラスをお聞き!
私達は墓場から──戦争屋め!
追っていくぞ──死んじまえ!
これは室田尚子という人の「歌は時代を挑発する──両大戦間のカバレット・シャンソン」という文章に載っていた「赤いメロディー」の訳詞です。この訳詞や次の室田さんの文章なんかを読むたびにますます聴いてみたいという想いがつのりました。
「フリードリヒ・ホンダーがつけた音楽は、マーチのリズムにのった優美とさえいえるメロディーだ。曲だけ聴いていたら、取るに足らないラブ・ソングに聞こえなくもない。しかしそれが攻撃的なテクストと結びつく時、キッチュとさえ言える音楽は逆にイロニイとして働き、曲全体は痛烈な風刺の武器へと変貌する」。
ね、絶対聴いてみたいと思うでしょ? この機会を逃したら二度と聴けないかも(こればっかりですが)。須山さんにずっと歌い続けてもらえたらと思っているのです。
■ ■ ■
今回紹介した二曲を見ても、五月一九日のライブがユニークなものになることは分かっていただけたと思います。シャンソンの他にも、さらに須山さんのオリジナル、ブレヒト・ソング、フォーク、フォルクローレ、歌謡曲等、ジャンルを越えた様々の反戦歌が歌われる予定です。次号より確定した曲を順番に紹介していきますのでご期待ください。そして当日は、ぜひ、知人・友人・家族を引き連れて聴きに来てください。いままでになかった(七○年当時の反戦フォークの流行していた時代にだってなかった)すごいライブになると確信しています。聴かなければ一生後悔しそう。
(椎原一夫)
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浜田知明 全容展
「浜田知明の全容展」が、今月から富山、下関、伊丹と回ります。
「かつて僕は一兵卒として丸五年の生活を軍隊で過ごさねばならなかった。厳重に張り廻された眼に見えぬ鉄格子の中で、来る日も来る日も太陽の昇らない毎日であった。僕は自殺のことのみ考えて生きていた。一日は実に一年の長さに感じられた……」。
浜田さんは、この中国への侵略戦争の体験、そして戦場の悲惨な光景を銅版画に表現した「初年兵哀歌」シリーズで知られます。
今度の全容展では、「東京美術学校時代の習作から、戦争に対する根源的な批判と鎮魂に満ちた初期の版画作品を経て、人間社会をユーモラスに戯画化した近作まで、発表されたすべての版画・彫刻に、未発表の油彩画・スケッチなど約二三○点を展示し、浜田芸術の神髄に迫り」(「朝日新聞」)ます。
私は去年、大阪で開かれた「アジアのピースアート展──戦争と芸術95」で何点か浜田さんの銅版画を見ました。強烈な構成や色彩の他の画家たちの作品に囲まれていたからでしょうか、浜田さんの作品はそこだけ静かで、それだけかえって強く怒りや哀しみを伝えているようでした。 (きくえ)
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